万事屋ヴィランの若主人
よすが 爽晴
1,一周回って非日常
ヒーローなんかに、なりたくなかった。
誰かのためになにかをするのが苦手で、人助けには向いていないと自分でも思う。
けど、だからと言って悪者役……ヴィランはもっとなりたくなかった。
だって、そうだろ。悪とかヴィランなんか、みんなやりたがらない役回りだ。もちろん俺だってその一人で、自分のためだけに生きるのは苦手だ。
人の前に立つのも、人のためになにかをするのも――自分勝手に生きるのも、俺には向いていない。
「ただいまー」
そんななにげない言葉に、返事はない。
それすらも慣れたもので、今日もいつもと変わらないごく普通のリビングへ――
「お、若がお帰りだ!」
「お帰りなさいませ、若!」
「今日はどんな悪事を働いてきて」
「学校行ってきただけだよ、なんでそうも悪い事ばっかりみんな考えているのさ」
うそついた、ごく普通なんて夢のまた夢だよ。
「そんな、毎日真面目に学校なんか行って」
「そうですよ、学校なんてサボるものです」
「中学生の教育上よくないだろ、そうやって言うのやめろ」
「自分でそれ言います?」
次から次へ飛んでくる父さんの部下からの言葉を交わしながら、行き場のない溜息をこぼす。それも、とびっきり大きいやつを。
「俺、宿題やるから」
「宿題なんてやらなくても」
「やるの!」
これだから家にいるこいつらがきらいなんだ、人の事を考えないで思うままに生きて……絵に描いたように、自分勝手で。
それもそのはず、こいつら全員俗に言うヴィランなのだから。
「本当に、なんで俺の家はヴィランだらけなんだよ」
「なんでって、楽しいじゃないですか」
「宿題が進まないからやだ」
ただでさえ、今日は苦手な英語が多いんだから。
テスト前でいつもより多めの宿題に肩を落としていると、俺の事を笑っていた一人が急に真面目な顔をして。
「此守区のヴィランであるラグナロクの若頭――ボスの息子がそんないい子ちゃんなんて、だめじゃないですか」
「……だから俺、ヴィランを継ぐ気ないから」
ヴィラン組織、ラグナロク。
信じたくない話だけど、俺の家はそのラグナロクの本部だ。そして俺は、そのラグナロクのトップであるボスの息子の黒宮太一。これだけは、変えようのない事実だ。
「また若、そんな事を」
「そうやって言いながら、継ぐんすよね」
「だか、継がない!」
だいたい、ヴィランなんてダサいよ、社会のためにならないし。
「それに、現実的じゃないしお給料低そう」
「そんなにリアリストじゃ、先が思いやられますぜ」
「事実でしょ」
お給料だって低いし、人に頼られる仕事じゃない。
学校で定期的にある将来の夢や進路確認に書けるものではないそれは、現代の子どもの間でもなりたい職業のワーストワンだ。
けど、例え俺が継がないとしてものっぴきならない言葉はさけようのない事実で。
「ボスの、息子ねぇ」
これから先、なにかある度にきっとついてくるだろう呪いのような肩書き。これが正直好きじゃなくて、俺は捨てるように言葉を口にする。
けれども全部いまさらな話、こういう運命だから仕方ないと割り切ると、父さんの部下の一人がそういえば、と俺に話しかけてくる。
「若、ボスが奥でお待ちでしたぜ」
「父さんが?」
めんどくさそうな声が出たなぁなんて、そんな他人事みたいに考える。
父さんが俺を待っている時は、だいたいろくな事がない。
重い足を引きずりながら向かった先は、家の奥にあるひときわ大きなドアの前で。ノックもせずにそれを開けると、椅子に座る影に俺はあからさまないやそうな顔を作る。
「父さん、用件ってなに」
まるで社長の部屋のようなそこにいる人……俺の父さんである黒宮浩一は俺に気づくと、険しい表情をしながらこちらを――
「なんだぁ、お帰り太一、帰っていたならおやつを用意したのに!」
「ヴィランのボスなんだからもう少し表情筋引き締めて」
もとい、ゆるっゆるの表情を俺に向けてきた。気分屋で暴君な泣く子も黙るラグナロクのボスなんて言われているようだけど、それはどこへやら。
元々俺から見ておじいちゃんである先代が作ったこのヴィラン組織は、おじいちゃんがヒーローとの戦いで命を落とした事を理由に父さんが継いだ経緯がある。
当時の父さんはヴィランである事を隠して結婚をしていたのもあり、この事がきっかけでバレて離婚。もめにもめた結果親権も放棄されまだ小さかった俺を育てながらの就任になったらしく、その反動なのか俺に対してはいつだってこんなデレデレ状態だ。いや、俺だけじゃなくラグナロク全員にこうかもしれない。
「気分屋で暴君ねぇ、世間の人が今の父さんを見たらどう思うのやら」
「なんか言ったか?」
「いや、なにも」
話はさくっと終わらせたいからね。
それよりなんなの、と話を無理やり変えると父さんは思い出したようにそうそう、と調子外れな鼻歌を歌っている。
「今日はな、太一に大切な話があるんだ」
「うん、なに」
鼻歌に似合わなく話は真面目なもののようで、思わずつばを飲み込みながら父さんの言葉を待っていると――
「父さん、ヴィランを辞めて店を始めようと思うんだ」
「なんてっ、はい?」
ちょっとよくわからなかったよ、なんだって?
頭の処理が追いつかない俺を置いて、父さんは楽しそうに話を続けてくる。
「ヴィランもやりがいはあったが、こう、社会貢献活動ができないなと」
「いまさら?」
「ただ、ヴィランの跡取りであるお前には申し訳ないなと……けど父さん、もう決めたんだ」
「聞いてる? 俺元々ヴィランにはならないって言ったよな、ヒーローの電撃でもくらったわけ?」
だめだ、こうなった時の父さんは俺の話を聞いてくれない。
世間の持つ父さんへのイメージとはほど遠い、楽しげな顔はヴィランのボスとして、そして無邪気な子ども心を忘れない大人としてで――
「そうだな、例えば万事屋さん、いいだろ?」
「いや、なにもよくないからね!?」
黒宮太一、中学二年生。
これがすべての、俺の災難のはじまりだった。
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