第8話 波乱に満ちた自己紹介
結論から言えば、私は無事、教会附属聖女養成学園の入学試験に合格することができた。
だが……貼り出された試験の結果は、酷いものだった。
具体的に言うと……採点結果は、100点満点中357点だったのだ。誤植か?
そんな、真面目に採点したとは思えない点数だったこともあって……合否掲示板の周りの人だかりでは、ほとんどみんなが私の噂話で盛り上がっていた。
「満点越えって……過去にそんな人いたかしら?」
「一体何をどうすれば、こんな狂った追加点が手に入るの……」
右からも左からも、そんな声が聞こえてくる。
そんな中、もし万が一私が「357点の人」本人だとバレると、非常に面倒なことになると思い……私は掲示板からそそくさと逃げ帰ったものだった。
が、それは無駄だった。
その日は良かったものの……日を改め、入学式当日。
私は首席として、新入生代表挨拶を行うことになってしまったのだ。
まあ挨拶自体は、教職員から渡された定型文を読むだけなので大した手間ではないのだが……そのせいで私は新入生全員に「357点の人」と周知されてしまったというわけだ。
これは今後の学園生活、面倒なことになりそうだ。
そしてそんなこんなで入学式が終わり、次の日、今世初の授業にて。
私は教室に入ってきた担任の先生を見て……思わず「マジかよ」と言いそうになった。
「私はテレサ、この学園の理事長です。今年度に限り、担任を持つことになりました」
なんと……王都に来る途中で助けた女性、この学園の理事長だったのだ。
「このクラス——『特Aクラス』は、今年度限り設置された唯一の『成績上位順で生徒が選ばれたクラス』です。今年度限りこんなクラスが作られた理由は、ちょっとした事情があるからなのですが……まあとにかく、私が担任を持つのもその関係です」
そう言うとテレサ理事長は、私に意味ありげな視線を送った。そして続けて、こう言った。
「まあその『ちょっとした事情』は、後に説明しようとは思いますが。その前に……とりあえず、全員の自己紹介を済ませましょう。まずは首席のイナビルさんから、どうぞ」
そう言われ……私は教卓の前に来るよう促された。
自己紹介、何を言えばいいだろうか。無難に行くとすれば、名前と属性、そして……
「イナビルです。回復魔法以外には、雷属性魔法を使うことができます。趣味は……電磁気学の研究です」
私は自己紹介で、この三点を言うことにした。
電磁気学への理解を深めることは、使える雷魔法の多彩さに直結するし……その知識をゼタボルトに教えれば、雷属性魔法の威力効率が上がる。
そういう理由から、私はそんな研究も、暇を見つけては進めているのだ。
名前と属性だけではあまりにも自己紹介として寂しいので、そのことも追加で言ったわけだ。
すると……教室中が、一気にザワつき始めた。
「え……雷魔法?」
「あの人、私たちと同じ聖女よね? なんで属性魔法も使えるのかしら……」
「首席ともなれば、そんなことまでできちゃうってことなのかな?」
どうやらみんな、私が雷属性魔法を使えることが疑問のようだった。
やはり……この時代では、「聖女=回復魔法のみ使える」がデフォなのだろうか。
そんな確信を深めつついると……一番手前の席の女の子が、挙手してこう発言した。
「あの、良かったら雷魔法見てみたいです!」
……実演してほしい、ということだろうか。
教室内で安全に使えて、かつある程度見た目が派手な技など限られているのだが……。
「教室内なので、威力は限られますが……弱い技でもいいですか?」
「あ、やってくれるんなら何でも見てみたいです!」
一応、担任の方を見てみると……担任が静かに首を縦に振っていたので、私は実演をすることに決めた。
教室内でできて、分かりやすいのと言えば……あれか。
私は自分の席の真上で螺旋状の雷を発生させ……脚が鉄でできている机椅子を、一メートルほど浮かせた。
「こんなので……良かった……かな?」
質問してきた子にそう言いつつ、徐々に雷の出力を落として机椅子を丁寧に降ろす。
すると……教室全体から、さっきの倍の声量はある喝采が起こりだした。
「すご、マジで使えるんだ!」
「ていうかなんで、雷で机が浮きましたの?」
「私のお兄ちゃん、宮廷魔術師なんだけど……『じりょく』がどうとか言ってた気がする。でもお兄ちゃん、鉄貨100枚の束三つを浮かせるので精一杯なのに……」
「じゃあ今のって、宮廷魔術師より上ってこと?」
「しかも今の、まだ本気じゃないって……」
