第88話 二人の失踪

 真希たちの登録が終わったので、買い取りのカウンターへ行き手に入れた素材を売却する。転移門に有った荷物の中に魔晶玉二個が有ったので、魔晶管の売却額も含めると金貨四枚ほどになった。


 ついでに小瀬の持っている硬貨も換金出来ないか聞いてみた。

「オークの貨幣ですね。地金としての計算になりますが換金可能です」


 その事を小瀬に伝えると換金を頼まれた。換金すると金貨一枚と銀貨三枚ほどになった。小瀬が当然のように受け取った硬貨を自分の懐に仕舞う。


 小瀬さんはお金に対して執着心が強いのかな。ミトア語が喋れないと買い物も出来ないと思うんだけど。


 犬人族の隠れ里に居る間、小瀬たちにミトア語を少し教えたが、簡単な挨拶と日常会話を少しだけなので買い物が出来るほど喋れないはずだ。


 宿屋に向かって歩いている途中、魔道具屋が在った。入り口から覗ける中には、怪しげな道具が並べられている。東埜が立ち止まり、いきなり中へと入って行った。


「東埜さん、どうしたんです?」

 薫が後を追って中に入る。店の半分ほどは照明用の魔道具が並んでおり、後は細々とした魔道具と魔法使いの杖が並べられていた。


 東埜は杖らしいものを見て中に入ったらしい。

「おい、これは魔法使いの杖なのか?」

「半分くらいは魔法使いの杖よ。後の半分は攻撃用魔道具ね」


 まさか、これが欲しいとか言い出すんじゃないでしょうね。

 薫は警戒するように東埜の顔を覗き込む。

「どう違うんだ?」


「魔法使いの杖は正式名を『神紋補助杖』と言って、魔法を使える者が魔力を制御しやすくなるようにアシストしてくれる物で、攻撃用魔道具は炎の塊を敵に飛ばすとか、雷を杖の先から放つような機能を持つ魔道具よ……言っておくけど高いから買えないよ」


 薫の言葉に不満そうな顔をする東埜。

「カオル様、これはミコト様が探しておられたものじゃないですか?」


 薫たちを追って店に入ったミリアが、店の棚から二つの水晶の玉のようなものを探し出して来た。

「あっ、これは……店の人に聞いてみなくちゃ」


 薫はカウンターの所へ行き、店の主人らしい中年男性に話し掛けた。

「おじさん、これは『知識の宝珠』でしょ」

「ああ、そうだ……残念ながらミトア語の知識しか入っていない奴だ」


「おいくら?」

「お嬢さんが買うのか。何に使うのかは知らねえが、金貨一枚だね」

「二つとも買うわ」

 薫は二枚の金貨を取り出し支払った。


「これを使う時の呪文は?」

 ミコトに調べて貰えるのだが、念の為に聞いておく。店の主人は『知識の宝珠』を覗き込んでから教えてくれた。『魔導眼の神紋』を持っているらしい。


「ありがとうございます」

 薫たちが店を出ると東埜がブチブチと文句を言い出した。

「金が無いとか言いながら、自分だけ買い物をしやがって」


「これは案内人のミコトが探していたものなの。私が使う為に買ったんじゃない」

 薫が東埜に言い返す。

「薫ちゃん、それは何なの?」


 真希が興味を惹かれたのか尋ねて来た。

「『知識の宝珠』よ。この中にはミトア語の知識が詰まっているの。こうして額に当ててから呪文を唱えるとミトア語が分かるようになるすぐれものよ」


 その時、薫の背後で、小瀬が耳をそばだて薫の話を聞き逃すまいとしていた。その眼がギラリと光り、背負い袋に仕舞われる『知識の宝珠』を見詰める。


 その日は宿屋に泊まり、翌朝早く迷宮都市に向けて出発した。

 途中幾つかの村を通過し昼過ぎ頃に天候の様子が変化した。空が一面黒い雲に覆われ、遠くで雷の音が鳴り始める。


「まずいにゃ、雨ににゃりそうでしゅ。次の村で一泊しゅる方がいいかも」

 ミリアが空を見上げながら皆に告げた。

「そうね、急いで村に行き泊まる場所を探しましょ」


 薫は同意し皆を急がせた。早足でココス街道を進んでいるとポッポッと雨が降り出し、村に到着する頃には本降りとなっていた。


 アスケック村には宿屋兼食堂の店が一軒だけあり、そこに泊まれるよう手配した。四人部屋を三部屋確保し、薫・真希・美鈴・玲香で一部屋、ミリアたちが一部屋、小瀬・東埜・マポス・ジェスチで一部屋と言うように振り分ける。


