案内人は異世界の樹海を彷徨う

月汰元

第1章 異世界漂着編

第1話 転移門と魔物

 その時、俺はひたすらハンバーガーを作り続けていた。中学を卒業しもう少しで高校生となる予定である。ハンバーガーショップの店長には、高校生だと偽って雇って貰った。正確には違うけど誤差の範囲だと思う。昼時を過ぎ客が少なくなり、オーダーが途切れた。


「鬼島君、トレイとゴミの回収をお願い」

 三〇代後半の店長が、俺に声を掛けた。俺は明るく返事をして客席の方へ向かう。


 この店は地元で一番大きなショッピングモールの中にあり、平日でも大勢の買い物客で賑わっている。ゴミ袋を持った俺が仕事をしていると、突然、照明が消えた。昼間なので真っ暗にはならなかったが、すべての電気器具も同時に動かなくなったので不安になった。


「あれっ……停電ですか?」

 俺が店長に尋ねると、店長が頷き周囲の状況を確かめる為に動かなくなった自動ドアをこじ開け店の外へ出て行った。


「ショッピングモール全体が暗いな。どうやら停電らしい」

 店長の声と同時に大気が震え始めた。店内に居たバイト仲間二人とお客の数名が不安そうに周りを見回す。俺は店の左奥の方へと歩いた。なんとなく震えの震源がその辺だと感じたからだ。


 そこには中年の男性客が一人居た。その男性客は不安そうにキョロキョロしてから、席を移そうとトレイを持って立ち上がった。


 その瞬間、何かが光り身体が吸い込まれるような感覚を覚えた。そして、貧血を起こしたかのように意識が途切れる。


 冷やりとする風を感じて目が覚めた。目を開けると暗い洞窟のような場所で倒れているのが分かった。

「どこだ此処、何が起こった?」


 洞窟の入口の方から薄明かりが見える。俺は明かりの方へと歩き、入り口を出て周囲を見回す。鬱蒼うっそうとした森が広がっていた。何が何だか分からなくなる。ちょっと前までショッピングモールに居たのに。


 突然、洞窟……森……何なんだ? それに何で、俺は下着姿なんだ。靴も無くなっている。ハンバーガーショップの制服が消え、トランクスとランニングシャツだけが残っていた。

 上を見上げると衝撃的な光景が目に入った。


「月が二つだって!」


 中天には見慣れた月よりも大きな月とそれより一回り小さな月が浮かんでいた。


「地球じゃない……馬鹿な」


 それから小一時間、何をしていたか覚えていない。あまりの衝撃的な事実が、頭のネジを吹き飛ばし、正気を失わせたらしい。


 やっと正気に戻った時、俺は恐怖した。そして、助けてくれるかもしれない存在、バイト仲間や店長を探す。洞窟の中には誰も居なかったので、周囲の森に足を踏み入れる。


 左側から右へ半円状に探す。地面は落ち葉が積もり、歩く度にガサッガサッと音がした。裸足で歩いても痛くはなかったが、偶に落ちていた枯れ枝などを踏むと痛みが走った。

 一〇分ほど探した時、人を発見した。大木の根っ子に人間の頭が見える。


 そろそろと近づき、用心深く顔を覗き込むとハンバーガーショップの客だと分かった。気を失う直前に近くに居た中年男性である。目を瞑りジッと動かない。気を失っているのだろうか?


「もしもし大丈夫ですか?」

 近寄って確かめ気付いた。この人は絶対に目を覚まさないと。

 男の首から血が流れ息絶えていた。しかも下半身は消失しており、上半身だけが残っているのだ。


「うげーっ」

 俺は気分が悪くなり、その場で吐いた。これは事故や殺人ではない。獣か何かに食われたんだと気付く。男の首に歯型が残っていたのだ。


 ガサッ、何かが落ち葉を踏む音がした。俺は一目散に洞窟に逃げ戻った。洞窟に駆け込むと一番奥まで行き身体を丸めて座り込んだ。


「神様、仏様、俺はもう一杯一杯です。勘弁して下さい」

 痺れるような恐怖に抑えこまれたまま何時間か震えていた。疲れた俺は、いつの間にか寝てしまった。


 目を覚ますと入り口から明るい光が洞窟内に差し込んでいる。見回すとかなり大きな洞窟だと分かる。奥の地面に何かが埋まっているのが目に入った。何か金属の板に幾重にも重なる円が描かれ、その隙間に奇妙な模様が描かれている。直径三メートルほどの金属板だ。


