第35話 5−13

「やっぱり俺たちの仲間になる気はないか」

『こんな姿になろうとも、やはり我はアリステラ社のガールズギアじゃ。心までお主らの軍門に下った覚えはおらんぞ』

 優人は第一会議室の机の上に置かれた、腕で抱えられるほどのキューブ状オートマタ人格OS仮ボディに向かって問い、そのボディの主、<カミーラ>は即座に返答した。

「しかしシノシェアでの解析が待っているわけですが。それは覚悟しておりますよね?」

『わかっておる。しかし、簡単には解析できんぞ。なんせ<メーテール>様のテック力は世界一であるからな』

「さあどうでしょうね? 我々の<パンテオン>はそう甘くはありませんよ?」

「ふん、やってみるがよいわ」

「それでは、またお会いいたしましょう。カミーラさん」

「またな。ハイブリッドヒューマンにサポートガールズギア」

 ユイリーとカミーラがそう舌戦を交わし合うと、カミーラの入ったキューブは、研究ラボ付きのオートマタに運ばれていった。

 遠ざかる彼女の姿を見ながら、優人はぼやいた。

「そういえばあいつに、俺の名前を最後まで呼んでもらえなかったような気がする……」

「そうだったっけ? まー、狙ってた獲物だもんね。あいつにとってあんたは」

「まーな」

 美也子にそう言うと優人は大きく背伸びをした。

 そして、何もかもから解き放たれた笑顔で、

「カミーラは無事捕まったし、アリステラ社は強制捜査が始まるし、<メーテール>も制圧できたし、<エラスティス>はテロリストに利用されなくて済んだ! これにて一件落着! めでたし、めでたし、だな!」

そうその場のみんなに向かって宣言したときである。

「いや、まだ終わっとらんぞ」

 そう言いながら姿を表したのは、ゲイリー・P・K・アーネソンとアリステラ社で開発されたHAI<エラスティス>の端末だった。

 優人は目を丸くして応えた。

「へ? なんでですか?」

「まずお前さんのハイブリッド・ヒューマン、いや、YYB-01としてのスペック調査と正式登録を合衆国本社でせねばなるまい。そこのユイリーもな。それに、お主はCEOじゃろう。その正式就任を本社の取締役会と<パンテオン>の会議にかけ、承認されなければならん。その後でお主にはCEOの教育を施さなければならない。幸いお主は人工知能であるからして、速成教育はたやすいがな。さらに、この<エラスティス>の調査と処遇も決めなければな。我々はいいが、IAOなどがうるさいじゃろ。それに対する対処も……」

「あーわかったよぉ!」優人は新会長の言葉を遮った。「となると、俺は今すぐにでも合衆国に向かわなきゃならないんだろ?」

「そうじゃ。ものわかりがよいのう」白髭を撫でるとアーネソンは声高く笑った。「この後すぐ空港に向かって社の専用機に乗り合衆国へ向かうことになっておる」

「今度は撃墜されることなんてないでしょうね?」

「飛行ドローンを護衛につけてやるから安心せい。もっとも、お主はその体から撃墜されても無事じゃろうがな」

「もうこりごりですよこんな大掛かりに命を狙われるのは……」

「ま、お主の言うことももっともじゃな」

そう言ってゲイリー・アーネソンはもう一度声高く笑った。そして片目をいたずらっ子のようにつぶると、

「さて、わしはちょっと向こうに戻って<パンテオン>などと話をしてくる。その後で社専用機に戻ってお主にビジネスとはなにかについて小一時間勉強させてやるとしよう。覚悟して待って折れよ。ウシャシャシャシャ!」

 そう甲高く笑うと老人の体が白い光りに包まれ、そのままかき消えていった。

「……これから夏休みをゆっくり過ごせると思ったのにこれだ」

 優人は老人の姿が消えると、両肩をがっくりと降ろしながら深い溜め息をついた。

彼の姿を見て、猫山美也子はその顔に切なそうななにかを浮かべ、問いかけた。

「優人、またアメリカに行っちゃうの?」

 彼をその問を聞くと、彼女の方へと振り返り、彼女の顔を見た。

 そして、一つ首を縦に振り、

「うん、そうだね。そういうことになったみたい」

 ちょっとだけ寂しそうな表情で笑った。

 その笑顔をちらっと見て、美也子は顔をそらし、うつむくと独り言をいうように喋り始めた。

 彼女の顔は優人には見えなかった。

「あたし、あんたが向こうに行った後で、飛行機事故にあって死んだのかと思ってた。そしたら、昨日突然家に帰ってきていて、生きていたってわかって本当に嬉しかった。そしたらなぜかガールズギアがそばにいて、風俗用かと思ってびっくりして……。そしたらあのコウモリ女に襲われてもっとびっくりして……。気がついたら、こんなところで、こんな風になってた。それで何もかもが終わってほっとしたと思ったのに……」

 その言葉が終わるやいなや、彼女は顔を優人の方へと向けた。彼女の二つの瞳から、なみなみと流れるものがあった。

「ねえ、もうお別れだなんて嫌よ! 私あんたのそばにいたい! ずっとそばにいたい! 

 できることなら、ずっとずっと! でも……」

 そう言うと美也子は笑顔を作った。誰が見ても無理のある笑顔だった。それでも彼女は、自分の幼馴染に何も言わせないようにと、気丈に笑顔を作り続けた。

「あんたはみんなから必要とされている。そのために、あんたはまた向こうに言っちゃうのよね。そんなあんたをあたしは誇りに思うわ。だから、あたしはあんたを喜んで送り出してあげる。頑張ってらっしゃい。……優人」

 美也子は泣き笑いのまま優人に近づくと、目をつぶり、そのまま彼の唇に自分の唇を重ねた。

そして、ゆっくりと離れた。

 それから少し距離を置くと、そばにいたユイリーと<エラスティス>に小さく手を振り、

「じゃ、優人のこと頼んだわよ。……彼のこと泣かせたら許さないからね!」

 そう言って笑うと、猫山美也子は優人たちから背を向け、会議室の人混みの中へ消えていった。

彼女の姿が消えたのを見届けると、優人は、

「なあユイリー、この場合、振られたのは彼女なんだろうか? 俺なんだろうか? どっちなんだろうね?」

 と隣にいる彼女に向かって問いかけた。

 ユイリーは戸惑いなのか嫉妬なのかそれとも別の感情なのか、曖昧な何かを顔に浮かべて、

「さあ、どうなんでしょうね」

 と曖昧なほほ笑みを浮かべた。

 優人にはそれがまるで人間らしく思えて、とても可笑しく思えた。

 そして彼女が、<エラスティス>が、アヤネが、その他のガールズギアが、とても愛おしく思えた。どんな人間よりも。


 彼は、そういう性格を持った存在なのであった。

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