「明日には迷宮都市に到着するから、もう一日だけ頑張りましょ。今日は部屋でゆっくり休んで」

 薫が皆に声を掛け、それぞれの部屋に別れた。

 薫は一旦部屋に荷物を置いてから、真希と一緒にルキの居る部屋に向かった。


 部屋ではルキたちがくつろいでおり、暇潰しに来た薫たちを歓迎した。

「カオルしゃま、迷宮都市に居にゃい間どうちてたにょ?」

 ルキが眼をキラキラさせて薫に尋ねた。


「学校で勉強したり、仕事もしてたけど、一番は魔法の研究かな」

「研究?」

「皆に教えた応用魔法は、その間に考えたのよ」


「ルキは魔法をたくしゃん覚えちゃよ」

「偉いぞぉ、ルキみたいに小さい子供は、あんまり魔法は使えないはずよ」


「うん、ガモス君もチルルちゃんも魔法使えにゃいの」

 『趙悠館』建設予定地で一緒に生活している子供たちより、早く魔法が使えるようになったのが嬉しいらしい。


「カオル様、ルキに魔法を教えるのは早すぎたんじゃにゃいでしょうか?」

 ミリアが心配そうに尋ねた。


「大丈夫よ。危険な魔法は教えてないんでしょ」

「はい、<缶爆マジックボム>にゃどの危険にゃ魔法は教えていません」

「それでいいんじゃない。早くから魔力制御を覚えれば、将来大成するかもしれないよ」

「魔法の達人ににゃると言う意味ですか……それにゃら嬉しいんですが」


 真希はリカヤたち相手にミトア語の勉強をしていた。ちょっとだけ発音が良くなったようだ。

 二時間ほど時間を潰して美鈴たちの居る部屋に戻ると小瀬と東埜が来ていた。薫の姿を見るとこそこそと部屋を出て行く。


「小瀬さんたちは、何しに来てたの?」

 薫が尋ねると美鈴が苦笑して。

「小瀬君たちは、異世界で堂々と行動している薫さんに嫉妬しているのかもしれないわ。あなたに対する愚痴をちょっと口にしてた。我慢してやって」


 玲香が口を挟む。

「ちょっとじゃないわ。この部屋に来てずーっとよ」

「男らしくないわね。直接私に文句を言えばいいのに」


 その夜は何事も無く過ぎ、翌朝、事件が起きていた。


 昨日の雨は止み青空が広がっている。マポスが起きると隣にまだジェスチが寝ている。その向こう側を見ると寝台の上に小瀬と東埜の姿がない。


「あいつら何処に行ったんだろ。便所か」

 マポスは一階のトイレに行ったが、誰も居なかった。用を足して元の部屋に戻り部屋を調べると小瀬と東埜の荷物が無くなっている。


「むむむっ……分からにゃいけど変だ。カオル様に知らせよう」

 マポスは薫の部屋へ行き呼び出す。眼を擦りながら薫が出て来た。


「どうしたの。何かあった?」

「小瀬と東埜が居にゃい。荷物も無くにゃってる」


 薫は美鈴や真希にも知らせ、村の中をリカヤたちにも手伝って貰い調べた。

「カオル様、村の門番の人に聞いたのですが、小瀬と東埜らしい人物が夜中に村を出て行ったそうです」


 リカヤが宿の前に立っていた薫に報告した。それを聞いた薫の顔色が変わった。

「何ですって! ……あの二人、何考えているの」

 薫の悲鳴に似た声に気付いた真希と美鈴が歩み寄る。


「小瀬君たちの事、何か分かったの?」

 美鈴が心配そうな様子で尋ねる。

「二人は夜に抜け出して村の外に出たらしいのよ」


 美鈴が肩を落とし、どうしたら良いか判らないと言う顔をする。真希が美鈴に近寄り慰めるように手を取る。


「元気を出して、あの二人にも何か考えが有るのよ。私たちは自分たちの事を考えましょ。……薫ちゃん、どうしたら良いと思う?」


 結局、薫に丸投げして来た。まあ、勝手に動かれるより、よっぽどマシだけど。薫は少し考えてから、予定通り迷宮都市に向かうと決めた。


「予定通り、迷宮都市に行きましょ。それから案内人のミコトたちと相談して、小瀬さんたちの行方を探す方がいいと思う」


「でも、今すぐ追い駆けた方が、簡単に追い付けるんじゃないの?」

 美鈴が薫に問い掛けた。


「そうですけど、追い付いても彼らは私たちの言う事を聞いて戻るでしょうか。彼らなりに決心して出たんだと思うんです」


 東埜は馬鹿な妄想を実現する為に離れたと思うけど、小瀬はどうしてだろ。この異世界で何かやりたい事が有ったのだろうか?


