第77話 樹海の魔物

 薫たちは、宣言通りに一周回って転移門の部屋に戻って来た。入り口が見える所まで辿り着くと、美鈴が心配そうな顔をして待っているのが見えた。


 美鈴は二人の姿を認めると嬉しそうに手を振って合図する。だが、薫と真希の顔色が悪いのに気付き声を上げる。

「どうかしたの?」


 薫は持って来た二本の剣を美鈴に向けて差し出した。それを見た美鈴は悪い予感を覚える。

 薫たちの姿に気付いた小瀬たちが集まって来た。そして、薫の持つ剣に気付く。

「ちょっと、何であなたが、その剣を持ってるのよ?」

 玲香が甲高い声を上げた。


 薫は血の跡と魔物と誰かが争った痕跡について説明した。

「たぶん教頭先生ともう一人の先生は、魔物に襲われて亡くなった……と思う」


 薫の言葉に、美鈴と小瀬たちは全員が顔色を変える。特に美鈴が真っ青になっている。

「何であんたに、そんな事が分かるのよ。教頭先生たちが剣を落としただけかもしれないじゃない」


「そうだ、軽々しく死んだなんて言うのは不謹慎だぞ」

 玲香と小瀬が薫をとがめるようにきつい口調で言う。


 薫は死んだと思われる二人が見知らぬ他人だから冷静でいられるのかもしれないと思った。友人や恩師だったら小瀬たちのように信じられず動揺したかもしれない。


 教頭先生たちが剣を落としたまま何処かに行ったなど、玲香も本心では信じていないだろう。ただ、自分たちを保護してくれるはずの大人が簡単に死んだと言う事実を受け入れられなかったのだ。


「だから、外に行くのは反対したんだ。俺の言う通りにしてれば死ななかったのに」

 東埜は教頭たちが死んだという情報を受け入れたようだ。だが、皆の気持ちを逆撫でするような言葉を吐くのは、やめて欲しい。


「教頭先生たちは私たちの為に外の様子を見に行ったのよ。言葉に気を付けなさい」

 美鈴が東埜をしかる。その言葉を聞いても東埜は悪びれる様子もなく不服そうな顔をしている。


「それより、これからどうするんですか。美鈴先生」

 玲香が美鈴に質問した。

「……」


 美鈴が答えに困っていると。代わりに小瀬が言い出した。

「まずは事実の確認だ。信用しない訳じゃないが、その現場を確かめよう」

「そ、そうね」

 美鈴も賛同した。


 そのまま外に行こうとする小瀬たちを薫が止めた。

「ちょっと待って」

「何よ。確かめられちゃまずいの?」


 玲香のいちいち刺の有る発言にはげんなりする。

「外の地面は太陽の日差しで熱くなってるのよ。靴を用意してから行ったら」


「靴……靴なんか何処に有るのよ!」

 玲香がヒステリックに大声を出す。

「あの残っている革鎧を加工して靴かサンダルを作れると思う」


 その後、一時間ほど掛けて靴を製作した。足の大きさより少し大きく革鎧を切り抜き、一定間隔で周囲に穴を開け、その穴に荷物に有った丈夫な紐を通して靴らしきものを作る。


 革鎧を切り抜くのに苦労したが全員分の靴が完成した。中敷きとして鎧豚の革鎧から切り抜いた厚い革を使った。これでゴツゴツした岩の上を歩いても怪我はしないだろう。


 皆で外に出て、薫たちが大ムカデと戦った場所に来た。

「何なのこれ!」

 大ムカデの死骸を見て玲香が悲鳴を上げ、美鈴も悲鳴を押し殺す。


 東埜が何故か興奮した様子で大ムカデの死骸を剣先で突付つついている。

 薫は地面に残っている血の跡を示し、ここに剣が落ちていたと語る。大量の血の跡と痕跡から教頭先生たちが生きている可能性が薄いのは納得してくれたようだ。


「私は、あそこに見える森へ行こうと思うんだけど。皆の意見は?」

 薫が提案すると、真希以外の全員が渋い顔をする。森までかなりの距離が有るからだ。


「助けが来るまで、ここに居た方が良くないか」

 小瀬が意見を言う。東埜も同意見のようだ。但し、小瀬の言う助けはリアルワールドの救助隊の事だが、東埜が考えている助けは、この異世界に自分を召喚したと考えている者たちである。


