第18話 魔力変現

 金は有るのに、またもボロ宿に泊ってしまった。貧乏性というのは一生治らないのだろうか。

 翌朝起きたら身体のあちこちが悲鳴を上げていた。特に右足、腰、右腕が痛い。俺は筋肉痛を堪え朝練を始める。


 今日の朝練から、魔力を利用した一撃を放つ訓練を始めた。魔力の制御と身体運用を同時に行う苦行は、凄まじい集中力が必要で数分が限度だ。


 昨日、あの一撃を放てたのは命の危機であるという火事場の馬鹿力的な集中力が可能にしたようだ。

「ふうっ、運動したら筋肉痛が少し楽になった」


 中央広場の屋台で雑穀雑炊を買って食べる。薄味だが穀物の旨味を感じ美味しい。朝食後、魔導寺院へ向かう。神紋の扉を試しに行くのだ。カルバートたちと一緒に行った時には、『魔力袋の神紋』しか反応がなかったが、今回はどうだろう。


 広場の中央には花壇が有り、この時期に咲く黄色の花が咲いている。その横を通ると甘い匂いが漂って来た。

 朝早くから猫人族がほうきで掃除している姿や何かよく分からないペットを散歩させている住民たちの様子が目に入る。広場を足早に抜け、反対側の通りに着く。

 荷車を引っ張る人、完全武装しハンターギルドの方へ歩く人などが見受けられた。


 石造りで頑丈だが、無骨な感じのする魔導寺院に入り、奥の部屋へと進む。最初に神紋の扉を試す。

 『魔力変現の神紋』『灯火術の神紋』『湧水術の神紋』『土砂導術の神紋』『疾風術の神紋』『魔力発移の神紋』六つの神紋が反応する。面白い事に『魔力袋の神紋』は反応しなくなっている。


「ドルジ親方が言っていた『魔力発移の神紋』は外すとして何を選ぶべきか」

 ファンタジー小説でいう初級属性魔法に相当する『灯火術の神紋』『湧水術の神紋』『土砂導術の神紋』『疾風術の神紋』は何だかしょぼい。


 だが、これらの神紋には一定の需要がある。『灯火術の神紋』は火を必要とする色々な場面で便利だし、夜の照明としては最適だ。『湧水術の神紋』はレベル2になると<洗浄>という応用魔法が使えるようになる。


 応用魔法というのは、持っている神紋に神紋術式を付加する事でより高度な魔法を発動させる技術だ。

 ……おっと、話が逸れた。<洗浄>は魔法の水を創り出し体を洗う魔法だ。女性ハンターに需要が多く、旅の途中で水浴びが出来ない場合などに使用する。


 『土砂導術の神紋』は大工・土木関係者、罠を使う猟師などに取得者が多い。『疾風術の神紋』は鍛冶屋がよく使うそうだ。


「第一候補としては『魔力変現の神紋』なんだが、何が出来るのか情報が不足しているんだよな」

 魔法関係の本でも探してみようか。魔導師ギルドの職員に尋ねた。相手は、初めて魔導寺院を訪ねた時に説明をしてくれたオッさんである。


「この寺院にも閲覧室があります。但し有料で、一冊銀貨一枚になります」

 本一冊読むだけで銀貨一枚だと……ボッタクリだ。何故そんなに高いのか尋ねると、書籍自体の値段が高い上に魔導師ギルド発行の書籍には、ギルド内で開発した付加神紋術式が記載されているからだと言う。


 付加神紋術式は応用魔法を使うのに必要なもので、数多くの魔法研究者が百数十年の長きに渡り研究した成果を纏めた貴重なもの。

「クッ……『魔力変現の神紋』について書かれている本を貸してくれ」


 閲覧室に行き『魔力変現教書』という本を借りて読む。大学ノートほどの薄い本だったが、内容は興味深かった。本からの知識により『魔力変現の神紋』の概要を知る。


 この神紋だけで使用可能な基本魔法は<変現域>、強い意志に感応する特殊空間を創出し、そこに体内の魔粒子を注入してからイメージした魔系元素に変換するというもの。


 魔系元素というのは、現実に存在する物の特性や形状・色・存在感までを忠実に再現した魔粒子の塊である。魔法の火とか、魔法の水が最もポピュラーである。


 但し、どんなに同じように見えたとしても魔系元素は魔粒子の塊である。魔法の効力が切れれば元の魔粒子に還元される。例えば喉が渇いたので、魔法の水を創り飲んだとしても喉の渇きは収まらない。


 そういう場合は、空気中から水分を抽出する魔法により水を作り出すのが一般的だ。但し、この方法は湿気の多い場所でしか上手くいかない。


 『灯火術の神紋』や『湧水術の神紋』も『魔力変現の神紋』と同じ原理で火や水を創り出すが、創り出すものを火や水に限定する事で使い易くなっている。


 『魔力変現の神紋』については、汎用性は高いが習得が難しいらしい。

 特に『魔力変現の神紋』が敬遠されているのは、強い意志で再現するもののイメージを確定させるのが難しいからだ。変現域と呼ばれる特殊空間内で魔粒子が魔力により魔系元素へと変換されるのだが、確固たるイメージが無ければ魔系元素は創り出せない。


