幕間 走馬灯(ジェラール・ヴェルヌ)2

 しかしこの時の僕はまだ、課せられた運命の過酷さをよく理解していなかった。

 救済措置の内容を聞いた時、何だそんな当たり前のことでいいのかと、内心拍子抜けしたくらいだったのだから。

 人間の欲というものを、甘く見ていたと言うしかない。僕自身、その欲のせいで今、こんなことになってしまっているのというのに。


 招待初日は様子が分からずどうなることかと気を揉んだが、やはり予想通りゲームの存在など誰も気が付かず、それどころか子供達は楽しそうに遊び回っていて、モニターで微笑ましく眺めていたくらいだった。


 祈るように無事を見守っていた丸四日間。最終日まで何事もなく過ぎ、残り三時間――後はこのまま何事もなくジェイソンの審判は終わるものだろうと漠然と思い始めたところで、全ては覆された。


 やめろ! やめてくれ!


 目の前のモニターで悪夢の光景が繰り広げられていた。

 僕の家族が、殺し合っていく。

 それを僕は、ただ見ているしかないのだ。


 たった三時間の間に、息子が二人、孫が二人、殺された。殺した相手もまた、僕の息子と孫だ。

 無惨な遺体が順次、この牢獄へと送り込まれてくる。

 お前の罪だと、見せつけるように。


 最後の時のジェイソンの言葉が、脳裏に蘇った。


『君の子や孫が殺し合う様を、ここで無力に眺めることになるのか、君が彼らに殺されるのか、それとも君自身が子孫を皆殺しにするのか。それは関わる人間全ての選択次第で変わってくる。どれであっても最高の見世物だな』


『でも最後のゲームは、君が有利になるように設定しておいたよ。私としても、君の手で自分の血縁者を一人残らず殺し尽くす結末を楽しみにしているからね』


『弟を殺してまで欲しかった遺産だ。君ならできるだろう。喜べ、全員殺せば全て君のものだ。嬉しいだろう?』


 頼むから殺してくれと、遺体に囲まれて慟哭した。


 ゲームは始められてしまった。もはや救済措置は消失した。

 これから毎年、遺産相続人制定会という名のふるい落としが繰り広げられることになる。

 僕か、彼ら全員が死ぬまで。一体いつまでかかることになるのか。気が遠くなる。


 もう今すぐ僕を殺してくれと願っても、その機会は年に一度、五日間だけ。しかもマリオンの収監で招待がかなわなくなってしまった。

 僕は苦しみを抱えたまま、処刑台に続く通路の途中で進みも戻れもせず、この頭のおかしくなりそうな空間で無為な時間をやり過ごすしかなくなった。

 マリオンのように、肉体の活動を停止することもなく、当時とまったく同じ状態を完全に維持しながら。


 その間、数えきれないほど何度も自殺を試みたが、どうしても体が動かなくなる。どれほど苦しくとも、狂うこともできない。

 遺産のどれか……おそらく、『洗脳』辺りで、精神をそのような状態にされているのだろう。


 レオンの洗脳で眠らされ続けていた可哀想な孫のマリオン。あの子の処刑も、モニターの前で泣きながら見ていた。

 一体あと何人死ぬことになるのだろう。


 しかしこれで、再び機動城への招待が可能になる。

 僕の死か、家族全員の死か。

 二つの選択肢の内、後者などあり得ない。

 ベルトラン達には申し訳ないが、もはや誰かに殺してもらうしかない。いつになるかは分からないがやがてやってくるはずの死の運命を、心から待ち望んでいた。

 今度こそ、僕を殺してほしい。


 その願いに応えるかのように、僕にとっての死神が、あの処刑場で目覚めた。





 そしてあの惨劇から十五年。二度目の宴が始まった。


 一日目にして、また死体が一人送り付けられてきた。孫のレオンが。これからあと何人増えるのだろう。


 こんな地獄があるだろうか。

 たった一度、適当なスイッチを押してしまっただけなのに。

 あの日のささやかな出来心は、ここまでされなければならないほどの罪だったのだろうか……。

 悔いない日はない。自分の行動への後悔と、ジェイソンへの恨みと。

 僕はそんなにも悪いことをしたのだろうか?

