一服

「客間を使うなんて、本当に久しぶりですよ。ちょっと整うまで時間がかかるので、その間お茶にでもしましょうか」


 そう提案され、一度案内だけされた客間から引き返す。

 すると、子供くらいのサイズの抱きかかえるには少し大きいテディベアが、廊下の向こうから歩いてきた。

 思わず目を奪われる。

 僕の部屋で最後に目にしたあのテディベアと、色も形もほとんど同じタイプのものだ。着ている服装までメイドさん。


「――――」


 ほんの数時間前、あんなに劇的なお別れをしたばかりなのに、また会ったねと、つい感慨深い気分になってしまった。こちらのクマは自力歩行している点で、決定的な違いはあるのだが。


 僕達の横を無反応ですり抜けて、客間へと入っていく。


「家事ロボットですよ。二十年以上前の旧式のものですが、掃除と部屋の準備くらいはしっかりこなせますから」


 無言で見つめる僕に、アルフォンス君が解説してくれた。


「せっかくのあの外見なのに、おしゃべりとかのふれあいはないんですか?」

「今はないですね」


 話しながらリビングダイニングへと向かう。


「今は?」


 聞き返しながらも、もしかしてこれが、僕の疑問の答えに通じているのだろうかと推測する。


 実はこの世界に来てから薄々、社会に対しての違和感をずっと感じていた。

 ざっと見てきた限りだが、ほとんどが無人か人力。


 高度な文明社会にあるべき、自立歩行型ロボや、キャラの立った可愛らしいロボの活躍がどこにもないのだ。


 メカメカしいデザインや、工場にあるような仕事をこなすのに必要なパーツのみの無味乾燥な作業用ロボットなら街でいくらでも見かけたが、生き物を模したようなときめくロボットはまったく見かけなかった。日本人の大好きな人型の二足歩行ロボなど、どこにも歩いていない。

 強いて挙げるなら、このぬいぐるみのクマタイプが初めてだった。


 その疑問に対するアルフォンス君の回答は、思ってもみないものだった。


「僕が子供の頃は、人間みたいに人格や判断力があっておしゃべりもするロボットなんて普通にあったんですけどね。今はAIに厳しい制限がかかっていて、生き物――特に人間を模したロボットなんかも製造禁止にされてしまってるんですよ。もう十年以上になりますか」

「――」


 いったい何があったのだ。せっかく技術はあるのに、人型ロボが禁止されてしまうとは。

 ロボットマニアだった後輩の坂本君が聞いたら、なんという宝の持ち腐れだと大いに嘆くことだろう。医療用マニュピレーターですら毎回嬉々として操作していたというのに。以前手術直前に「裕司、行きま~す!」とうっかり呟いてしまった瞬間を目撃したことがある。きっといつもオペ前に脳内で行っていたルーチンだったのだろう。僕は聞こえなかったふりをしたが、看護師長の青木さんが目を剥いて睨んでいたのが記憶に残るところだ。

 おっと、今はその話は関係なかった。


「それはまたどうして?」


 理由を問う僕に、アルフォンス君は唐突な話題転換をする。


「海を隔てた隣に、アルテア帝国という超大国があったんです」

「はい。――え、あった?」

「今、アルテアは、トスカ機械共和国になっています」

「――はい?」


 なんということだろうか。

 ティータイムに入って詳しく聞いたところ、ロボットに乗っ取られて人間の国が消滅するというSF物おなじみの壮大な黄金展開が、割と近場で実現していたのだ。

 個人的には胸躍る話だが、実話なので感想を言葉に出すのは差し控えよう。


「あの時は世界中がひっくり返ったような騒ぎになりました。我が国でもとにかく波及を避けるために、電力供給が大幅制限されたり、家庭用ロボットでも指定のものは処分が義務付けられたり、とにかく大変だったんですよ」