 但し、魔力変現のレベルが2になると変わってくる。付加神紋術式が使えるようになるので、イメージを補助するような付加神紋術式を使って容易に魔系元素を創り出せるようになる。


 教書には、いくつかの付加神紋術式が書かれていた。<発火><湧水><明かり><拭き布><矢>の五つである。この世界の夜は足元も見えないほど真っ暗になるので<明かり>などの魔法は便利そうだ。


 ただ、ほとんどの神紋取得者は、レベル1で挫折する。レベル2になる条件が、一種でも難しいのに、五種の魔系元素を創り出す事だからだ。


「やはり『魔力変現の神紋』にしよう。こいつが一番応用範囲が広そうだ」

 気付くと四時間近く読んでいたようだ。本に書かれている神紋術式を書き写そうと考えたが、筆記用具を何一つ持ってないのに気付き諦めた。


 モテウスのオッさんに『魔力変現の神紋』がいくらか訊くと金貨三枚だという。他の第一階梯神紋は金貨一枚から二枚なのだが、『魔力変現の神紋』は希少な根源魔導であり、その神紋付与陣を作れる人も少ないので高いのだという。


 同じ根源魔導である『魔力袋の神紋』が安いのは何故かと尋ねると、ハンターギルドと魔導師ギルドの協定について教えてくれた。


 金を払い『魔力変現の神紋』を授かる為に神紋の間に入る。蝋燭の火を頼りに壁に描かれている神紋付与陣まで行く。複雑な幾何学模様と隙間に描かれている神意文字が複雑に絡み合っている。


 ジッと見詰めていると、前回と同じように身体が金縛りにあう。そして、神紋付与陣が光り、中に書かれている神意文字が眼の中に飛び込む。俺の頭の中に『魔力変現の神紋』が刻まれ、<変現域>の魔法を使えるようになったのを感じた。


 不思議な感覚だった。自分の意識の中に魔法の引き金が存在する。だが、その引き金はかなり重いものだ。ちょっと意識しただけでは発動せず、強固な意志を必要とする。


 扉が開かれるのを待っている間に、もう一つ気付いた事がある。俺の神紋記憶域には、まだ余裕があるという感触である。具体的ではないのだが、『魔力袋の神紋』と『魔力変現の神紋』の二つが神紋記憶域に刻み込まれても半分も使用されていないと感じるのだ。


 但し、他の神紋の容量が同じであると仮定するならばだ。それぞれの神紋の容量は異なり、次に選んだ神紋の容量が『魔力袋の神紋』の三倍だとすると次の神紋が最後になるかもしれない。

「これで俺も魔法使いか……うう……興奮してきた」


 神紋の間を出た後、中央広場のベンチに座り込み『魔力変現の神紋』について調べる。まずは試してみようと魔法の火を選ぶ。バレーボールほどの特殊空間を設定し<変現域>を発動する。


 魔力が消費されたと感じるのと同時に、全身の魔導細胞から魔粒子が吸い出され特殊空間に流れ込むのを感じた。火のイメージを確定し『魔力変現の神紋』が魔導波を放出し特殊空間内の魔粒子に変化を促す。


 俺の目の前に奇妙なものが浮かんだ。例えるなら、炎の形をした電球―――揺らめくこと無くカチッと固まった炎が光っている。熱くもない。


 し、失敗? 明らかに火じゃない。魔力の供給をカットすると【炎の電球】の存在感が薄れ、しばらくすると消える。原因は何だ。何が拙かった。今行った魔法の手順を思い返す。


 魔力の供給―――魔粒子充填―――イメージ確定? ……これか、イメージが正確ではなかったからか。

 俺は火を蝋燭の火としてイメージしたが、それは実物ではなく写真に撮った画像としてイメージしてしまった。


「もう一度、試してみよう」

 今回は、熱を放射する揺らめく炎をイメージして<変現域>を発動する。

 ……出来た。熱を放射しながら揺らめく炎。成功だ……見た目は火に見える。俺は落ちていた枯れ枝を拾い、魔法の火に差し込む。


 枯れ枝から煙が上がり黒ずみ始める。だが、引き抜いてみると火が付いていない。炭化はしているが、燃えていない。……何故だ?

