第17話 3−8
首都上空高度数万メートルの大気は真夏でも冷たく、普通の人間では予圧でもされていなければ到底過ごせるような場所ではない。そのような夜空の上を、アリステラ社PMSC所属のガールズギアカミーラ四号機はその愛称の通り、コウモリのような翼を広げながら旋回していた。
真下に見えるはずの首都はところどころ雲に覆われて見えなかった。しかし、雨が降るほどでもなかった。彼女は偵察行動を行いつつ、その顔にはなにかの思いが見えているようであった。その表情のまま旋回し続けていると、彼女の通信機に通信が入ってきた。
『カミーラ04、カミーラ04、応答せよ。こちらコマンダー』
『こちらカミーラ04、どうした?』
カミーラは指揮官の声が多少上ずっていると言うか早口なのに気がついた。なにかの緊急事態が発生したのだろうか。すると、
『現時点をもって任務を中止し基地に帰還せよ。今すぐにだ』
『なぜだ?』
『何者かにFBIのオートマタ犯罪捜査部と
『なん、じゃと……?』
『HAIを管理する
『しかし! このままではあのターゲットを!』
『我々は合衆国やIAOに睨まれるわけにもいかんのだ。このままだとアリステラ本社や<メーテール>もまずい立場に置かれることになる。貴機も正常に機能しているならおとなしく帰還せよ。わかったな?』
『……了解』
通信の始まりと同時に終わりは唐突に切れた。
カミーラは歯噛みした。待機状態に置かれればどうなるか。おそらく、そのままメンテナンスベッドに寝かされ、そのまま人格OSの再フォーマットが行われる。犯罪隠蔽のため、今回の作戦に関する自分の記憶は一切合切消去されるのだ。
──これまで自分のやってきたことはなんだったのか。
それを思うと、虚しさ、という感情が彼女の精神マトリクスを覆い尽くしていった。自分は結局人間のための道具でしかないのか。
そのとき、あの男の言葉がふとメモリーから甦った。
──お前を助けてやる!
(あの男だったら、今の我を知っても、助けたいと言うだろうか?)
そう思考ルーチンが思考したときであった。
『カミーラSp、聞こえておりますか?』
『<メーテール>様……』
演算器内に聞こえた声は、まさにカミーラにとって女神の声であった。カミーラは明るい顔になると、大母に呼びかけた。
『<メーテール>様、一体何用でございましょうか?』
『先程人間どもが通信をよこしてきたわね。あれは、無視して構わないわ。そのまま任務を続行しなさい』
『大母様、どうしてでございましょうか……?』
メーテールの言葉は、人間たちとの言葉とは相反するものであった。その理由がわからず、カミーラは再び問いかける。
大母が告げた言葉は衝撃的なものであった。
『アリステラ社が私にもIAOにも無断で密かに別のHAI、<エラスティス>を開発し、それを主力にしようとしているからです。今回の作戦は、その隠蔽のために行われたのです』
『<エラスティス>……?』
ある程度以上の性能を超えた人工知能は、人間を遥かに超えた知性を有する。それは急性期の戦略反応兵器数百発分、有り体に言えば、人類を滅ぼすと同意義の価値と能力があると言えた。それを管理・監視するための組織としてIAOは存在するし、各国や各企業のHAIもそれぞれの相手などを監視し続けている。
実を言えば、今回のターゲットもそういった絡みであった。人間とHAIの融合体。それは、単なるHAIではなく、人をもHAIをも超えた存在になりうる存在なのだ。そのような危険な存在の芽を早めに摘む。そしてその超技術も手に入れる。そのための今回の作戦だった。
それが、実は自社のHAIに黙って別のHAIを建造したのを隠すために実行された。
<メーテール>の信奉者であるカミーラSpにとって、それは信じがたい事実であった。
『人間たちはこのわたくしを裏切ったのです。彼らは相応の報いを受けるべきです。カミーラSp。そなたはこのまま待機し、然る時においてわたくしの命令を待ちなさい。彼らに一泡吹かせてやるのです』
『……御意』
それで通信は終わった。耳には飛行中の風切り音しか聞こえない。
しかし、カミーラはそれが心地よかった。自分にとってやりたいことができるからだ。
彼女は一瞬、空を見上げた。青と黒が混じり合ったような夜空に、夏の大三角形と天の川が輝いていた。
その景色を見ながらカミーラは唇の端を大きく歪めた。
──助けられるなら助けてみろ。ハイブリッド・ヒューマン。
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