第5話 売られたエルフ

 ギルドの前まで戻って来た俺は、躊躇も何も無くギルド内に入っていった。


「……い、いらっしゃいませっ! 依頼でしょうか!?」


 突然の来客に、ボケーッとした顔をしていた受付がシャキッとした。誰も見てなかったらダラける気持ち、分かるぞ。


「依頼じゃないが、ギルドマスターに用がある」


「ギルドマスターですか? 少々お待ちください」


 受付がいそいそと奥の扉に消える。


 数分もしないうちに戻って来た。


「許可を頂きました。こちらへどうぞ」


 受付の案内で奥に進む。ここに来るのも久々だ。【白虎】設立時は、よくここに来ていた気がする。


 木造の年季の入った建物。これが本当に二〇年前に建てられたものなのか……?


 ……いや、よく考えてみると、ギルド内は何処でも喫煙も飲酒可能だったな。恐らく、それでこんな汚ったないんだろう。……【虚ろう者】は全面禁煙にしよう。


 廊下を曲がりくねり、一番奥の突き当たりの部屋。そこが西支部のギルドマスターのいる、執務室だ。


「マスター。お客様をお連れしました」


「おう、入ってくれ」


 声が掛けられ、中に入る。と……うわ、案の定荒れてるな……。


 空いた酒瓶。山のように積まれたタバコの吸殻。散乱した資料。壊れた本棚。絵に描いたような荒れっぷりだ。


「悪ぃな。見ての通り、今ぁこんな感じだ」


「いや、気にしない」


 ギルマスはせめて換気しようと思ったのか、後ろの窓を開ける。ほんの少しだけ換気され、異臭が少しは収まった。


 ……前は威風堂々とした、畏怖の象徴だったギルマスが、今では無精髭を生やした飲んだくれ、か。


「そんで、お前さんは俺に、一体何の用だ?」


 ギルマスは酒を飲むのを止めない。そうしないとやってられないとでも言いたげだ。


「……俺が知りたいのは、このギルドが建てられる前の事についてだ」


 そう言うと、ギルマスはぴくりと眉を釣り上げた。


「……声からして、まだ若そうだな。誰から聞いたか知らんが、何故知りたい」


 ……その口ぶり、やっぱり知ってるな。


 ギルマスの年齢は確か五十三だったはずだ。当時、にして三十三。十分、アクロツヴァイ家のことに関与してる可能性は高い。


「俺が知りたいのは、没落貴族アクロツヴァイ家が所有していた、エルフについてだ。恐らく、顔はこんな感じだと思う」


 闇オークションカタログの、エルフの顔だけ切り取った写真を見せる。


「……こいつは……!?」


 っ、その反応……やっぱりギルマスも噛んでたか……!


「そいつは今どこにいる?」


「…………」


 ギルマスは、言ってはいいものかと悩んだ末、諦めたような顔でため息をついた。


「……当時、アクロツヴァイ家の汚職を暴いた俺達は、資財取り押さえのためにアクロツヴァイ家に乗り込んだ。俺はその時のリーダーで、当時の功績が認められて冒険者ギルド西支部を任されたんだ」


 昔の事を思い出しながら、ぽつりぽつりと続ける。


「資財は全て差し押さえられた。その時、確保した奴隷も十や二十じゃない。その中にいたのが、エルフ族のセツナだった。顔もよく覚えてる。それ程、衝撃的な美しさだった」


 セツナ……それが名前か。


「俺達も生きたエルフは初めて見た。ほぼ伝説上の亜人族だからな。まるで財宝を見つけたような気分だった」


 ……エルフ族は、高値で売れる。それを知っていれば、そう思うのも無理はないだろう。


「だが俺達もプロだ。冒険者は荒くれ者の集団だというイメージだが、やっていい事とやってはいけない事の線引きは出来てる。……そう思っていた」


 いた?


 ギルマスは残っていた酒を一気に呷ると、酒瓶を壁に向かって投げつけて粉々にした。


 その顔に浮かんでいたのは、苛立ちと怒りだった。


「あの野郎……当時俺の部下だった男が、そのやってはいけない線引きを超えやがった!」


「……まさか?」


「ああそのまさかだ! あのクソニヤケ野郎、エルフを他の奴に売っぱらったんだよ! しかも相場の十倍でな!」


 なん、だと……? 売った? 冒険者が、保護した奴隷を売った、だと?


 汚職や犯罪がバレて資財を押えられた場合、その財産は全て王族が所有権を得る。つまり差し押さえた時点で、金目の物や奴隷は一度国に接収された形になる。


 その中でも奴隷は、今までの苦労と哀れみからか、かなり優遇された対応をされる。そのまま王城に仕えてもいいし、故郷に帰ってもいい。


 取り押さえられた資財を売り払う。それはつまり、王族の所有物を勝手に売ったのと同義だ。


 常識では考えられない事に愕然としていると、ギルマスも少しは落ち着いたのか、二本目の酒瓶を手に取る。


「王族の所有物を勝手に売った結果、そいつの死刑が決まった。死刑執行前に拷問し、購入者の身元を吐かせようとしたが……何故かは分からんが、《ウィンドカッター》で自分の首を斬り落とし、自殺した」


 っ……自殺だと……? 死刑執行前に……?


 どう考えてもありえない行動に疑問を抱いていると、ギルマスが続けた。


「ここで、また疑問が出て来た。そのクソニヤケ野郎、風魔法なんて使えなかったはずなんだ」


「……え、使えなかった?」


「ああ。風魔法を使えないのに、《ウィンドカッター》を使う。おかしな話だろ?」


 確かにおかしい。魔法を使うには、自分の中にある属性が必要不可欠だ。それを無視して魔法を使うなんて、ありえない。


 ……風魔法の《ウィンドカッター》か……あの時の騎士崩れも、それで自殺してたな。


 ……何だか嫌な予感がする。


「……という事は、これ以上エルフの足取りは掴めない、か……」


「……足取りは分からないが、クソニヤケ野郎が『二〇年』と口走っていた。あと二ヶ月で、あいつの言っていた二〇年になる。俺の知ってる情報は、これくらいだ」


 ……最後の言葉が『二〇年』ってのがよく分からないが……一応覚えておくか。


「分かった、邪魔したな」


「依頼ならいつでも待ってるぜ〜」


 ギルマスとの会話を切り上げ、俺はレアナの寝泊まりしているアパートへと向かった。

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