「私は彼女の案に賛成します……もちろん、ちゃんとした理由が有る」

 美鈴が薫の提案に賛同した。外の景色や魔物の死骸を見て、ここが異世界なんだと納得し普段の冷静さを取り戻した美鈴は、今の状況を考えられるようになっていた。


 小瀬がその理由を尋ねた。

「まず、水と食料です。食料は三日くらいなら食べなくとも死にはしないでしょうけど、水は致命的です。水の補給なしでは数日で動けなくなります」


 薫が考えていた危惧を美鈴も感じていたらしい。それぞれが持つ水筒に残っている水はかなり少なくなっていた。


「今日にも助けが来るかもしれないだろ」

 東埜が言い張る。だが、保証のない助けを待つなど死ぬようなものだ。


「お前の妄想に付き合って死ぬのは御免だ。何が勇者召喚だ……現実を見ろ。僕たちが巻き込まれたのは、あの転移門失踪事件と同じだ。マイクロバスが突っ込んだ鉄条網は自衛隊が封鎖していた転移門だったんだ。そうだろ、真希さん」


 小瀬はマイクロバスが突っ込んだ場所が、何だったのか気付いたようだ。

 政府は転移門の位置や起動タイミングを公開していない。あの場所に転移門が有ると知っているのは地元の人間だけだろう。


 但し、心霊スポットと同じようなレベルで転移門の情報がネット上に散らばっているので、偶に物好きが見学に訪れるようだ。


「えっ……ええ、そうです。薫ちゃんが転移門を見たいと言ったので、私たち二人は、ちょうど調査見学してたんです」

 突然、尋ねられた真希はびっくりした。


「あの馬鹿運転手……りにって転移門に突っ込むなんて」

 玲香が騒ぎ出すが、小瀬がなだめる。


「転移門は、機能する周期が有ると聞いたけど、誰か詳しい情報を知っているか?」

 薫は情報を共有するべきだと思ったので応えた。

「次に転移門が起動するのは、六日後よ。でも、ここの転移門が使えるかどうかは分からない」


「六日後……使えるかどうか分からないとは?」

 転移門を使うにはキーとなるゲートマスターの存在が欠かせない事と、ここの転移門が半年以上も帰還者が居なかった使用不能転移門に分類されていたと伝えた。


「詳しいのね。薫さん」

 美鈴が少し驚いたように声を上げた。

「知り合いの案内人に教えて貰いました」

「案内人って……JTGの案内人かよ」


 小瀬が大声を上げた。異世界を行き来する案内人は、少年たちにとってあこがれの職業だ。JTGの案内人という職業はほとんど情報が無い謎の職業で、偶に魔物を捕獲したと言うニュースで知られる以外情報が出ない。その所為で噂が色々飛び交い、空想癖の有る人々からは超人的な人物と思われていた。


「ケッ、案内人ぐらいで騒ぐなよ。案内人だって脇役じゃねえか」

 東埜がブツブツと呟く。自分が特別な存在で、異世界に行けば『勇者』に選ばれるはずだと信じている。


 勇者=地球人説を信じている者は、かなり存在する。各国政府が異世界についての情報を制限している為に、世間に知られている異世界情報は歪なものになっている。


 政府の公開情報と出所不明の怪情報、無責任なデマなどがネット上で混じり合い、リアルワールドから召喚された者が特別な力を得て勇者になったという都市伝説のような情報まで出回っている。


「もしかして、ゴブリンを捕獲した案内人か」

 小瀬の質問に、薫はしぶしぶ応える。

「いえ、ドロ羊を捕獲した案内人よ」


「何だ、ドロ羊か」

 ミコトが引き受けた仕事の一つにドロ羊を捕獲して、地球に持ち帰るというものがあった。ミコトは仕事に成功して新聞に載ったのだ。


 但し、ドロ羊の捕獲は、ゴブリンほどインパクトが無く新聞での扱いも小さなものだった。薫はちょっとミコトが可哀想になる。


「話を戻しましょ。森を目指すのに賛成するの?」

 薫が再度確認する。東埜以外が賛成し森を目指すことになった。


「もう少し待てば、王家から使いが……」

 ブツブツ言っている東埜を無視して歩き始めると、東埜も諦めたように付いて来る。一人で残ると言い出すほど精神は病んでいないようだ。


 それから何度か休憩を挟みつつ森へと歩き続け、太陽が真上に昇った頃、森に到着した。様々な樹木が天を覆うように密集している樹海だった。


 森に入った直後に鉄頭鼠てつとうねずみと遭遇した。

雑魚ざこモンスターだ!」


 それを目にした東埜が嬉しそうに叫び突撃した。鉄頭鼠てつとうねずみは体長五〇センチほどの真っ黒いネズミである。頭の部分に毛がなくヘルメットのような硬質化した皮膚で覆われている。

