チェンジリング

 チェンジリングとは何か?


 この世界で時折確認される、謎の自然現象だと説明された。


 異なる世界にある二つの肉体が、それぞれまったく同じタイミングでシンクロして死を迎えた瞬間に、互いの魂が入れ替わる現象と言われている。

 ヨーロッパに伝わるチェンジリングと違って、体はそのままで、中身だけが別人に変わるのだ。


 それこそ無数にある、あらゆる異世界から、様々な現地人の魂がやってくる。

 こちらの世界の目線で見れば、死亡直後の遺体に、別世界からの人間の精神が突然宿って生き返った――ということになる。


 国内だけでも十年に一~二人くらいは確認されるのだそうだ。

 アルグランジュの高い科学力をもってしても、いまだ理由や詳細はほとんど解明されていない神秘の現象なのだとか。

 もっと科学や魔法が発展すれば、いつかは解明されるかもしれないと言う。


 そういえばこの国は科学に比重が偏った社会だが、遠い異国には魔法が発達した魔法王国もあり、あのボーカロイド秘書のお茶入れ作法も、どうやらそちらからの流入らしい。最近の流行りなのだそうだ。やはり喜んであげるべきだった。


 そうそう。僕が即座にチェンジリングと断定された理由だが、脳の指紋的な波形のパターンがそれまでとは完全に別人だと識別されたからだ。


 普通は関係各所に手続きを取って、比較のために元の人物の個人データを入手する必要がある。

 が、僕の場合は囚人であったため、直近の詳細な生体データが手元にあったことで、その場での照合作業が可能となった。

 また後日、既定の検証作業を経た後で、正式な認定を受けることになるそうだ。


 他の大きな判定目安としては、遺体が自然に、まったくの無傷で蘇ることが挙げられる。死を迎えるほどに受けた肉体的損傷が、復活の際にまるでリセットされたかのように消え去っているという。

 僕の場合は、完全復活とともに、投与されたはずの毒物と生じたダメージが、体内からきれいさっぱりなくなっていた点が、それに該当するそうだ。


 一度確実に死んでから、傷一つなく生き返る。

 そのように見せかけたり、なりすますのは、確かに自力ではなかなかに演出しがたいパフォーマンスだ。

 実際にできるのは神だけだろう。――もちろん皮肉だ。


 ともかく僕のように、囚人として厳重に管理され、なおかつ衆人環視の状況下ではトリックなどまず不可能。

 正式認定前から、実質はすでにチェンジリングであることがほぼ認められてしまったというわけだ。


 それからチェンジリングの謎の一つに、言語の完全理解現象があるそうだ。

 通常なら、最初から母国語感覚でこちらの言葉を操れるはずなのだとか。


 固有名詞、組織名、職業、役職など、完全一致していなくても一番近いものが代用され、ほとんど元の言語感覚で会話が成立する。

 僕のような不完全な理解の仕方というのは、前例が確認できないと言われた。僕も好きでそうだったわけではないのだが。


 そしてチェンジリングとして最も重要な要素が、異能――特殊能力を得る、ということだ。ラノベでいうところの、いわゆる異世界人チートというやつだ。

 それは異常な脳の発達であったり、魔法のような超能力であったり様々で、途轍もなく有用な能力なのだという。


 最初から持っている者もいれば、後日開花する場合も少なくない。

 そのため、常に追跡調査はされる。ただ内容に大きな個人差がある分、あまり有用ではない異能である場合も多いのだとか。

 しかし仮に便利な異能ではなかったとしても、文化的な意義で重宝されるので、大きな問題はないという。心理的にプレッシャーがかからなくてありがたい。


 この国の科学の目覚ましい発展にも、異世界のアイディアや技術が、大きく寄与しているそうだ。

 魔法王国の源流も、数百年前に魔法使いの世界からやって来たチェンジリングによってもたらされた、能力開発法にあるのだとか。

 まさに科学と魔法が棲み分けられたまま発展した世界と言える。


 それだけにチェンジリングとは大事にもされ、同時に管理もされる存在ともなるのだ。


「確認したいのですが」


 一通りの説明を聞いてから、次の大きな疑問点を投げかける。


「【チェンジリング】――取り換え子、というからには、この体の元の持ち主の精神は、現在僕の前の体にいるということになるのでしょうか?」


 これは結構重要な問題だ。

 気が付いたら、いきなり還暦すぎの身寄りもない年寄りの体では、あまりにも気の毒というものではないか。

 まして向こうの世界には、こちらのようなチェンジリングに対するサポート体制などない。その概念すらも。


 一応資産だけはあるが、認知症扱いされかねない。「来栖さん、もともとちょっと変わってたけど、ついに本格的におかしくなったみたいよ」などと、ご近所に囁かれはしないだろうか。


 僕の懸念をよそに、課長は首を横に振る。


「それは、誰にも確かめようのないことです。膨大な聞き取り調査をした結果、「故郷で何らかの事件事故などで死んだと思ったら、こちらでやはり死んだ直後のはずの人間になっていた」――という証言からの推定ですから。こちらがそうなら、あちらでもそうなのではないかと……。ですが、行ったきりの片道切符のようなものです。実際には、確認のしようがありません」

「――そうですか……」


 どうやら、考えてもどうしようもないことのようだ。誰にもどうにもできない。

 僕にできるのはただ、の幸せを祈ることだけだ。


「僕は、信じがたい確率で、この体のチェンジリングとなったのですね」


 独り言のように感慨深く漏らす僕に、課長はそれもあっさりと否定する。


「いえ、そうでもありません。確かに非常に珍しい現象ではありますが、あらゆる世界で常に無数の人が死を迎えているわけですから、まったく同時に死亡するということ自体は、そう珍しいわけでもないと思いますよ」

「ああ――なるほど。確かにそうですね」


 僕は口先だけで同意した。

 内心では納得していないが。


 誰が何と言おうと、これは僕にとっては信じがたいほど神がかり的な奇跡なのだ。


 その体で遣り残したことをやれと、まさに天からの使命を下されたかと思えるほどに。

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