教室中から口々に、そんな声が聞こえてくる。
初歩的な雷魔法を見せたつもりが、どうしてこうなった。
この時代の宮廷魔術師がどのくらいのレベルかは知らないが、聖女と違い魔術師は基本複数属性が扱えるはずなので、その「お兄ちゃん」はおそらく雷属性だけ極端に苦手なのだろう。
本気で放った「共振の雷撃」で大陸滅亡級の邪竜を倒したとかならともかく、今のでこの反応は宮廷魔術師への風評被害な気がする。
まあ、その認識は後にどこかで正常化されるだろうから良いとしても……この自己紹介、どう締めればいいんだ。
などと考えていると……さっきの子が目を輝かせながら、こう尋ねてきた。
「あの……私たちも、あそこまではいかなくても……属性魔法、ある程度は使えるようになりますか?」
「あんなのでよければ、割とすぐできるようになると思います……」
その子の質問に、私はそう答えた。
まあそれは、精霊に覚えさせる属性に雷を選べばの話だが。
とはいえ……仮に別の属性を選んだとしても、その属性における「今の螺旋の雷と同難易度の魔法」くらいなら、数か月で使えるようになるだろう。
「ということは……イナビルさんの能力は、ある程度までなら努力次第で全聖女が身に付けられる。と、こう認識してよろしいのですね?」
すると今度は担任のテレサさんが、そう質問してきた。
「ええ、もちろん」
「分かりました。……ありがどうございます、席に戻って大丈夫です」
そうして私はようやく、自己紹介を終えることができた。
無難な自己紹介をしたつもりが、全然無難な流れにならなかったな。
そんなことを思っていると……次の自己紹介に移るのかと思いきや。
テレサさんは、今度はこんなことを言いだした。
「本当は皆さんの自己紹介が終わってから話すつもりでしたが……いい機会なので、もうこのタイミングで話してしまおうと思います。なぜ今年に限られ『特Aクラス』が設けられたのか、その事情を」
テレサさんがそう言うと……数人の視線が、私の方を向いた気がした。
そういえばその事情、一体何なのだろう?
あの100点満点中357点とかいう異常な採点が、何か関係してたりするのだろうか……。
「まず、首席のイナビルさんですが……この方は、ただの首席ではありません。先ほどの雷属性魔法もそうですが……この方は回復魔法の応用(?)で狂乱のラバースライムをも倒す火炎放射を撃ったり、雷で空を飛んだりすることもできます。おそらく……私たちは知り得ない知識や技術の数々を持ち合わせていることでしょう」
と思っていると、テレサさんはそう王都の道中のことを話し始めた。
そんなことまで持ち出すなんて、ほんと一体何なんだ。
「そこで私は……理事長権限で、この学年の成績優秀者をイナビルさんの元に集めることにしました。それがこの『特Aクラス』です。イナビルさんさえ問題なければ……私はこのクラスの座学を大幅短縮し、その時間でイナビルさんにオリジナル授業をしてもらえればと考えています」
そして今度は……テレサさんは、そんな衝撃発言を口にした。
おいおいおい。
なんで私、入学当初から教師扱いになってんだ。
「もちろん、タダで知識を授けろとは言いません。特別授業を受け持ってもらえるのであれば……イナビルさんには、通常三年のところ一年で卒業証書を授けようと思っています。また卒業後も、私の権限の及ぶ範囲で便宜を図っていこうと。イナビルさん、これでいかがでしょうか?」
からの、テレサさんは私にそんな交渉を持ちかけてきた。
まあ、私としてはさっさと第二の精霊を育てるのに注力したいし、特に秘匿したい知識があるわけでもないので、その条件は正直結構ありがたい。
「そんな条件を付けてくださるのなら……喜んで」
私は一考した後、そう返事をした。
謎の好待遇に戸惑いはしたものの、承諾して損は無い条件はとりあえず飲んだ方がいいという判断だ。
「では……これにて、『イナビル特別授業』を正式にカリキュラムに組むことを決定いたします。皆さん、色々聞きたいことはあると思いますが……それはまた授業にて、教えてもらってください」
そうしてこの話は終わり……自己紹介が再開されることとなった。
◇
そして次の授業は、座学——改め、私の特別授業。
いきなり過ぎて何からどう教えるかなんて全く考えてないけど……まあ一番最初に教えることなんて、一個しかないか。
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