「まったく迷惑ばかり掛けるんだから。あの二人なんて放っておけばいいのよ。あたしたちが迷宮都市に行くのは知ってるんだから、何か有ったら訪ねて来るわよ」


 玲香が突き放すような言い方をした。

 何か有ったらか……あの二人はどっちに行ったのかしら、東埜は迷宮に興味を持っていたから迷宮都市に行った可能性も有るのよね。でも、ウェルデア市に引き返した確率の方が高いか。


「あの二人、言葉も話せにゃいのに無茶だぜ」

 いつの間にか傍に居たマポスが薫に言う。

「あっ……もしかして」


 薫は宿の部屋に引き返し、自分の荷物を調べた。

「やられた!」

 薫を追い掛けて来た真希と美鈴が不審な顔をする。


「ミトア語の『知識の宝珠』が消えてる。あの二人が持ち出したのね」

 美鈴が少し安心した顔をする。

「じゃあ、二人はミトア語を喋れるようになったのね。良かった」

「全然良くないわ。あの二人……見付けたら唯じゃ置かない」


 薫たちは予定通り、村を出て迷宮都市に向かい、その日の夕方に到着した。

 高さ十二メートルの石壁に囲まれた迷宮都市を初めて目にした真希たちは、その壮大な姿に驚いた。ウェルデア市も石壁で囲まれていたが規模が違った。


「大きな町なのね」

 真希の言葉に美鈴と玲香が同意するように頷いた。


 問題なく街の中に入った薫たちは、ミコトたちが居る『趙悠館』建設予定地へ向かった。大通りを東へと進む。その通りに並ぶ建物は二階建て、三階建てが普通らしい。


 石造りの頑丈そうな建物が多かったが、中には木材と土壁を組み合わせた懐かしい感じの建物も有った。迷宮都市に住む人々は、富や名声を求めて遠くからやって来て住み着いた者も多い。それだけ多様な人々の住む街なのだ。建てた人物の出身により、好みの建築様式が違うのも当然だった。



 程なくして薫たちはミコトと合流した。

「顔色が悪いぞ。大丈夫なのか」

 俺は薫に再会した瞬間、薫の体調を尋ね。怪我などしていないかチェックした。

「私は大丈夫よ。ミコト」

「心配したんだぞ」


「ありがとう、私は大丈夫だったんだけど……一緒に転移した大人二人が魔物に殺され、高校生二人が行方不明になったのよ」

 薫が詳しい状況を説明してくれた。


「ふむ、人騒がせな連中だな。少し放っといたらどうだ?」

「二人が死んだらまずいでしょ。ミコトの責任問題にならない?」


「それは大丈夫だろ。俺と会う前に失踪しているんだ。それも身勝手な理由で自分から居なくなったんだろ」

「でも、何もしない訳にはいかないでしょ」

 俺は状況を考慮して打てる手を考えた。


「まずは、迷宮都市に来ているかどうかを調べるか。来ていない場合は捜索隊をウェルデア市へ出そう」

「捜索隊か。ミコトは行かないの?」


 俺はウェルデア市から逃げ出した時の事を思い出した。金剛戦士パーティのリーダーであるブッガを返り討ちにし、後でウェルデア市を支配する子爵の身内だと知った。

 ウェルデア市は俺にとって鬼門だ。近付く訳にはいかない。


「ウェルデア市でトラブルを起こしたんで、近付けないんだ。捜索隊が必要な時は、伊丹さんに行って貰うよ」

「私も行かなきゃいけないかな?」


 薫が行きたくないという顔をして訊いて来た。……どうやら東埜と小瀬という二人を嫌っているらしいな。

「顔を知っている者が同行すれば、カオルンが行く必要はない」


「ちょっとカオルンは止めてと言ったでしょ。その呼び方は幼稚園の頃のよ。『カ・オ・ル』でいいわ」

 俺は肩を竦め同意した。


 その後、ハンターギルドや門番に尋ねて、小瀬や東埜らしい人物が来ていないのを確認し、捜索隊をウェルデア市へ送る事になる。


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