「魔法陣……」

 そんな言葉が自然に出てくるほどファンタジーな感じのものだった。目に付いたのは、それだけではない。右隅には人の遺体が有った。あの客のような生々しいものではない。


 白骨化した遺体に服が纏わり付いているような……そう、中学校の理科室に有った骸骨の模型に服を着せたような感じだ。


 服は粗末なシャツに革の鎧、厚手の生地で作られたズボン、腰には幅広のベルトを巻いていた。俺は服を回収しようと決心した。


 ごめんよ。化けて出ないでね。俺は祈りながら、シャツと革鎧、ズボンを回収した。

「ん……何を抱えているんだ」


 骸骨は何かを抱えていた。リュックというには粗末な背負い袋とナイフだ。回収した服を着るには勇気が必要だった。シャツの脇腹部分は裂け血の跡が付いていた。


 俺より身体の大きな人物だったようだ。ブカブカのズボンを履きベルトをして、シャツは着るのを止めた。その代り革鎧を着る。革鎧も脇腹部分が破損していたが、それほど血は付いていない。どれも嫌な臭がした。だが贅沢を言える状況ではない。


「酷い臭いだ、水場を見つけたら一番で洗濯してやる」


 靴は編み上げサンダルを回収して履いた。少し大きかったが紐で調節可能だった。日本人の目から見ると、どれも安っぽい粗雑なものだ。ナイフも刃渡り一五センチほどの安っぽいものでサビが浮いていた。


「さて問題は袋の中身だ」

 俺は紐で縛られた袋を開け中身を確認した。ステテコのような下着が二枚、白い手拭い二枚、元食料が入っていたと思われる布袋、中身はゴミと化している。

 そして、革製の水筒、塩の入った革袋、丈夫な紐一束、硬貨の入った巾着きんちゃく袋。それで全部だった。


 俺は落胆した。もっと凄いものが入っているんじゃないかと期待していたのだ。

「でも、ここに人間が居るのは確認できた」


 巾着には、銀貨三枚、銅貨十四枚、銅製の四角い塊九枚が入っていた。元食料だったゴミだけは捨てて、他は背負い袋に戻した。


「こいつ何者なんだろうか? ファンタジー小説に出てくるような冒険者とか言う奴なんだろうか」

 俺は友達から借りて読んだ小説の主人公を思い出した。勇者と魔族の戦いを描いた典型的なファンタジーだったが、皮鎧のデザインが主人公の挿絵に描かれていた防具と似ている。


「まさか、ここにも魔物とか居るのか? 冗談じゃない」

 武器となるようなものはナイフ一本。撃退できるはずがない。


 まあ、立派な剣を持っていたとしても無理だと思う。運動神経はいい方だと思うが、身長一六〇センチちょっとの小柄な俺では押し倒されて食われてしまう確率が高い。


「武器が欲しいな」

 下着姿で無くなった俺は、いつの間にかポジティブな精神を取り戻していた。そうなると喉の渇きや空腹感が気になり出した。腹が空いた。水が飲みたい。その欲求に負けて外に出る決心をした。


 洞窟を出て空を見ると黄色い太陽が洞窟の正面上空に見えた。正面が東という事か。いや、日本じゃないんだから東だとは限らない。

 でも東と仮定すると森の出口はどっちだ? どちらにしようかな神様の言う通り。占いによると北と出た。


 この結果に、後日感謝する。この選択は間違いだったが、そのお陰で凄いものを手に入れたからだ。


 北に歩き出した俺は、何かの大群が通った道らしきものを見つけた。雑草が薙ぎ倒され、地面を踏み固めた跡がある。これが獣道という奴だろうか、その道に沿って進む事にする。

 動物の通り道なら水があるかもと考えたのだ。二時間ほどで湧き水を発見した。


 大きな岩が点在している場所で、特に大きな岩の根本から水が湧き出していた。生水は危険だと分かっていたが、喉の渇きは限界に来ていた。


 少しだけ飲んでみる。美味い。俺はタップリと水を飲み、水筒にも水を入れた。血で汚れたシャツを洗ったが血の汚れはシミとなっており落ちなかった。

 ズボンも脱いで洗った。鎧は手拭いを使って綺麗にした。身体も手拭いを使って拭く。少しスッキリする。


 服が乾くまでの時間を利用し手製の槍を製作する。細長い木を探し、長さ一五〇センチほどで切る。小さなナイフだけで切る作業は根気のいるものだった。切り取ったら先端を削り尖らす。粗末な短槍だったが、無いよりはマシだ。


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