 とにもかくにも同じ轍を踏まないため、世界中から疑似人格を持つようなプログラムは一斉排除される方向で各国一致したそうだ。

 そのせいで日常生活が、昔に比べて随分と不便になってしまったのだという。


「本当はあのテディベアも処分対象だったんですけどね。マリオンのお気に入りでしたから、面倒な手続きをして、内部の回路も大幅に改造して、なんとか認可を受けたんです。そのせいで疑似人格もフリーな会話機能もなくなってしまって、命令通りの単純作業しかできなくなりましたけどね。ああ、家の外に持ち出したら、認可取り消しで没収になるので、気を付けてください」

「分かりました」


 なんというか……こちらの世界でも、壮大なスペースオペラのごとき物語があったようだ。科学も高度になればいいというものではないということなのか。

 ロボのいる生活は、坂本君ほどではなくともそれなりに楽しみにしていたのだが、残念至極だ。


「コーキさんは、これから何かしたいこととかはないんですか?」


 とりあえず住まいが決まったことで、次の目標を問われ、少し考える。


「そうですねえ。まずは、アルグランジュ語を完璧に話せるようにしようと思います。今、翻訳機能で会話してますから」

「そういえば奇妙ですね。チェンジリングは最初から流暢に話せるものなんじゃないんですか?」

「ええ。担当の方にも、初めての事例だと言われました。まあ、聞き取りはほぼ問題ないので、話す方もすぐ身に付くと思います。それとこの国についても、しばらくはじっくりと学習するつもりです」


 和やかな会話の最中、割って入るように女性の声のアナウンスが響いた。


『宅配です』


 目の前に光学モニターが現れ、エントランス前に宅配車が止まっている映像を映し出す。運転席自体がない無人車のため、外から見るとほとんどコンテナだけの外観だ。

 そんな車から伸びたロボットアームが、我が家の宅配ボックスらしきものに荷物を入れて、再び空へと去っていった。


 僕のマンションでも、お風呂や洗濯機は声でお知らせしてくれたが、このスマートハウスは宅配までお知らせしてくれるのだ。警察官だと豪語するだけあるさすがのセキュリティ。これなら泥棒が近付いてきた時もきっと落ち着いた声で『窃盗犯です』と、出先にまで端末を通してお知らせしてくれるのだろう。コソ泥もストーカーもどんど来いというものだ。


「コーキさんにでした。チェンジリング局民生課からの支給品みたいですね」


 取りに行って戻って来たアルフォンス君が、リビングのテーブルに大きな段ボール(?)を乗せた。


「僕にですか?」


 ほんの数十分前に新居の連絡をしたばかりなのに、もうお届け物が来るとは。

 本当に役人の皆さんには頭が上がらない。


 開けてみると、差し当たってすぐ必要になる着替えや生活雑貨一式が入っていた。中身は大体、旅行時のトランクに入れる五日分くらいの内容だ。

 すぐに受領確認のメールが来たので、内容をよく読んでから返信する。


「まったく、実に至れり尽くせりです。その他の必要品は自分で買えるようにと、支度金まで振り込まれていますよ。税金でここまでされて、国にきちんと還元できるものか、心配になってきました」


 さすがに心苦しいまでの待遇だが、アルフォンス君は気楽に笑う。


「まあそこは規定通りのものですから、気にする必要はないと思いますけど。一口にチェンジリングといっても、能力も才能も様々ですからね。少なくとも課された義務を果たしていれば問題ないはずです」

「せめて平均程度の存在にはなりたいところですね。あとでどんな人物がいたか、調べてみることにします」


 僕の特に他意もない思いつきの発言に、アルフォンス君の顔からすっと表情が消えた。どこか苦々しい色が浮かぶ。


「会ったことはありませんが、俺達の義理の大叔母――祖父の弟の妻だった人は、チェンジリングでしたよ」


 それは、忌々しいものに対して吐き捨てるような口調だった。


「【チェンジリングの王】と言われた、ジェイソン・ヒギンズ。――怪物です」

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