 そして、最も重要なのは『稀竜種の樹海』の固有種だという点だ。


 東埜が剣を振り回し鉄頭鼠てつとうねずみを攻撃する。あまり剣が得意ではない薫から見ても、振り下ろすスピードは遅く到底素早い魔物に命中するとは思えない。


 案の定、鉄頭鼠てつとうねずみはピョンと飛んで躱し、空振りした反動でバランスを崩した東埜の腹に体当りする。

「うげっ!」

 気絶するほどではないが、大きなダメージを受けた東埜は腹を押さえて座り込む。


「ああ、勇者よ。死んでしまうとは情けない」

 薫がおごそかな口調で何処かで聞き覚えのあるセリフを言う。


「不吉なことを言うな!」

 東埜が大声を上げる。薫は肩をすくめ、冗談だというように笑顔を向ける。


 その間に、薫の側面に回り込んだ鉄頭鼠てつとうねずみが突撃して来る。軽くステップし躱しながら突き出した剣先が、魔物の背中を抉る。致命的な一撃だ。


 鉄頭鼠てつとうねずみが最後の力を振り絞ってよろよろと逃げようとする。そこに座り込んだままの東埜が剣を振り下ろす。弱々しい一撃だったが、それが止めとなった。


 座り込んだままの東埜がドヤ顔で薫に視線を向ける。勇者様は反省という言葉を知らない重度のプラス思考の持ち主のようだ。


「不用意に魔物に飛び掛からないでよ。危険なんだから」

 薫が呆れたように言う。東埜は腹を擦りながら、鉄頭鼠てつとうねずみの死骸を調べ始める。


「ふん、それも知り合いの案内人からの受け売りか。それより、こいつの剥ぎ取り部位を教えろよ」

 勇者様は見掛け以上にしぶといようだ。

「魔晶管よ」


「そうか、ネットに書いてあった奴だな」

 東埜が解体を始めそうになったので、玲香が止めた。


「ちょっと止めてよ。私、グロいのは駄目なんだから」

 東埜は玲香を無視し解体を始めた。その様子を恐る恐る小瀬と美鈴、真希が見ている。玲香は背中を向けていた。


 その間に、薫はちょうど良い太さの若木を切って即席の槍を作った。以前、ミコトに作って貰った手製の槍と同じだ。手早く同じものを合計四本作る。


「うわっ……臭え」

 東埜が間違えて内蔵を傷つけたようだ。

「何やってるんだ。止めろ!」

 小瀬が中止させた。東埜もネズミの内蔵を掻き回しても目的の魔晶管がどれか判別できなかったので諦めた。


 薫は出来上がったばかりの槍を女性三人に配る。

「護身用として使って」

「ありがとう」

 美鈴が礼を言う。玲香はこんなもの役に立つのかという目で手製の槍をチェックする。


 森の中に少し入り込んだ場所で、薫は『マルチェトかずら』を見付けた。これは巨木に巻き付きながら上へ上へと成長するつる状の植物で、長い茎の部分に地面から吸い上げた大量の水を含んでいる。


 地面付近で直径八センチほども有るマルチェトかずらを、薫が剣で撫で斬りにした。

「わっ、どうしたの」

 真希が心配そうに声を掛ける。薫が蔓の切り口を持ち上げると、そこから水が吹き出していた。


「真希姉さん、水筒」

 真希が慌てて空になっている水筒に水を入れる。水筒が一杯になると、薫は切り口から出る水を直接ゴクゴクと飲み込む。次に真希が飲み、玲香が飲んだ所で水が出なくなった。


「おい、その水筒を寄越せよ。俺たちは飲んでないんだぞ」

 東埜が真希の持つ水筒に手を伸ばす。

「待ちなさい。マルチェトかずらは他にも有るはずよ」

 薫の言葉通り、探すと同じ植物が見付かった。三つ有った水筒全てに水を満たし、全員の渇きも治まった。


「薫さん、何か武術でも習っているの?」

 美鈴が薫の動きを見て質問してきた。魔物の攻撃を躱した滑らかな動きや戦闘中に冗談をいうだけの余裕は唯の中学生ではなかった。


「古武術をちょっとね」

 薫が答えると、美鈴や小瀬が感心したように頷いた。


「取り敢えず、森に到着しました。これからどうするか話し合いましょ」

 美鈴が皆に話し掛けた。それを受けて薫が切り出す。

「ここは『稀竜種の樹海』です。東に行けば人が住む村や町が有ると思います」


 薫が調査していた使用不能転移門は、JTGの東條管理官が管理する転移門の一つを教えて貰い訪れたのだ。ミコトがゲートマスターの転移門とも近く、地球上の位置と異世界の位置が相関関係に有るなら、樹海の中に有ると予想されていた転移門である。


「何でお前に、そんな事が分かるんだよ」

 東埜が不機嫌そうな声を上げた。小瀬と玲香も信じていないようだ。

 予想していた反応だった。切り札を出すタイミングだと判断する。


「それは……私が異世界に来た経験が有るからです」


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