第42話 終結

 精霊。存在自体があやふやで、姿形すら朧気な存在。そいつらが使うと言われているのが、精霊魔法だ。


 魔力ではなく、大自然の力を借りて発動するその魔法は、魔力の制限がないから実質無限に発動することが出来るらしい。だがそれも、噂で言われているだけの架空のものだ。


 まさかエルフのこいつが、それを使うなんて……分が悪すぎるぞ、クソッタレ。


 セツナがどう動くのかを注視する。と、溢れ出ていた魔力が掻き消えた。あの凶悪な笑みが、優しい聖母のような笑みに変わる。


 そんなセツナが、俺に向けて手を差し出して……何をしてるんだ?


「……貴方を殺すのは止めにするわ。その変わり……貴方、私のものになりなさい」


「……は?」


 何、言って……。


「私、面白いものと知らないものに興味があるの。人間は愚かで、欲深く、罪深い。そんな下等な生物において、貴方ほど興味をそそられる人間はいないわ」


「……随分な評価をしてるみたいだが、俺はそんな御大層な人間じゃない」


「謙遜しなくていいわ。私の眼は誤魔化せない。貴方は特別よ、ジオウ君」


 特別……特別ねぇ。


「俺のスキルだけ見れば、確かに他の人間より特別だろう。だが、俺の力は俺の為にあるんじゃない」


「それこそおかしな話よ。己の力は己の為にある。それは知識も同じ。知識を増やせば増やすほど、私の力は大きく、強くなる。……こちらへいらっしゃい、ジオウ君。私のものになるのなら、私は貴方へ何でも与えるわ。さあ……『いらっしゃい』」


 がっ……!? こ、れ、は……!


 体が、動かねぇ……! まさ、か……精神、魔法……!? アデシャ族長より強力で……跳ね返せない……!


 体が、俺の意思に逆らってセツナの元に歩いていく。止まれ……止まれ、俺の体……!


「っ! レアナ殿、リエン殿! セツナは精神魔法を使っているぞ!」


「そんな……!? あのローブには、精神魔法も阻害出来るよう魔力を付与しているのですよ!?」


「いいえリエン! 阻害出来ても、多分それより強い精神魔法には無力なのよ! いいから、元凶を叩くわ!」


 レアナ、リエン、シュユ……!


 三人がセツナに向けて魔法を放つ。アデシャ族長も、三人の魔法に被らないよう上手く魔法を使っているが……その全てが、ことごとくすり抜ける。


 くそっ……くそっ、くそっ、くそっ!


「私の異名は傀儡師パペット・マスター。生きていても、死んでいても、どんなものでも操り動かすことが出来る。……そっちのお嬢さんの上位互換、と言ったところかしらね」


 ピクッ。


 ……何だと……リエンの、上位互換……?


「お、い……アバズレ……」


「……今、私のことを言ったのかしら?」


「ああっ……一つ、お前は勘違いをっ……してるぞっ……」


「……何か、間違ったことを言ったかしら?」


 ああ、間違いだらけだ。大間違いだ。


「あいつはっ……リエンは、今や四〇〇体ものアンデッドを使役する、超エリートネクロマンサー。だがっ、お前はどうだ……? アデシャ族長もっ、俺もっ、お前に服従しちゃいない……! たった二人を従えられないお前程度が、俺の……俺達の仲間を舐めるなよ……!」


「……はぁ……」


 セツナの指がクイッと動く。


「ガァッ!?」


 い、いし、意識、が……!


「勘違いしているのは貴方みたい。私が、いつ、本気と言ったかしら?」


 心が、蝕まれ、る……が!


「ま、だ……だぁ……!」


「は……? 嘘……」


 嘘な、もんかよ……!


 精神を蝕み、自分の意のままに操る精神魔法。それを極め、傀儡師パペット・マスターの異名を持つとは、大したやつだ。


 でもな。


「今、まで……潜り抜けた、死線に比べりゃあ……! 屁でもねェんだよ!!」


「チッ……仕方ないわね。ちょっと壊れちゃうかもだけど、悪く思わないでね。貴方が選んだ道よ」


 セツナは目を閉じて集中する。


 ……っ。何だ、これ……! 心が蝕まれる速さが、今までの比じゃない……!