 いや、違う。自己弁護の言い訳だ。分かってはいる。


 天涯孤独となるチェンジリングのジェイソンにとっては、エミールだけが唯一無二の家族だった。彼女の持つ家族を全て奪ったのだ。

 だから彼女は、同じことを僕に求めている。私から家族を全て奪われる苦しみを与えようとしているのだ。


 全てはジェイソンの計画のままに。

 とはいえ、僕が念動力に目覚めるとは、ジェイソンの予定にもなかっただろう。家族が殺し合う様を目の当たりにしたショックのためだった。どうやら僕には、魔法使いの血が少しは流れていたらしい。


 とはいえジェイソンが心血注いで作り上げた舞台を覆すほどの力は、残念ながらなかった。ただ咄嗟に、屋敷中の時計を遅らせることで、ベルトラン達の時間間隔を狂わせ、それ以上の殺戮が阻止できたのは幸いだった。


 無力な自分が唯一得た武器。

 異空間でただ見ている以外何もできなかった僕は、このささやかな魔法とモニター映像を使って、来たるべき日に備え屋敷の内部を調べることに努めた。いつか少しでも子供達の役に立つことができればと。オーディオルームの仕掛けを発見したのも、成果の一つだ。


 そうやって、再び来訪した彼らのために、できる限りの介入はあちこちでしてはみたものの、結局は大半が空回りだった。

 多少なりとも効果があったのは、オーディオルームで映像を見せて、ジュリアンから銃を取り上げさせたことくらいだろうか。コーキへの催促の意味もあったが。

 取り上げ損ねたジュリアンのナイフがクロードに当たるのを止められなかった時には、自分の無力さを嘆くしかなかったが、結果的に彼らをこの最終ゲームの場に呼び寄せることに繋がったのだから、何が幸いするか分からないものだ。


 あとは、誰かに殺してもらうだけだ。もうそろそろ、楽にしてほしい。


 ずっとそう願ってきたから、「僕が必ず、あなたを殺す」――そう予告したコーキに、思わず笑いながら泣いたのを思い出す。


 ああ、頼むから、殺してくれ。この地獄から、僕を解放してくれと。

 彼女の目に潜む怒りに、僕は希望を抱いた。


 全てを俯瞰で見ていた僕は、知っている。君の秘密も、目的も。十五年前からずっと、君達の全てをここから見続けてきたのだから。


 確信したのは、チェンジリング後ひと月ほど観察してからだろうか。

 最初にその可能性に思い至った時には、ただ信じられなかった。まさか、そんなことがあるはずがないと。

 しかし観察すればするほど、それ以外考えられなくなった。改めてその視点から見てみれば、彼女の行動や発言の裏に潜む真意が、手に取るように分かった気がした。


 だから、コーキのゲームの時には、なんて危ない橋を渡るのだとヒヤヒヤしながらも、それ以上に感心した。まさかあんな形で、自らの秘密を暴露するとは。最初から答えを知っていた僕だからこそ気付けたのだ。事実だけを語って、全員を騙し通した手腕には舌を巻いた。と同時に、哀れみも覚えた。

 あんな真似を可能とさせてしまうほどまでに、彼女の人生はどっぷりと嘘に浸かっていたのだろうと。


 ああ、そういえばオーディオルームでアルがあの映像を見たのは偶然だったが、あれでコーキの秘密に気が付いたのにはさすがに驚いた。僕のように、隠した顔や行動まで観察していたわけでもないのに。あの子は本当にコーキをよく見ていたのだなと、こちらにも感嘆した。

 あれから彼の中でも何かが変わったようだが、その結果が何をもたらすのかは、もうすぐ分かるだろう。


 僕が彼らの内の誰かに殺される結末はもう決まった未来だ。当の本人である僕がそれを一番強く望んでいるのだから。


 だから、手を汚させてしまうお詫びにせめて、できる限りの悪を演じてやりたい。みんなが助かるためには殺すしかなかった――そういう状況を演出しよう。

 コーキ辺りは完全犯罪か、最悪は正当防衛の形を狙っているようだ。お望み通り、とにかく誰に殺されるにしても、少しでも殺人の罪が軽くなるようにしておきたい。

 何より、後々まで自分で自分を責めることのないように。あいつは血の繋がった身内に殺されても仕方ないほどの悪人だったのだからと。


 ずっと振り返らないようにしてきたが、弟を死なせてしまった苦しさは、何十年経っても消えることはなかった。


 悪いものも不都合なものも、僕が全部背負って逝く。そんなことでは償いにはならないだろうけれど。

 あと少しで楽になれると思うと、気分が高揚した。そこそこの狂った悪人を演じられそうだ。


 そうそう、コーキ。僕を殺すのは君だと思っていたが、ダークホースがいたようだよ。

 僕は誰であろうと構わないのだけれど、君には嬉しくないのだろうね。


 ほら。君の死角で、決意を固めた目をしている。

 予定通りだ。ここまで追い詰めれば、間違いなくその決断をする。君と同様に、求めるものがあるのだから。

 申し訳ないと思うが、やっと終われる安堵の方が大きい。どうか、僕を殺した十字架など背負わずにすぐ忘れてくれ。


 銃口が僕に向く。これで終わりだ。


 そんな資格もないが、どうか、生き残った者達の、この先の幸福を祈らせてほ――――――――――。

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