第72話 迷宮で肩慣らし

 エヴァソン遺跡を出発してから七日ほどが経過した。二日後にはリアルワールドへ帰る為に遺跡へ戻らなければならない。きっと次の依頼が待っている事だろう。


 あそこの転移門を依頼で使えるようにするには、依頼人用の服や履物・保存食料・武器などを備蓄し、いつでも使えるように整備しなければならない。

 資金は十分に有るので、近くの商店街で買い揃え纏めて持って行くつもりだ。


「はああっ」

 思わず溜息が溢れる。幸運によりバジリスク討伐で得た資金がどんどん減ってゆく。貧乏神にでも取り憑かれているのだろうか。


 今朝も早くから、伊丹に稽古を付けてもらった。

「ミコト殿、魔粒子により増強された身体能力だけで戦い続けるのも危ういものでござる」


 伊丹には、自分の戦闘スタイルというものを持った方が良いと言われた。彼自身も対人戦に関しては戦闘スタイルを確立しているが、対魔物に関してはこれから研究すると言う。


 俺自身も臨機応変と言えば聞こえは良いが、適当に戦っているやり方には限界が来ているのを感じていた。 だが、一朝一夕に戦闘スタイルを確立出来る訳もないので、気長に探し求めてみるつもりでいる。


 宿で朝食を済ませてから、カリス工房に向かった。

「親方、依頼品は出来てるかい」

 依頼していた装備の方も完成していた。カリス親方が自慢気にバジリスクの革鎧を見せた時には、今までの鎧とは別格の存在感を放つ革鎧に感動したくらいだ。


 伊丹のミスリル製の刀も強化剣として完成していた。カリス親方が作刀し、俺が<源紋複写クレストコピー>を使って、邪爪鉈の源紋『断裂斬』を刀へ複写したものだ。

 伊丹はひどく感激し、刀を『豪竜刀』と名付け、暇さえ有れば手入れするようになった。


 午前中に必要な買い物も終わり、ギルドの貸し倉庫に買った品物を仕舞った。その後、俺と伊丹はハンターギルドの受付に行き新しい登録証を受け取った。


【ハンターギルド登録証】

 ミコト・キジマ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:十両

 <基本評価>筋力:37 持久力:30 魔力:46 俊敏性:38

 <武技>鉈術:5 槍術:3

 <魔法>魔力袋:6 魔力変現:4 魔導眼:4 流体統御:3

 <特記事項>ビショップ級下位バジリスク討伐


【ハンターギルド登録証】

 モトハル・イタミ ハンターギルド・クラウザ支部所属

 採取・討伐要員 ランク:十両

 <基本評価>筋力:32 持久力:28 魔力:25 俊敏性:29

 <武技>剣術:5 槍術:4

 <魔法>魔力袋:5 魔力変現:2 治癒回復:3 聖光滅邪:1

 <特記事項>ビショップ級下位バジリスク討伐


 俺の基本能力は、筋力+9、持久力+8、魔力+11、俊敏性+11と大幅に上昇し、鉈術が騎士級であるレベル5になったと認められたのは地味に嬉しい。


 伊丹の基本能力は、筋力+7、持久力+7、魔力+8、俊敏性+8と満遍なく大幅に上昇し、剣術がレベル5になっていた。ギルドの評価でも武術関係は伊丹の方が上だと考えているようだ。


 魔法関係の神紋レベルも上がっているので、より複雑な付加神紋術式が使えるようになる。また、『時空結界術の神紋』の神紋レベルはギルドの魔道具では分からなかったが、レベル2らしい。