「お、お主ら! セツナは今精霊魔法に割いていたリソースを精神魔法に回している! 攻撃を当てるなら今じゃあ!!」


 遠くで、アデシャ族長が叫ぶのが聞こえる。


「ああああ! 振り絞りますよぉ! 《世界時計ワールドクロック》!」


 瞬間、リエンを通し、遠くで待機しているエタから強大な魔力が感じられ……世界の動きが、遅くなった。


 その影響で、俺の精神を蝕む精神魔法の効果も遅くなる。


 世界の動きを遅くする魔法……つまり、時空間魔法の効果か……!? とんでもない魔法だな……!


 そんな遅い世界の中、レアナがレーヴァテインを構えて突っ込む。


「《光縄・呪縛カース・バインド》!」


 スローになっている中、更にシュユの捕縛魔法がセツナを縛る。


「これで終わりよ! 《蒼炎釘ブルー・ヒート・ネイル》!」


 セツナの体が、蒼炎を噴出させながら加速する。


 その姿は、まるで流星のようで……。


 そして──セツナの体を、穿った。


「おりゃあああああああああ!!!!」


 セツナを穿ったレアナは、更に加速。セツナの体を、近くの瓦礫へと吹き飛ばした。


 ……は、は……やりやがった……。


「……も、無理……です……」


 リエンが力尽きたように、パタリと倒れる。すると、世界が元のスピードに戻った。


 ……精神魔法の効果も切れてるな。どうやら、本当に終わったみたいだ……。


 っと……ち、力入らねぇ……。


「も、もう、魔力もからっからよ……」


「はは……お疲れ、みんな」


 俺も、もう限界みたいだなぁ……。


 アデシャ族長の治癒にも行かなきゃいけないけど、動けそうにない……。


 あぁ、疲れ──。


「ふーん、へぇー。時空間魔法を時間操作にまで昇華させたのねぇ」


 ……は?


 この、声……!?


 声のした方を見る。さっきレアナが吹き飛ばした方じゃない。真上だ・・・


 見上げると、そこには……無傷のセツナが、飛んでいた。


「……どういう、ことだ……?」


 あそこにいるのはセツナで……じゃあ、今燃えているあいつは……誰だ……!?


「言ったでしょ? 私は傀儡師パペット・マスター。死んだエルフを改造し、姿形も、魔力の波長も、全て私と同じにした。……傀儡は操るだけじゃない。作るものよ」


 は、は……何だよそれ……ありえないだろ……。


 よく見ると、確かにアデシャ族長はまだ演舞を踊っていた。初めから、アデシャ族長を操ってたのは本体だったのか……。


「あら? もう実が成りそうね。思いの外早くて助かるわ」


 ……は? 何を言って……って!?


「……で、でけぇ……」


 何だよ、あの花のでかさ……!? あれが神樹デルタの花だってのか!?


「しゅ、シュユ! まだ四日くらい猶予があったんじゃなかったか!?」


「そ、そのはずだ! 一体何故……!?」


 族長二人がが一週間かけて演舞を行うことで、花を咲かせ、身を付ける。そう聞いてたのに、何でだ……!?


 ……いや、待て……族長、二人・・……?


 いや……違う!


「……まさか、お前……!」


「気が付いたのね。やっぱり貴方は頭がいい。お察しの通り、あそこでこじんまりとやらせてるわ」


 セツナの指さす方を見ると、遠くで二人の男エルフが、虚ろな顔で演舞を踊っていた。


 恐らくあれは、テサーニャ族とレグド族の族長……! 二人での演舞より、四人での演舞の方が効率もスピードも違うに決まってる!


 クソッ、その可能性を見誤った! 何でこんなに早く攻めてきたのか、もっと深く考えるべきだった……!


