魔狼王(着ぐるみ)が往く!~勇者パーティーから暑苦しいと追放された着ぐるみ士の俺、世界最強のステータスに目覚めたので神獣と一緒に見返します~
八百十三
第1章 追放と覚醒
第1話 着ぐるみ士、追放される
陽は落ちて既に周辺は暗い。夜行性の魔物もそろそろ動き始める時刻だろう。このオルネラ山の危険な魔物はほとんど片付けた後だから、夜でも安心してキャンプを張れるけれど。
赤々と燃える
俺、ジュリオ・ビアジーニはパーティーのリーダーたるナタリアから、唐突に『それ』を告げられた。
「ジュリオ、あんた今日でクビ」
「は?」
思わずそんな声が、俺の口を突いて出る。あまりに唐突過ぎて、自分の耳がおかしくなったかと思ったくらいだ。
小さく首を傾げながら、声の主に顔を向ける。願わくば、俺の空耳であってほしいと思いながら。
「悪い、ナタリア。もう一度、ハッキリ話してくれないか?」
しかし俺が目を向けた先にいるナタリアは、
「だから、あんたは今日で、『
「今までよく働いてくれたと思うが、すまないな。お前を除く皆で相談して、決めたことだ」
彼女の隣で、パーティー一の年長者であり、皆のまとめ役でもある
俺は開いた口が塞がらないかと思った。昨日まで山の
思わず、握った両手に力がこもる。ナタリア達からは、その手も開きっぱなしの口も
「理由を説明してくれよ。こんな急に言われて、納得できるもんか」
「そうですよね……
身を震わせる俺に、
俺がレティシアの方に顔を向けるも、彼女がそれを話し出すより先に口を開いたのはナタリアだった。
「ざっくり言うわ。あんた、
「……は?」
その、
暑苦しすぎる。そんな理由で、今更解雇しようというのか。
さらに首をかしげる俺へと、ナタリアがびしりと指を突き付けてきた。
「その
そう、今まさにナタリアに
人間の本体の頭から爪先までを毛皮で覆い、瞳も口も動かない。とはいえ着ぐるみとはそういうものだし、それ以外にありようもない。
それをあげつらって『見た目が暑苦しい』なんて、どうして理由になるだろう。それに、俺はこの着ぐるみを四六時中着用し続ける理由が、明確にあった。
「そんなこと言われたって、お前、
そう、俺は
魔物の持つ力を着ぐるみに加工し、それを身に纏うことで魔物の力を振るって戦う異色の戦士。それが
俺は別に、このパーティーで新参というわけではない。むしろイバンと並んで古株だ。勇者としてプライドが高く、仲間に求める要求レベルの高いナタリアの要求にも、それなりに応え続けてきた自負はある。戦闘力で劣ることは無いはずだ。
「確かにそうだ。だが、ずっととなれば話は違う。お前自身は快適でも、俺たちが見ている分には暑苦しいんだ」
「街中では子供たちにも喜ばれるし、まだいいんです……でも、冒険の最中も着用されていると、視覚的につらいものがあります」
「私達がこれから向かうのは、灼熱の地と言われるグラツィアーノ帝国です。熱さにあえぎながら、貴方の暑苦しい着ぐるみ姿を見ていたくはない」
イバンも、レティシアも、
皆が、俺の着ぐるみを暑苦しいものとして見ている。その事実に、俺は
「そんな、無茶苦茶な……」
取り付く島もない様子に、俺が力ない声を漏らすと、イバンが立ち上がって俺の肩をもふっと叩いた。
「お前はよく働いてくれた。ナタリアを勇者と称える子供たちの相手も、嫌な顔一つしないでしてくれた。戦闘でもそこまで足手まといになっているわけじゃない……だが、その仕事はお前以外の誰にも出来ない、というわけじゃない」
「あなたの今までの働きには、私もイバンも、ベニアミンも感謝しています。それは確か……だけど、このまま勇者のパーティーとして、魔王イデオンを倒すべく冒険を続けていくには、あなたの存在が皆の足かせになりかねません」
レティシアの
『
世界の冒険者ギルドが共催する闘技大会で優勝した経験もある、戦士として世界でも指折りの実力を持つ、イバン・オッロ。
世界最大の治癒士集団である『カランドラ
ヤコビニ王国の王家の血を引き、王国の
これだけの経歴を持つ四人だ、俺が欠けたところで、きっと魔王討伐に一番近いところにいるのは変わらないだろう。そう思わずにはいられない。
レティシアの言う事にも一理ある。うなだれたまま、身じろぎもしない俺に、ベニアミンがそっと声をかけてきた。
「『ブラマーニ王国随一の着ぐるみ士』と名高い貴方のことだ、『
「……そうか」
