第9話.洋館の令嬢からの依頼⑤

「殺人遺伝子……」


 贄村囚にえむらしゅうが呟くように言った。


「ええ。さすがの贄村さんもご存知ではないと思いますが……」


「確かに。聞いたことありませんな」


 贄村は再度、ティーカップを口元へ運んだ。


「ご存知ないのも無理ありません。このことは公には発表されていないのですから」


「それが毒水家の隠し事でしょうか。できたら、その殺人遺伝子というのを詳しくお話し願いたい」


 贄村がティーカップをソーサーの上に置くと、陶器同士が触れ合う小さな音がした。


「はい……」


 毒水紗羽ぶすみずさわはゆっくりと話し始めた。


「実は、わたしの父は遺伝子工学の研究者でして、それは非常に勤勉で熱心な方でした。ただ他人と過ごすのが苦手な人で、仲間と研究というよりも、ひとり孤独に研究に没頭するのが好きな方でした」


「学者肌のお父様ですな」


「ええ。でも孤独な父ですが、心根は優しく、また正義感の強い方で、家では常に自分の研究をいつか防犯に役立てたい、犯罪の被害に苦しむ人を減らしたいと言っておりました」


「素晴らしいお父様ですね」


「ありがとうございます。わたしにとっても自慢の父です。そんな父が研究を続けていると、ついに実を結ぶような結果が出たのですが……」


「ほう、どのような?」


 贄村が僅かに前のめりになる。


「実は父が世界中の存命している大量殺人犯の遺伝子を調べたところ、ある傾向が見つかったそうで……。専門的なことはわたしも詳しくわかりませんが、犯罪者達のDNA配列を調べると、人の興奮を抑える神経伝達物質に関わる遺伝子が、ふつうの人に比べて極端に短いなどのいくつかの傾向があって、それが全員に当てはまっていたそうです」


「興味深い話ですな」


「それで父はこの事実を公表しようとしました。もし事前に犯罪を起こす人がわかれば、不幸な目に遭う人達を事前に救えるんじゃないかと……。だけどこれに関して、周りの人達は強く反対しました。この事実を公表すれば世間は大混乱に陥る、人間の選別に繋がると……」


 静かな室内には、窓の外で遊ぶ鳥達の可憐な囀りが、よく響いていた。


「なるほど。それでお父様は……」


「それでも父は一人で反対を押し切り、公表としようと周りと戦っておりました。そんな中、不幸にも父は交通事故で亡くなりまして……」


「それはお気の毒に……」


「だけど話はこれで終わりませんでした。父は遺伝性の病気はないか、わたし達、姉弟の遺伝子も調べていたのですが、生前の父が言うには、悲しいことに、弟がこの殺人遺伝子の条件に当てはまっていたらしいのです」


「なんと。そのような偶然が……」


「もし弟が無差別に殺人を犯すとなれば、世の中のどなたかが深い悲しみと苦しみを受けられることになるでしょう……。贄村さん、わたしは弟が人を殺める前に、何をすべきでしょうか? どのような選択をし、どのような行動を取ればよいのでしょうか?」


 紗羽は憂いを帯びた瞳で贄村を見つめていた。


 対して贄村は、相手を貫くような持って生まれた眼光を、彼女に送っていた。

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