第343話 魔導飛行船レース

 マウセリア王国の第一王子であるモルガートは、部下に声を掛け空巡艇二号に乗り込んだ。

「よし、カザイル王国に向けて出発だ」

 モルガート王子の合図で、エクサバル城内にある人工池から空巡艇が飛び立った。


 ふわりと浮いた機体から外を見ると、小さくなっていくエクサバル城の姿が見える。

「今度こそ、オラツェルの奴に思い知らせてやる」

 レースの開催国はカザイル王国である。マウセリア王国とは同盟関係にあるので安心出来る国だった。


 モルガート王子も何度か行った事があり、カザイル王国の首都には大使館もある。レースの出発点は、その首都ベリオルになっている。海に面した都市で漁業が盛んだと言う。


 空巡艇は北を目指して飛び、昼頃に交易都市ミュムルに到着する。ミュムルで昼食を取り、少し休憩を挟んでからヴァスケス砦に向けて出発した。


 ヴァスケス砦で一泊したモルガート王子たちは、その翌朝ベリオルを目指して飛び立った。ベリオルには昼過ぎに到着。海岸にある停泊場所に空巡艇二号を着水させ、桟橋に寄せる。桟橋に待機していた一団が近付いて来た。


 予め警備用として送り込んでいた兵士たちだ。

「殿下、ご到着をお待ちしておりました」

「ご苦労、こいつの警備を頼む」

「お任せ下さい」


 その停泊場所には各国の小型飛行船が停泊していた。どれも帆船型で風を推進力として利用する飛行船である。


 但し、一機だけモルガート王子のものと同型の機体が有った。だが、その機体は悪趣味な黄金色に塗装され異彩を放っていた。

「王国の恥さらしが」

 モルガート王子が忌々しそうに呟く。


「オラツェルは何処に居る?」

 警備兵の一人が、

「オラツェル殿下でしたら、式典会場へお入りになられました」


「ふん」

 モルガート王子は鼻を鳴らしただけで、式典会場へと向った。広い会場の中に数々の料理が並んだテーブルがあり、思い思いの席に座った各国の人々が歓談している。


 その中に顔見知りが居た。太った巨体の持ち主ムアトル公爵である。

「ようこそ、カザイル王国へ」

「お久しぶりです、ムアトル公爵」

「ハハハッ、元気なようだな」

 ムアトル公爵はすでに酒が入っているようで機嫌がいい。


 式典が始まり、退屈な挨拶と各国重鎮の愛想笑いを繰り返し目にした。些かうんざりした頃、オラツェル王子が近寄って来た。


「兄上、飛行経路は決めましたか」

「当たり前だ。お前はどうなんだ?」

「幾つかに絞ったのですが、まだ迷っている所です」


「優柔不断な奴だ。言っておくが、こちらを真似ようなどとは思うなよ」

「当然です。二番煎じでは優勝出来ませんからね」

「ふん、優勝するつもりでいるのか?」

 モルガート王子が嘲笑あざわらうような声を上げた。そして、弟から離れて行く。


 残されたオラツェル王子が顔を歪める。

「いつもいつも馬鹿にしやがって。見ているがいい。王座に相応しいのがどちらか思い知らせてやる」


 オラツェル王子が配下の一人を呼び寄せた。

「どうだ、飛行経路が分かったか?」

「警備兵の一人を買収し、空巡艇二号の飛行経路が書かれた地図を確かめさせています。夜中にはモルガート殿下たちの飛行経路が判明するでしょう」


「そいつをムアトル公爵へ渡せ、始末は奴らがやってくれる」

 オラツェル王子がニヤリと笑った。


 翌朝、モルガート王子が空巡艇に乗り込み、スタートの合図を待った。空巡艇二号の乗組員は、モルガート王子を除くと四人、魔導師ニムリスとその弟子、それと兵士二人である。


 兵士二人には、空巡艇が故障した場合の応急処置と操縦方法を習わせている。上空に向って<爆炎弾>が撃ち上げられ、爆音が響き渡った。


「飛べ!」

 モルガート王子が操縦桿を握っている兵士に命じた。空巡艇がふわりと浮き上がり南に向かって飛び始める。


 カザイル王国の南に広がる海には、多くの小島が散らばっていた。

「風向きは南東か、予定通り東十五号島へ向かえ」

 この時期の風向きは南東が多いと知っているので、予め風向きが南東だった場合の飛行経路を第一候補として検討していた。


 オラツェル王子が乗っている空巡艇一号が最短経路である真南に向かうのを見て、モルガート王子は奴らしいと薄く笑う。


 燃料消費を考えずに最短で飛ぶ作戦は、ある意味理に適っている。成功すれば、一番で戻って来れるからだ。


 但し、燃料消費を計算するとギリギリとなる。何かアクシデントが有った場合、危険なのだ。モルガート王子に、一か八かの賭けをする気はない。


 折り返し地点からの戻りを考慮し、燃料消費を最低限に抑える経路を選択した。

 風力はそれほどでもないので、帆船型飛行船を抜き先頭を飛んでいる。カザイル王国の帆船型飛行船は、空巡艇二号と同じ方向を目指し飛んでいるようだ。


 昼を過ぎた頃に、風が強まり魔導先進国の帆船型飛行船が速度を上げる。

「殿下、このままだと抜かれてしまいます」

 操縦している兵士の報告。


「……速度を上げるか」

 迷っているモルガート王子に、魔導師ニムリスが忠告する。

「まだ序盤です。焦る必要はありません」

 モルガート王子が肩の力をふっと抜く。

「そうだな。速度はそのままだ」


 帆船型飛行船は先に行き、空巡艇二号は予定通り東十五号島に着水した。今夜はここで一泊し、早朝飛び立つ事になる。


 このレースでは夜間に飛行する者は居ない。昼間は島の位置などを見ながら飛行するので大丈夫なのだが、夜間飛行技術が発達していない関係で、風向きなどが変わった場合、何処まで流されるのか分からないからだ。

 海岸に着水した空巡艇二号を砂浜にまで進ませ、夜食の準備をさせる。


 簡単なスープとパンで夜食を済ませると、焚き火の傍で寛ぎ始めた。そろそろ寝ようかという時、ザグッと音がした。音に気付いて見ると兵士の傍に矢が突き立っている。


「敵だ!」

 魔導師ニムリスが叫び、モルガート王子を避難させようとする。またも暗闇から矢が降って来た。モルガート王子が烈風剣を抜いて、烈風刃を矢が射られたと思われる方向に飛ばす。

 甲高い悲鳴が聞こえ、その悲鳴を目掛けて何度も烈風刃が飛ばされた。


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