第47話 ミリアとルキの修業

 翌朝、ミリアは朝日が昇ると同時に目を覚ました。横を見ると可愛い妹が私の腕を抱きしめながら寝ている。


 昨日、ミコト様たちと別れてから、待合所の長椅子で寝ているルキを起こし、傷物の革鎧が入った袋を担いで家に帰って来た。帰り着いた時には、ヘトヘトで晩飯も食べずに寝てしまった。


「ミリア、おはよう」

 リカヤも目を覚ましたようだ。小声で挨拶を返してから、ルキに掴まれている腕をそっと引き抜く。立ち上がると体を動かし固まった筋肉をほぐし目一杯背骨を伸ばす。


「ふみぃ~」

 変な声が漏れてしまった。リカヤがくすりと笑っている。ネリはまだ寝ているようだ。ミリアたちの寝具は長方形の箱に麦藁を敷き詰め、その上にボロボロのシーツを被せたものに、毛布だけという貧民街では標準的なものだ。


『キュルル』

 とミリアのお腹が鳴った。昨日の夜は何も食べなかったのを思い出す。ルキが起きる前に何か食料を買って来ようと思い立つ。


『キュルルルッ』

 今度の音は、私じゃない。リカヤが恥ずかしそうにしている。

「リカヤ、食べ物を買いに行こうか」


「お金有るの?」

「当たり前でしゅ。二日も迷宮に潜っていたんでしゅよ」

「そうか、専属ににゃったんだったね」


 私たちは身支度を整えてから外に出た。外は寒かった。冬が終わろうという時期だが、朝は寒い。曲がりくねった細い道をギルドの方へ向かう。


 この時間に営業している店は、迷宮ギルドの売店しかない。この売店は昼夜を問わず迷宮で戦っている者たちの為に一日中営業している。


 ギルドに辿り着いた時には、少し残っていた眠気も完全に無くなっていた。売店に行くと顔馴染みのオッちゃんが店番をしていた。無茶苦茶眠そうな顔をしている。


「おはようございましゅ」

「おう、ミリアか。早いじゃねえか」

 無精髭を生やした小太りのオッちゃんは、ミリアの名前を覚えていたようだ。


「おにゃかが空いて、眼が覚めちゃったの」

「食い物か、今日の仕入れはまだだから、昨日の残りもんしかねえぞ」

「うん」


 品揃えを見てみると携帯食や保存食が多い。干し芋、堅パン、干し肉、焼き菓子、燻製肉、チーズなどが有った。ミリアは干し芋と堅パン、燻製肉、チーズを選び四人で二日分くらいを購入した。全部で銅貨一〇枚支払う。


「ありがとよ」

 食糧は持って来た袋に入れた。結構な重さになったので、二人で交代で運ぼうと決めた。


 帰り道、ミリアがハンターの仕事について尋ねた。

「ハンターの仕事は大変だよ。見習いは碌な武器も防具も持ってにゃいだろ。ゴブリン一匹との戦いでも命がけにゃんだ」


 ミリアはゴブリンがそれほど強いとは思っていなかった。迷宮に挑戦するハンターはゴブリンなどザコ扱いしていたからだ。


 ミリアは、家に帰り着くまでに、リカヤから様々な苦労話を聞いた。迷宮の荷物運びも大変だけど、ハンターも大変みたいだ。


 部屋に戻るとネリとルキが起きていた。買って来た食糧を見せると二人の歓声が上がる。一階にある共同の炊事場でスープを作る。


 材料は干し芋を潰したものとチーズ、塩だけである。竈に火を入れ、水を入れた鍋を置く、干し芋をすり鉢で潰してから鍋に投入、干し芋がスープに溶け込み始めたのを確認してからチーズを入れ、後は塩で味を整えれば完成だ。


 材料や調味料が乏しいので、凄く美味しいと言うものではない。だが、ミリアたちにとってはちょっと贅沢な味なのだ。そして、燻製肉を薄く切ってから火で炙る。これで朝食の完成である。


 出来上がった料理を部屋に運ぶ。ルキが物凄い勢いで食べ始めた。堅パンは千切ってスープに浸してから口に放り込む。燻製肉を頬張り、スープを飲む。


「ああ、美味しかった」

 ネリが久しぶりのちゃんとした食事に満足の声を上げる。ルキがお腹を満足そうに擦りながら小さなゲップをする。ミリアは昨日持って帰った革鎧を思い出した。


「リカヤは、革細工師のボルガ親方の所で仕事してたよね」

 三年ほど前になるが、リカヤは革細工師になろうと思いボルガ親方の工房で働いた経験が有る。一生懸命頑張ったのだが、親方に認めて貰えず諦めてしまった。


 リカヤに才能が無かった訳ではない。どの工房でもそうだが、猫人族よりも人族の弟子が優先され、猫人族は雑用ばかりを押し付けられる。それで嫌気が差し、猫人族が工房を辞めると猫人族は使えないと言う評判が立つ。