 何故分かったかというと、同時に二つの<圧縮結界>が起動出来るようになっていたからだ。


 しばらくして新しい登録証を仕舞い、久しぶりに依頼票ボードをチェックする事にした。

「受けられる依頼は……」

 ランクアップした事で受けられる依頼が何倍にも増えていた。ルーク級の魔物素材を欲しがっている依頼が目立っている。


 歩兵蟻の外殻・サラマンダーの皮・オーガの魔晶管・グリフォンの羽などの依頼が割りと良い報酬になるようだ。


 一番安い依頼の歩兵蟻でも金貨五枚、但し歩兵蟻を一〇匹ほど倒さなければならない。高いものはグリフォンの羽で一匹分で金貨十八枚になる


「装備も揃った事だし、どれか依頼を受けようか?」

 俺が伊丹に尋ねると、

「ミコト殿は二日後に街を離れなければならぬのでござろう。遠くの依頼は受けられませんぞ」


 昨夜話し合って、今回は俺だけリアルワールドに帰還する事にした。

 伊丹は残って、フオル棟梁との打ち合わせと武術や魔法の研鑽に励むようだ。


「それなら『歩兵蟻の外殻』にしようか。これなら勇者の迷宮の第五階層で集められるだろう」


 俺が依頼票を手に取った時、

「待ってくれ、その依頼オレらに譲っちゃくれねえか」


 突然、背後から声を掛けられた。声の持ち主は三〇代後半、中肉中背のハンターで軽薄そうな雰囲気を纏った男だった。


「譲ってくれだって、こういうのは早い者勝ちだろ」

 俺の言葉に、その男は低姿勢で話し掛けて来た。

「それは分かっちゃいるんだが、すでに歩兵蟻を狩って来てるんだ。このまま素材だけ売っても赤字になりそうなんだよ。その代わり、こっちの依頼を譲るから交換してくれ」


 魔物の素材は、ギルドの買取相場で売ると損をする場合がある。ギルドは買取の拒否はしないが、最低価格で買い取る傾向が有るからだ。


 男が一枚の依頼票を俺に手渡した。

「ええっと、黄金吸血蛾の卵一〇個だって、これは何処で採取するんだ?」


 男はニヤリと笑って、

「場所も教えるぜ。勇者の迷宮の第六階層、下に降りる階段の奥に黄色い葉が生えている灌木の茂みが在るんだが、その奥に黄金吸血蛾の産卵場がある。……なあ、秘密の情報まで教えたんだから交換してくれるだろ」


 勝手に喋っておいて、恩着せがましい事を言う男に不信感を持ったが、どうしても歩兵蟻を狩りたい訳じゃ無いので、伊丹の合意を受けて交換した。


「なあ、こっちの報酬は金貨七枚とある。自分たちで行こうとは思わないのか?」

 俺の問いに、軽薄そうな男は首を振りながら応えた。


「歩兵蟻の狩りで負傷者が出た。しばらくは迷宮に潜れねえ」

「それは、災難でござったな」


 それから黄金吸血蛾の卵の形や色などの情報を教えて貰い、受付で依頼の請負パーティが代わった事を知らせ手続きを行った。


「ありがとよ。恩に着るぜ」


 ロレンと名乗った男が去った後、俺と伊丹は依頼票をもう一度確認した。正規の依頼票に間違いない。期日も三日後までになっているので問題なかった。


「迷宮か、久しぶりだな」

 迷宮ギルドで手続きを済ませ、乗合馬車で勇者の迷宮へ向かった。


 久しぶりに見る迷宮は新鮮な感じがした。相変わらず、迷宮の前には荷物運びの子供たちが屯している。

 俺たちが迷宮に近付くと子供たちが押し寄せて来た。


「伊丹さん、どうする?」

「そうでござるな。あそこの子供たちを雇うのはどうでござろう」

 伊丹が指さしたのは、元気が無さそうな痩せた子供たちだ。猫人族三人、人族二人の子供が諦め顔でこちらを見ている。


「ははーん、ミリアとルキを思い出したんですね」

 伊丹が苦笑しながら頷いた。この人の根本には他人への優しさがある。武術を習っている時には、鬼軍曹のような顔で指導するが、それでもミリアたちがなついているのは、その優しさに気付いているからなのだろう。


「ミコト殿、今日中に依頼を達成するつもりでござるか?」

「いや、今日は肩慣らしにしましょう。あの荷物運びの子供たちを守りながら初めての場所で戦うのは避けたいですから」

 第五階層で戦った経験はあるが、黄金吸血蛾の産卵場と言うのは初めてだ。


 五人の子供たちと荷物運びの契約を結び、まずは第一階層へ繋がる第一ゲートの階段を下りた。

 この階層に出る魔物は、スライムとゴブリンだ。蔦に覆われた石壁が迷路のように張り巡らされている空間である。壁自体は五メートルほどで天井までは一〇メートルほど有るので、それほど閉塞感はない。


 俺と伊丹の背負い袋を荷物運びの子供に預け、武器だけを持って迷路を進んだ。スライムはほとんど無視したが、ゴブリンは殲滅した。


 俺の邪爪鉈と伊丹の豪竜刀は、はっきり言ってゴブリンを相手に戦うには威力が有り過ぎた。手応えもなくゴブリンの身体を切り裂くので、確認しないと斬ったかどうか分からない始末だ。