「ち、くしょ……!」


 体が、満足に動かねぇ……。


「セツナああああああ!」


 っ、シュユ!?


 シュユが《妖精の羽フェアリー・ウィング》を使ってセツナに肉薄する。が、セツナがそれを上回る速さで距離を取った。


「シュユ、もう少しお淑やかになりなさい。今のあなた、みっともないわよ」


「黙れ! 貴様は今、ここで殺す!」


「ふふ。いらっしゃい子猫ちゃん」


 シュユの魔法とセツナの魔法が相殺され、耳をつんざく音が響く。


 シュユの力は上がってる。一見セツナと対等に渡り合ってるように見えるが……セツナの方にはまだ余裕がある。自力の差か、強化された力の差か……このままじゃ押し切られる……!


「《古より伝わりし風槍グングニル》!」


「《古より伝わりし風槍グングニル》」


 互いに風魔法最上級魔法を放つ。それらがぶつかり、打ち消し合うが……少しシュユが押されている。


 いや違う。セツナのやつ、わざとシュユより少しだけ多くの魔力を込めてるんだ。寸分の狂いもなく、一定の量を。


「ふふ、楽しいわね。姉妹喧嘩なんていつぶりかしら?」


「喧嘩だと!? これは殺し合いだ!」


「なら、貴女では力不足」


 セツナの魔法が一層激しさを増す。それと共に、シュユは防御に回らざるおえなくなった。


「シュユ、私の可愛いシュユ。守ってばかりで、どう私を殺すというの?」


「だ、黙れ……!」


 セツナは余裕そうな笑みを浮かべ、ちらりと神樹デルタの花を見上げる。


「見なさい、シュユ。綺麗な花よね。私達が小さい頃、お母様に聞かされていた通り……本当に大きくて、それでいて可憐な花」


「…………っ」


「でも、それももう見納め。──刮目しなさい。まさに今、実が成る」


 何……!?


 セツナの宣言通り、今まで咲き誇っていた花が一瞬のうちに萎れ……巨大な実が、見る見るうちに成長していった。


 黄金の光を放ち、太陽のように辺りを照らす、リンゴのような実。


「これが……神樹デルタの実……!」


 食っただけで一定期間、数百倍から数千倍の力を与えると言われる、幻の……!


「……綺麗ね……」


「そう、だな……」


 戦闘中というのを忘れ、見とれてしまう程の美しさだ……。


「《氷下絶縛フローズン・バインド》」


「かっ……!?」


 なっ、シュユ!?


 戦闘の止まった一瞬の隙。そこを突かれ、シュユが氷漬けに……!


「これで、神樹デルタの実は私達のもの。あとは……レアナお嬢さん、貴女の眼だけ」


「っ……渡さないわ、絶対……!」


「残念だけれど、貴女は自ら差し出すことになるわ」


 ……嫌に、予言めいた言い方だな。何が言いたいんだ……?


 セツナな風魔法で神樹デルタの実を刈り取ると、それを浮かばせる。それと一緒に、シュユの入っている氷塊も浮かばせた。


「私の大切な妹であり、あなた達の大切なお仲間、シュユ。彼女を返して欲しければ……自ら眼を抉り取り、渡しなさい」


 な──。


「テメェ……! それでもシュユの姉ちゃんか!? 妹を人質に取るなんて……!」


「ええ、歴とした姉よ。でもそれ以上に、私はクロ様の下僕。クロ様の喜ばれることなら、私はなんでもする」


 ……こいつ……完全にイカれてやがる……。


「直ぐに結論な出ないでしょう。五日後、私達の所に来なさい。歓迎するわ」


「ま、待て……!」


「待たない。それじゃあ、ジオウ君。楽しみにしてるわ」


 《妖精の羽フェアリー・ウィング》を使って、一瞬で飛翔するセツナ。


 その瞬間、族長達を操っていた精神魔法が解かれ、地上に落下してくる。


「……くそ……」


 実を奪われ、シュユを人質に取られ、俺は右腕を失った。


 この戦争……完敗だ……。

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