こちらも申し訳なさそうに、視線を落としながら話してくる。
こうまで言われたら、俺もいやだとは言えない。イバンも、レティシアも、ベニアミンも、揃って俺の今後を思って、話してくれているようだ。
今まで長い付き合いだったが、そろそろ潮時なのかもしれない。
俺が、そう思って立ち上がろうとした、その瞬間だ。
「あとあんたね、この際だから言っておくけど」
「なんだよ、まだ何か――」
「おいナタリア、
何やらナタリアが、まだ言いたいことがあるようで。着ぐるみの頭を彼女の方に向けると、一緒にそちらを向いたイバンが焦る顔が見えた。
同時に、レティシアとベニアミンの間にも緊張が走る。
何だ、何を言おうとしている。
俺が疑念を抱いた瞬間、ナタリアが俺をにらみつけながら叫んだ。
「あんたがアタシのパーティーにいると、アタシの
彼女の吐き出した言葉に、俺は文字通り言葉を失った。
着ぐるみの頭の内側にある俺自身の瞳が、見開かれるのも分かる。
俺が呆然として動けないままに、イバンの手が俺の肩をぐっと掴んだ。視界ではレティシアがナタリアの肩を掴む姿も見える。
「な……っ」
「ナタリアさん、落ち着いてください!」
「レティシアさん、ナタリアさんを抑えてください! イバンさんはそのままジュリオさんを!」
ナタリア以外の三人が、大いに慌てているのが俺でも分かった。恐らく、事前の話し合いでは話題に上ったことなのだろう。そしてそれが俺の耳には入ることのないように、と。
思えば昨日、酒場でどんちゃん騒ぎをしている最中もイバンやベニアミンは、どこかよそよそしい感じだった。俺に解雇を悟られないようにしてくれていたんだろうし、円満に俺が離脱できるように気を使ってくれていたんだな、と、今なら分かる。
「アタシは勇者なのよ、その勇者のパーティーにアタシより目立つ奴がいたら、話にならないでしょ!? 珍しいジョブだし、最初のうちは
三人のその配慮を粉々に打ち砕くように、ナタリアが
人目を引くのに役立つからパーティーを組んだ。
自分より目立つようになったからクビにする。
なんて勝手な。そんな個人的な感情で、パーティーメンバーを振り回すというのか、この「勇者様」は。
ようやく事態を飲み込んだ俺の心に、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。
「そうかよ……つまり、俺が邪魔ってことだな? お前の真意はそっちなんだな、ナタリア?」
「そうよ、勇者が目立とうとして何が悪いっての!?」
俺のにじませた怒りの声に、売り言葉に買い言葉、とばかりにナタリアが言葉をぶつけてきた。
さ、と頬が熱を持つのが分かった。
しかし殴りかかろうという衝動までは起こらなかった。こんな女を殴って、俺の大事な着ぐるみを汚すのもあほらしい。
俺の身体に力がこもったのが分かったようで、イバンの手がぐっと俺を押しとどめる。
「ジュリオ、落ち着け」
「いいよイバン、あの言葉で俺もふんぎりがついた」
俺を制止するイバンの手に、そっと手を添えた。俺の脳内は、不思議なほどに冷え切っていた。
無言のままに、俺の私物を収めた袋を手に取る。そのままオルネラ山を下山する、昨日発ったオルニの町に向かうルートに歩みだして、『
「イバン、レティシア、ベニアミン。今まで世話になったな。せいぜい、勇者様と一緒に魔王討伐、頑張ってくれ……死ぬなよ」
「……ああ」
「ごめんなさい、ジュリオ……」
「もっと円満に別れる予定だったんですが……すみません」
後味の悪い別れの空気に、呼びかけた三人が意気消沈した声をかけてくる。
そうして一人、歩き出したネコの着ぐるみの背中へと、ナタリアの吐き捨てたような声がかかった。
「ふんだ、あんたもせいぜい、野垂れ死にしないよう気を付けることね!」
その声に返事を返すことなく、俺は歩く。夜も更けた真っ暗なオルネラ山の中を歩く。
とはいえ灯りが無くても問題なく進めるのは、魔物の力を身に着けているが故。俺の視界は昼間と
しかし、先程まで共に歩いていた仲間は、もういない。
順調に進んでいたと思っていた足取りも次第に重くなって、やがて一歩も前に進めなくなって。
俺は力なく、道端に転がっていた岩に腰を下ろしてうなだれた。
「……ちくしょう……」
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