第299話 鉄頭鼠の特異体2

 三人が別々の思いを抱き映像を見ていた頃、鉄頭鼠と出目兎は凄い速さで北に向かって移動していた。自衛隊が対物ライフルなどの装備を揃え再び捜索を開始した時、魔物は遠くへと逃げていた。


 しかも装備を待っている間に雨が降り、臭いが洗い流され犬を使って追う事も出来なくなっていた。ただ、わずかに残った足跡から北に逃げたと判明した。

 自衛隊は今までより慎重に捜索を行ったが、鉄頭鼠を見付けられなかった。


 政府としては密かに魔物を捕獲し国民には知られずに事態を収拾したかったのだが、大型化し危険な存在となった魔物が日本の山中を移動している以上、国民に警告しなくてはならなくなった。


 そのニュースは大々的に報道され、研究所の在る奥多摩や逃げたと思われる北に在る地域の住民には目撃したら即座に逃げ、警察に通報するようにとマスコミに報道させた。


 それを聞いた奥多摩付近の住民などから避難する必要があるのかと問い合わせが殺到したらしい。だが、大多数の国民は他人事として聞き、危機感はほとんど無かった。


 同じ頃、薫は進学する高校が決まり、のんびりと中学最後の時間を過ごしていた。その中学校では、巨大なネズミ型の魔物が逃げた事件が話題になっていた。


「聞いたか。例のネズミの化け物が群馬の山の中に出たんだとよ」

「えっ、誰か見たのか?」

「いや、獣に食い荒らされた鹿の死骸が発見されたんだ」


「へえ、怖いね。土日に群馬の温泉へ家族で行く予定だったんだけど、止めるように言おうかな」

「山の中に入る訳じゃないんだろ。だったら大丈夫さ」

「まあ、そうか。魔物だって街には来ないか」


 そんな話を何気なく聞いていた薫に、親友の三浦由香里みうらゆかりが話し掛けた。

「ねえ、カオルは今度の日曜日は暇?」

「ん、予定はないけど、何?」


「クラブの皆でゴルフコースに行く予定なんだけど、一人行けなくなった人が出ちゃったのよ。代わりに行かない」


 由香里はゴルフ部に所属している生徒で、中学最後の思い出にゴルフコースでプレイする予定のようだ。

「でも、私はコースに出た事ないけど」


 薫の父親がゴルフ好きで、一緒にゴルフ練習場へ行き父親に教えて貰っていた。無心にボールを打つのはストレス解消になるので、割りと好きなのだ。


 但しコースに出た事はなく、自分のクラブも持っていなかった。

「お父さんのを借りればいいじゃない」

 ゴルフ練習場でも父親のクラブを振っているので不可能ではないが、パターやアプローチの練習はあまりやっていないので、コースでは足手まといになりそうだった。


「問題ないよ。大会じゃなく遊びなんだから」

 薫は迷ったが、行く事にした。中学生最後の思い出にゴルフコースに友達と行くのも悪くないと思ったのだ。

 次の日曜に、薫はゴルフバッグを担いで山梨のゴルフ場へ来た。


「何だか空気が美味しい」

 薫は背伸びして深呼吸をする。

 目に入る草木は、樹海のような大自然とは違う管理された緑だったが、何だか気持ちがいい。


「初めてコースに来た感想は?」

 由香里が薫に問い掛けた。

「広々としていて気持ちがいいのね。お父さんに頼んで連れて来て貰えば良かった」

「そうでしょ」

 由香里がドヤ顔をして胸を張る。


 薫と一緒にコースを回るメンバーは、親友の由香里と背の高い西田佳苗にしだかなえ、背が低く小学生のような桃井照美ももいてるみだった。


「三条さんはゴルフやっていたんだね。知らなかった」

 小学生のような照美が声を上げた。

「打ちっ放しで練習していただけよ。コースは初めてだから、いろいろと教えてね」

 薫がそう返すと照美はニコっと笑って任してというように胸を叩いた。


 時間が来たので一番ホールに行くと何故か大勢の見物人が居た。どうやら薫たちの後に女子プロゴルファーが回るようだった。


「何かやり難いね」

 背の高い佳苗が声を上げる。それを聞いて由香里がいつも通りにやろうと返事をした。最初に佳苗がボールを打つと見物人がガヤガヤといい加減な批評を始めた。


 小声で言っているが、薫には聞こえた。悪口ではないのだが、プロに比べると飛ばないと言っているようだ。そんな事は当たり前なのに、何だか悔しくなった。


 照美と由香里が打ち終わり薫の番になると見物人も興味を失ったようだ。見物人の一人が小さな声だったが、薫に告げた。

「さっさと打てよ。こっちは宮間プロを見たいんだから」


 薫はマナーのなっていない見物人を睨んだ。

「カオル、気にしないで」

 由香里が不機嫌な顔をしている薫に声を掛けた。


「分かってるけど、何だかムカつく」

 薫はボールをバックティに置き、ドライバーを一回だけ素振りしてから、ボールを力を込めて打った。


 ボールがひしゃげながら空中に飛び出し、空高く舞い上がると小さくなって消えた。

「おおっ!」「馬鹿な」「プロより飛んでるぞ」

 見物人の中から声が上がった。


 薫が打ったボールは四〇〇ヤードほど飛んで林の中に飛び込んだ。

「風に押されたのかな。信じられないほど飛んだね……でも、OBだから打ち直してね」

 由香里の言葉に、薫はガックリと肩を落とした。


 その頃、北へ向かったはずの鉄頭鼠が、何故か奥多摩より西の山中で獲物を探していた。その時、鉄頭鼠たちは魔力を発している存在に気付く。


 鉄頭鼠は特別な能力をほとんど持っていなかったが、ただ一つ<魔力感知>に似た能力を持っていた。これは近くに強力な魔力を発する敵が現れた時に逸早く気付き逃げる為のものだった。


 特異体となり巨大化した鉄頭鼠たちは逃げなかった。特異体となった事で恐怖心が消え、自分たちに恐れるものはないと思うようになっていたのだ。


 鉄頭鼠たちは藪を掻き分けゴルフ場の方へと進んだ。途中で見付けたイノシシを鋭い前歯で噛み殺して食べた時を除けば、休む事なく移動しゴルフ場近くの山に辿り着いた。


 鉄頭鼠たちは敵の臭いをとらえた。自分たちを檻に閉じ込め痛みを与えた奴らの臭いだ。


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