山田さん、増える。

あいざわゆう

第1話 二人の山田さん。そして。

「え? 山田さんが……、二人!?」

 朝、学校に来たぼくは、思わずそう叫んでしまった。

信じられない。こんな非日常めいたことがあっていいのか。

 なんと、クラスメイトの山田さんが、二人いたのだ。

 双子ではない。両親と弟がひとりいるだけの、山田さんが二人、教室にいたのだ。

 ぼくから言わせれば、山田さんの美しさは次元を超越するほどの、形容しがたい美しさだ。

 実は山田さんは、異次元から来た超越存在か何かに違いない、と思えるほどだ。

 その山田さんのそっくりさんが、彼女の席の近くに佇んでいた。

 二人の山田さんは、顔は勿論、長い黒髪も、モデルのような体型も、そっくりだ。

 スラリとした背の伸ばし方も、わずかにかしげる首の動かし方と角度も、豊かな二つの胸が上下する呼吸するリズムも、それこそ本当に何もかもあっていた。

 同じだ。

 本当に、細かいところまで二人はそっくりだ。

 これじゃあ、クラスメイトの間で山田さんマニアと呼ばれるぼくでも、区別が付かないよ!

 教室にいるみんなも、恐る恐る、二人の山田さんを遠巻きに見ていた。

 山田さんマニアのぼくは、当然山田さんの隣の席だったので、仕方がなく自分の机にかばんなどを置いた。

 クラスメイト達の視線がぼくに注がれた。

 そして視線でぼくに要求してきた。

 お前、彼女らに話しかけてこい、と。

 ……仕方がないな。

 ここで逃げるのは山田さんマニアとして失格だ。行ってみるか。

 頭をひとつかくと、ぼくは「二人の山田さん」に話しかけた。

「……や、山田さん?」

「「あ、柏木くん」」

 二人の山田さんが、口調も声のトーンもタイミングも揃えて、ぼくに返事をした。

 柏木、というのはぼくの苗字だ。

「どうしたの? 山田さんが二人いるなんて……?」

 ぼくの素朴な問いに、二人の山田さんは困り顔で微笑むと、

「「うん、ちょっと今日起きたら、ベッドの隣で寝てて……」」

 と答えた。

 ぼくはさらに問いを続ける。

「まさか、寝て起きたら、なぜか山田さんが分裂してたのか」

「「そう、そうなの。そのとおりなの。そうとしか思えないの」」

「その制服は……?」

「「予備の制服とかもう一組あったから、それを着せたの」」

「そうなんだ……」

 二人の山田さんは相変わらず同じ困り顔で返事をした。

 それにしても、困ったな。どうやら意識も記憶もコピーしているようだ。

 もしかして。

 昨日、山田さんを見ながら、山田さんが二人になったらいいなあ、と妄想したからか?

 まさか、そんなことは……。

 もう一度頭をかいた。

 しかしぼくには、わかる。本物の山田さんが。

 本物は、山田さんの机のそばに立っている山田さんの方だ。

 なぜなら、彼女はぼくの目を見て話しているからだ。

 山田さんマニアのぼくならこれくらい当然わかることだ。

「山田さん」

「「なんですか?」」

「だから本物の山田さん」

 二人の山田さんはお互いを見つめてからぼくを見て、口調を強くして言った。

「「私が本物です!」」

「だ・か・ら、本物の山田さんっ!」

「「そう言われても……」」

 と二人の山田さんが口を揃えた瞬間だった。

「……あ、あれ?」

 二人の山田さんのうち、山田さんの机から遠い方に立っていた山田さんの体が、小刻みに震えだした。

 そして次の瞬間、肌や服の隙間から白くてぶよぶよしたものがにじみ出たかと思うと、その白い謎の液体が「山田さん」をあっという間に包み込んでしまったのだ。

「!?」

「キャーッ!」

 なんだこりゃ!?

 と、これにはさすがのぼくも驚いた。

 教室で黙ってことの成り行きを見ていたクラスメイトの女子からも、空気をつんざくような悲鳴が上がった。

 そのかつて「山田さん」だった白い何か──それはカイコとかが作る白いまゆにも思えた──は、もぞもぞと動きながら、次第に横に大きくなっていった。

 その大きさは……、山田さん二人分ほどだ。

 ま、まさか……!?

 本物の山田さんも、まゆから離れ、その様子を固唾を飲んで見守っていた。

 自分の複製がこうなって、一体どんな気分なんだろう。

 そう思う間もなく、まゆは山田さん二人分から少し大きい大きさになると、大きくなるのをやめた。

 そのまゆがもぞもぞと動くと、まゆが真ん中から割れ始めた。

 引き裂かれた白い膜の間から、手が光を求めるように伸びて、足が地面を求めてさまよい、そして触れ、頭が生まれたての小鳥のように出てきた。

 そう、そこに現れたのは──。

「や、山田さんがさらに増えた!?」

 この高校の女子学生制服を着た、山田さんの複製が、さらに二人に増えていた。

 なんで制服までコピーしているんだ……?