 角からヒョコリと出て来たゴブリンに伊丹の豪竜刀が鞘走り、その刃がゴブリンの胸を逆袈裟に斬り上げる。


 ゴブリンが斬られたのに気付いていないように走り寄り、俺たちを通り過ぎた瞬間、いきなり生気を失い倒れた。

「しゅごい」後ろで見ていた猫人族の男の子が呟いた。


「これは肩慣らしにもならぬようでござる」

 あまりに手応えがないので、珍しく伊丹が愚痴めいたものを口にする。珍しい事だ。


「んん……ゴブリンのたまり場を一掃してから、第二ゲートで第六階層に行きましょうか」

「承知した」


 俺たちは例の魔物部屋に向かった。期待通り三〇匹以上のゴブリンが体育館ほども在る広い空間で屯していた。

 以前は、<閃光弾フラッシュボム>を叩き込みゴブリンの眼にダメージを与えてから切り込んだのだが、今回はそのまま突入する事にした。


「あ、あの~大丈夫なんですか?」

 人族の女の子が不安気に声を掛けて来た。

 俺はニコリと笑い頷き、「心配ない」と明言した。

 荷物運びの子供たちにたまり場の外で隠れているように言い聞かせてから。俺たちは突入した。


 一匹目のゴブリンに斬り付けるまで気付かれなかった。仲間が突然倒れた後、ゴブリンたちが大騒ぎを始めた。大きな声で叫び右往左往する。

 その間隙かんげきを縫うように俺と伊丹は走り回り、邪爪鉈と豪竜刀を縦横無尽にひらめかせる。


 突然、俺目掛けて火の玉が飛んで来た。オレンジ色に燃えるソフトボールほどの玉は、俺に当たった瞬間四散し炎を撒き散らすだろう。


 咄嗟とっさに<風の盾ゲールシールド>を発動し火の玉を弾き飛ばす。火の玉が来た方向を見るとメイジらしいゴブリンが三匹も居た。俺は鋭い声で伊丹に呼び掛ける。

「左前方にメイジだ!」


 俺たちが駆け寄る間に、火の玉がもう一発と<風刃>らしい魔法で攻撃された。両方とも<風の盾ゲールシールド>で弾き飛ばし、俺たちは武器の届く間合いまで踏み込んだ。

 俺の邪爪鉈が一度、伊丹の豪竜刀が二度閃き、ゴブリンメイジの三つの頭が地面に落ちた。


 数分後、すべてのゴブリンを倒した俺たちは、子供たちを呼び寄せ剥ぎ取りを手伝わせた。

 メイジの魔晶管から魔晶玉が現れた時には、荷物運びの子供たちが歓声を上げた。


 そこから引き返した俺たちは地上に出て一休みした。子供たちに保存食である干し芋を食べさせ、三〇分ほど休憩した後、第二ゲートの階段で第六階層に下りた。


 第六階層ではコボルトを四匹、小刀甲虫を二匹、鎧豚を二匹狩り、まずまずの成果を上げて地上に戻った。

 一番の収穫は鎧豚だろうか。皮を剥ぎ魔晶管を取り出し、美味しそうな部位を余さず切り取って革袋に詰めた。


 それでも多くの肉が残ってしまう。子供たちが物欲しそうにしているので、残り物なら遠慮せずに切り取って持って帰ってもいいと許可を出す。


「おい、持ち上げられないほど欲張るんじゃない」

 大きな肉の塊を革袋に詰めようとして四苦八苦している子供に、苦笑しながら注意する。

 重い肉を担ぎ、俺たちは地上へ戻って来た。


 地上に出ると太陽が西の樹海に沈もうとしていた。子供たちも馬車に乗せ迷宮ギルドに戻ると素材を換金した。


 全部で金貨五枚ほどになり、子供たちに銀貨一枚分の銅貨や方銀(方銀一枚が銅貨二〇枚)を混ぜて手渡した。銅貨だけだと一〇〇枚になるので嵩張るからだ。


「ミコト様、イタミ様、ありがとうございましゅ」

 子供たちが礼を言って、重い豚肉を担いで帰って行った。

「さて、肩慣らしは終了だ。明日は本番と行きますか」


 俺が声を上げると伊丹が、

「あの依頼、本当に大丈夫なのでござろうか?」

「あの男の情報が嘘だったとしても、ギルドの資料に黄金吸血蛾の産卵場は第八階層にも存在すると有りましたから問題無いですよ」


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