「うん、皮の鞣しやちょっとした修理なら出来るよ」

 その返事を聞いたルキが、部屋の隅に置いてあった袋を引き摺るようにして持ってくる。

「うんにょ、うんにょ、重いじょ」


 リカヤの前に袋を置き、頭をピョコッと下げてお願いする。

「リカヤ姉ちゃん、これじぇルキの鎧、作って欲しいでしゅ」


 ミリアが袋から革鎧を取り出し、リカヤの前に積み上げた。それを見たリカヤとネリは目を大きく開けて驚いている。


「傷が付いてるにゃ。迷宮の魔物が着ていたものね。何故、ミリアが持っているの?」

 ネリが尋ねた。魔物の持ち物は、普通、ミリアたちを雇った探索者のものになり武器屋や防具屋に売り払われる。荷物運びが持って帰れるものではない。


「ミコト様が荷物になるから捨てて行くとおっしゃるから、貰って来たでしゅ」

「にゃんちゅう贅沢にゃ奴や。これはまだまだ使えるものだぞ」


 リカヤが憤慨している。確かに使えるものだが、歩兵蟻の外殻などを捨てて来ているので、ミコト様には申し訳ない気がしていた。


「ミコト様の判断に間違いはにゃいでしゅ。本当は魔物の素材を持って帰った方が良かったのかも……」

 ミリアはちょっと落ち込んだ。リカヤはそんな彼女を見て、励ますように言う。


「まあ、持って帰って来たのにゃら活用しなきゃね」

「うん、あたしとルキの鎧を仕立ててくれたら、後の残りはリカヤたちにあげる」

 リカヤとネリがガバっとミリアに抱きついた。


「ありがと、ミリア」「感謝でしゅ」

 その日は、四人の革鎧をどうするか話し合い、革鎧に付いていた汚れを落とし修理している内に日が暮れてしまった。



   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 翌日、ミリアとルキが、宿泊している『ラッキーお宝亭』へ来た。この宿で待ち合わせの約束をしていたのだ。

「おはようございましゅ」「おはよでしゅ」

「おはよう、すぐ支度するから待っててね」


 一緒に迷宮都市の南門を出て雑木林を目指す。行くのは俺だけ。薫と伊丹さんは、ギルドの資料室で宝箱を見つけやすい階層を調べに行くらしい。


 俺も行こうと思っていたが、二人に任せる事にした。二人共ミトア語が不自由なく話せるようになったし町中なら安全だろう。

 雑木林の中に入り、空き地まで辿り着いた。ここでミリアとルキの修業を始める。


 準備運動のストレッチを行う。足の筋肉から始め、腰、背中、胸、肩、腕、首と各筋肉を伸ばし筋肉に程よい刺激を与え、血の巡りも良くする。ルキは楽しそうに踊っているようだ。


「ほんにょ……はんにゃ……ふふぃ」

 ルキの口から変な気合が漏れていたが……まあいい。その後、調息の練習を行ってから、ミリアに最近使ってないドリルスピア、ルキに木の棒を渡す。突きと払いの素振りを行わせる。


「突く時には、敵に当たる瞬間手首をクイッと捻る……そうだ……ルキもいいか……クイッだぞ」

「ええっちょ……突いて……クイッ」


 素振りを終えてから、少し休憩を取る。ここからが躯豪術の本格的な修業である。魔力を感じられるようになった二人に、その制御を教える。はっきり言おう。これほど苦労した経験は初めてだ。


「ええっと、違うんだ。身体の中に温かいものが有るのは分かるだろ。……そう、ポンポンに熱いのが有るよね。それを……ええっと、そうだ。それはルキのほっぺみたいに柔らかくて、引っ張るとびょ~んと伸びるんだ。それをずーっと伸ばして足まで持ってくるんだ。えっ……手で引っ張るんじゃなくて、頭の中で身体の中に手が有ると想像して、その想像の手で引っ張るんだ」


 疲れました。ルキが魔力を制御出来るようになったのは、午後も遅くなった頃だった。


 その後、スライム狩りをミリアにさせた。ミリアは魔力制御を早めに習得した。習得と言っても初歩が出来るようになった程度だ。それでもスライムを払う一撃は、普段の何倍もの力が宿る。


 そして、修業の最後に、跳兎を狩る。

「いいか、跳兎は自分の縄張りに入った敵が、弱そうなら襲って来る。ミリアには襲って来るだろう。そこを躯豪術を使って頭を叩き潰せ」


 俺は<魔力感知>を使って跳兎が潜んでいる場所へミリアを誘導し戦わせた。草叢くさむらから跳兎が出て来た。値踏みするようにミリアを見てから、俺に向かって突進して来た。