 そうか。あの液体は、着ているものとかまで複製するのか。

 そうにちがいない。

「「ふあぁ~」」

 二人の山田さんはまゆから出ると、大きくあくびをした。

「やあ」

 ぼくが苦笑しながら二人の山田さん複製体に声をかけると、

「「あれ、柏木くん、どうしたの~。……え、私が二人いる!? さらにもう一人いる!?」」

 彼女らはお互いと、少し離れたところにいる、本物の山田さんを見るなり、びっくりした顔とオーバーアクションを見せる。

 その後ろで、使命を終えたまゆは、あっという間に空気中に溶けていった。

 さて、この二人の山田さんのそっくり度は、どれくらいだろうか。

 山田さんマニアのぼくが、じっくり見てやろう。

 と、ぼくが山田さんウォッチングを始めると、山田さん複製体が言い争いを始めた。

「なっ、何なんですかあなたは!? あなたは私の偽物ですか!?」

「いいえ!? そっちのほうが偽物でしょ!? 本物は私です!」

「嘘をつかないでください! 私が本物です!」

「私です!」

「私が!」

「「本物です!」」

「……あのー。本物は私なんですけど……」

 ……うーむ。

 その美しさは次元を超越するほどの美しい顔も、長く縮れ毛などない背中まで伸びた黒髪も、わずかに動く首の動かし方と角度も、制服を着ていてもはっきりと分かるモデル体型の体と大きな胸も、スラリとしたその背の伸ばし方も、豊かな二つの胸が綺麗にゆっくりと上下する呼吸のリズムも、健康的かつ長い美的曲線を持った足も、美しい陶芸品のようなきれいな指の優雅な動かし方も、言葉とともにあちこちに動きまわる細い両腕も、ソシアルダンスを踊るような優雅な歩き方も……。

 うん、どこからどう見ても山田さんだ。

 でも残念ながら、山田さん複製体には、本物の山田さんと大きく違うところがひとつあった。

 それは……。

「あ、山田さん」

「「何? 柏木くん?」」

「頭になんか毛が生えているよ?」

「「え、本当?」」

 そう。

 山田さん複製体には、頭頂部にたくましく伸びた一本の毛──通称アホ毛があるのだ。

 これで見分けがついた!

 本物の山田さんと、複製体の山田さんの区別が、これで楽になったぞ?

 と、ぼくは、お互いのアホ毛を触り合う山田さん複製体をしばらく見ていた。

 その山田さんの複製体二人が、ぼくを見るなり不思議そうな顔をして、

「「柏木くん、どうしたの? そんなに嬉しそうな顔をして?」」

 と尋ねてきた。

 えっ?

 ぼくは思わず聞き返した。

「えっ、そんなに嬉しそうな顔をしてた?」

「「うん、ほんとうに嬉しそうな顔よ。柏木くんってば」」

 不思議そうな表情を浮かべる山田さん二人に、ぼくは、胸を張って答えた。

「……だって、山田さんが増えたしね!」

 その答えに、山田さん二人は、なんか複雑そうな表情を浮かべた。

 それに何かを感じて、オリジナルの山田さんが立っている方を向くと、オリジナルの山田さんも、ちょっと複雑そうな表情をしていた。

 ん、どうしてだろう……?

 うーん。

 あ、そうか!

 ぼくがこんなにも山田さんのことが好きだから、山田さん、照れちゃっているんだ!

 よし。山田さんが増えたことだし、三人の山田さんを、これからも愛していこう!

 ぼくが満足気に頷いた時だった。

 教室の扉が開き、クラスの担任の菊池先生(女性・自称17歳)が入ってきた。

 まだホームルーム前だというのに、早いなあ。

 とぼくが首を傾げた瞬間だった。

 菊池先生は、三人の山田さんをしばらく凝視した。

 数瞬の間の後、

「や、山田さんが三人!?」

 菊池先生は大声でそう叫ぶと、持っていた出席簿や書類などをその場に取り落とした。

「!?!?!!」

 そしてわけのわからない悲鳴を上げ、入ってきた教室の扉から飛び出してしまった。

 ぼくも山田さんも教室にいたクラスメイトたちも、どことなく同情の色をたたえた眼差しで、菊池先生を見送るのであった。

 菊池先生。お元気でねー。

こうして、山田さんは増え始めた。

 だけど、その時大喜びしていたぼくは気づきもしなかった。

 まさか、あんなことになるなんて。



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