「まだ、イメージに問題があるのか」


 以前にネットで調べた火炎について思い出す。小学生の後輩から『炎』とは何かと質問され調べた事がある。火とは物質が急激に酸化する燃焼に伴って発生する現象だ。


 熱せられた物質から可燃性ガスや炭素が放出され、周りの酸素と化学反応を起こし高温の熱を発生する。熱で可燃性ガスの中の炭素がプラズマ化し光を発して炎となる。


 うろ覚えだが、そんな内容だったと思う。火が発生するには、可燃物と酸素、それらの混合物の引火点を越える熱が必要だ。イメージするのは構造の簡単なメタンガスと酸素と熱……これをイメージし、<変現域>を。


 ……待て、ちょっと待て。これって爆発するんじゃないか。典型的なガス爆発じゃないか。

「危ねえー!」


 額に脂汗が滲む。もう少しで大怪我する所だ。イメージ修正、魔粒子を貯蔵する缶と魔粒子をメタンガスに変化させるガスバーナーのようなもの、アウトドア用の小型ガスバーナーをイメージし、その先端には高温の魔粒子を漂わせる。魔法の引き金を引く。


「うわっ!」

 高さ二メートルほどの火柱が発生する。俺が驚いている間に、一瞬で魔粒子が尽き、火柱は消滅する。

 メタンガスへの変換スピードが速過ぎたようだ。


 ざわめきが聞こえて来る。広場に居た人々が、俺を見ながら騒いでいる。

「ま、まずい」

 騒ぎが大きくならないうちに広場を抜け出し、南の草原へ向かう。


 三回魔法を使ったので、魔力は減少しているはずだ。魔力は魔粒子が発する魔導波と生命波動が融合したもの。『魔力袋の神紋』により魔力を作り出せるようになったが、無尽蔵に出せるものではない。魔力を発生させると魔粒子が消費される。


 また、<変現域>の魔法は魔粒子を直接消費するので、その消費量は多い。時間が経てば自然回復すると本には書かれていたが、どれほどの時間で回復するかは書かれていなかった。


 街の門から二キロほど離れた地点まで来た。魔法を試すのには十分だろう。

「よし、続きをやろう。メタンガスへの変換スピードを遅くなるように調整し、起動」

 目の前に火が出現する。高さ一〇センチほどの炎、三〇秒ほど燃え続け消える。今度こそ成功したようだ。


「次は、ガス爆弾の実験だ」

 特殊空間の位置設定は右手から一〇センチほどの位置がデフォルトのようだ。意識して位置を変えようとすると離れるほど魔力が必要だと分かる。


 限界は九〇センチほどで特殊空間と身体が透明な管で繋がっているような感覚がある。先ほどの一割程度の魔粒子を充填しメタンガス・酸素の混合気体に変換し熱を加える。


『パン!』

 乾いた音がしてガスの塊が爆発した。威力は爆竹ほど、音で敵を脅かすには有効かもしれない。

「魔粒子の量を多くすれば、爆発力を増加させられると思うけど、それをすると自爆になるしな」


 特殊空間で作成された魔系元素は、一定時間その形質を維持する。術者の力量にも因るが数十秒は大丈夫なはずだ。特殊空間を解除し魔系元素を放り出しても、その時間内なら消えない。ただ特殊空間を解除すると熱を加えるなど出来なくなる。


「時限装置か、何か仕掛けが必要だな」

 しばらく考えて構造をイメージする。全体は円柱の茶缶のような形で、素材を透明なアクリルのようなものにする。缶の中は二つの部分に区切られ、狭い方を起爆部、広い方をガス充填部とする。


 起爆部に薄いガラスで封印した少量のナトリウム金属と少量の水を入れ、特殊空間を解除してから缶を投げる。六メートルほど先に缶が落ち、中のガラスが割れナトリウム金属と水が反応。


 ナトリウム金属は水と反応すると高熱を発生させ炎を上げた。燃えているのは水素である。化学反応により生成した水素が燃えているのだ。


 もう一度試し成功したのを見届けてから、本番を開始する。同じ仕掛けのものを作成し最後に、メタンガスと酸素の混合気体を充填部に詰め込み、力一杯投げる。缶は二五メートル飛び地面に叩き付けられた。


『ドォン!』

 爆発音が響き渡り土煙が舞い上がる。次の瞬間、ゴウッという音がし爆風で身体が引き倒された。倒れた身体に大量の土砂が降り積もる。


 ……うわっ、やってもうた。深く反省する。少し慌てたせいで混合気体を詰め込み過ぎたのだ。起き上がり爆心地を確認する。直径二メートルの穴が空いていた。


 俺がイメージし創り出したメタンガス・酸素の破壊力は凄まじい。本来のガス爆発がどれほどの威力なのか知らない。だが、魔系元素として作り出された爆弾は想像以上の破壊力を示した。


 もしかしたら魔粒子に内在するエネルギーが爆発力に関与している可能性もある。この魔法爆弾を<缶爆>と名付ける。


 その後、魔力も残り少なくなったようなので、トボトボと街に戻り始めた。

 俺はすんなりと魔法を使いこなしているが、一般的には異常な事らしい。初心者はイメージの固定に苦労し、簡単な魔系元素を創り出すにも半年ほど修業するそうだ。


 何故、この世界の人々はイメージの固定に苦労するのか。俺が考えるに、情報量が少ないからだ。その点、日本人である俺は、学校教育、テレビ、溢れる書籍、ネット情報と過剰なほどの情報を頭に詰め込んでいる為、イメージを固定し易いのだろう。


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