 いつも思うんだけど、俺と兎の相性って悪いのかな、何でミリアに向かわずに俺に向かって来るんだよ。向かって来る跳兎にヤクザキックを叩き込む。兎は二メートルほど吹き飛んだ。


「ミリア、容赦なくって」

「了解でしゅ」

 ミリアのドリルスピアが跳兎を叩く。


「ハッ!」「ちょにゃ!」

「ティ!」「ふにゃ!」

 いつの間にか、ルキが参加していた。地面にぐったりしている跳兎を木の棒で殴っている。ルキは楽しそうだ。楽しそうなんだが……。


 俺は大きな溜息を吐いてから二人を止めた。

「止めろ! 次は剥ぎ取りだ」


 俺はミリアに用意していたナイフを渡す。ルキが物欲しそうに俺を見ているので、小刀をルキにあげた。小刀甲虫から剥ぎ取った角を小刀風に加工したものだ。


 普通のナイフより切れ味はいいのだが、小さ過ぎて扱いづらい。ルキには丁度いいだろう。成仏した跳兎を教材にして血抜きや魔晶管の剥ぎ取り、毛皮の剥ぎ方を教えた。


 もう一匹くらい戦わせるか。……ん、兎だから一羽が正しいのか。でも魔物だし一匹でいいか。

 ミリアには、もう一匹と戦って貰った。今度はルキが加勢しないように捕まえておく。手を離すと跳兎に跳び掛かって行きそうなので苦労する。


「ちょこ~、ボコでしゅ」

「避けちぇ~」

「ちょじょめぇ~」


 非常にルキの応援が五月蝿かったが、跳兎を仕留めた。こうしてミリアとルキの一日修業は完了した。明日からは迷宮で実戦させながら鍛えよう。



   ◆◆◇--◆◆◇--◆◆◇


 ミリアとルキが武器らしいものと袋を担いで帰って来た。部屋では、リカヤとネリが待っていた。

「お帰り、今日は迷宮じゃにゃかったんだろ。遅かったね」

「ただいま、南の雑木林で修業していたでしゅ」


「ウサギ、バンバンて叩いて、楽しかったの」

 相変わらずルキの言葉は意味不明なのが多い。リカヤとネリが首を傾げている。


「ウサギをどうかしたの?」

「修業の最後に跳兎と戦ったんでしゅ。ルキが興奮してミコト様が困ってたの」

 ミリアはお土産だと言って、兎肉の腿肉と野菜何種類か、それにパンをリカヤに渡した。野菜とパンは跳兎の毛皮と肉を売って、その代金で購入して来たものだ。


「ミリア、最近凄いじゃにゃいか。……それに較べ私たちは……」

 リカヤとネリが肩を落とす。本来なら魔物を狩って稼ぐのがハンターなのだが、二人にはそれが出来ない理由が有った。


 まず、装備が貧弱過ぎる。赤蔓アーマーに半分刃が潰れたショートソードでは、跳兎を狩るのにも苦労する。次に圧倒的な知識と経験の不足である。指導者もいないまま自己流でハンターをやっている二人には、魔物を探す技術、獲物を倒す技術、危険を回避する術のどれも所有していない。


 加えて狩場に関する知識もない。ハンター見習いが比較的安全に活動可能な場所は限られている。南門近くの雑木林、北門から『勇者の迷宮』へ向かう途中の草原、そして、ココス街道沿いの樹海外縁部である。


 危険度は雑木林、草原、樹海外縁部の順で高くなる。そして、危険度に比例するように稼げるチャンスも増える。


 リカヤとネリの実力では雑木林か草原が精々で、ゴブリンの集団が居るような樹海外縁部は手が出せない。雑木林で狩りの対象となる魔物は、跳兎・化けきのこ闇夜蟹やみよかになどのポーン級下位の魔物で倒しても銅貨五、六枚にしかならない。


 そして、草原には、陰狼かげおおかみ・槍トカゲ・鎌爪鼬かまつめいたち・双剣鹿などポーン級中位から上位までの魔物が棲息しており、倒せば銅貨十数枚以上の稼ぎになる。


 リカヤとネリなどの見習いレベルだと、跳兎や槍トカゲなどが狙い目となるのだが、二人にとっては強敵なのだ。それなのにハンターでもないミリアが、跳兎を狩って来たと言う。


「武器はどうしたの?」

「ミコト様に槍を借りました。これから毎朝練習しましゅ」

「ルキもぉ~……突いて、クイッ」

 ルキが槍で突きを放つ真似をする。


「ねぇ、ネリ。私たちも練習した方がいいかにゃ」

 ネリはミリアをチラリと見てから、大きく頷いた。


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