あなただけの花束を
まろん
第1話 夜空に花が咲く頃に
私は花が嫌いだった。毎年やってくるこの季節も自身の名前も大嫌いだった。花が雨のように降り注ぐこの光景も、花を頭に挿して微笑む子も、大切な人に思いを込めて贈る花束も、何もかも。――意味なんてない、こんなこと無くていい、寧ろなくなってしまった方が良いんじゃないか。
「どうせ、私に花を向ける人なんていないわ」
そんな風に、昨日まで思っていたのだった。
その日の空には花が咲いていた。暗闇の中に明るい光がパラパラと咲いては散っていく。そんな光景をただただ、ぼんやりと眺めていた。すると、突然花火の隙間を縫うようにして、私の前に小さな星のような物が落ちてきた。手のひらを広げるようにして、優しく受け止める。それは、パチパチと周りに虹色の閃光を放ちながら、美しく瞬いていた。
「こんばんは、
「え、っと・・・・・・? 貴方は?」
その声の主はゆっくりとした足取りで私の前まで歩いてきた。夜空に打ち上がる花火の光に頬が照らされて、輪郭が見えてきた。けれど、私が知っている人ではない気がする。――どうして、私の名前を知っているのだろう? 疑問は尽きない。
狐のお面の間から見える、浅葱色の透き通った瞳に辺りでは見ない金髪。透き通るような白い肌を持つ青年だ。まるで彼だけが別の世界から彷徨いこんできたみたいだった。
「ちょっとした魔法使い、だったりね?」
声は花火の音にかき消されて私の耳まで届かなかった。その人は優しく微笑みかけると、私にこう囁いた。
「君の嫌いなものはなんだい?」
「・・・・・・花。花が嫌いよ」
彼は少し驚いた様な顔をして、それから暫く考える様な素振りを見せた。そして微笑を浮かべて、私の手に乗っていた星を引き寄せて軽く触れた。すると、閃光の勢いは更に増して、目を開いて居られないほど眩しく光り出した。
「どうぞ、旅をお楽しみくださいね」
それが、私が最後に聞いた言葉だった。
目が覚めると、私は広い野原の中央にそびえ立つ大樹の木陰にいた。澄み切った青空がどこまでも続いている。今は
「最悪な時に来ちゃったみたいね」
半ば吐き捨てる様に発した。舞雨花期とは、空から花が雨のように降る期間のことだ。何処からもなく降るこの花は、街や野原に絶え間無く降り続ける。人々は、この花を拾って家に飾ったり、大切な人に想いを込めて贈る習慣があった。
私が花が嫌いなのも、これに関係している。このことは心の傷として今も残っていて、時々思い出しては涙が溢れてしまうのだ。
そっと近くに降りてきた花を拾ってみる。紫色の花弁を持つ花だ。下向きに花が開いているのが私の瞳には新鮮に映った。けれど、私とは対照的にどこか凛とした美しさがあった。
「貴方に似合う、美しいお花ですね」
そう小さな声で青年は言った。サラサラとした金髪に美しい浅葱色の瞳を持つ彼は、手に先程の花を胸いっぱいに抱えていた。
「貴方の方が似合っていると思うけれど・・・・・・」
私がそう言い終えないうちに、彼は胸に抱えた花の一輪をそっと私の髪に挿した。そして、何処か満足げに歯を見せて笑ったのだった。――初めて、誰かから花を貰った。出会って間もない彼から貰ったそれは、私が長い間被っていた仮面をいとも簡単に剥がしてしまったのだった。
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