第13話.切断の男(成星純真)①

 僕にとっては嬉しい出来事のはずだった。


 好意を寄せている同期の清水さんに、話を聞いて欲しいと終業後にカフェへ誘われたのだ。


 彼女と二人きりの時間が過ごせるなんて、心は綿毛のようにふわふわ浮かれていた。


 だけどカフェで聞いた話は、僕の期待に反して重いものだった。


「課長が仕事中にさりげなくボディタッチしてくるの」


 さらに彼女の元には、性的な内容のメールも送られてきているとのこと。


 彼女は僕に証拠のメールを見せた。


 髪を切ってたけど失恋したのか? はまだマシな方で、昼休みに君の手作りのお弁当食べたい、作って持ってきてとか。

 さらに休日のデートの誘い。


 課長は既婚者のはずだ。


 自分がメールを受け取ったように心が痛む。


 清水さんを助けてあげたい。


 彼女にいいところを見せたい気持ちが下心と言われればそうなのかもしれないけど、でもそのあと付き合えないとしても、この状況から助けてあげたい。


 でも僕に大したことはできない。


「人事や労基の相談窓口に話ししてみたらどうかな?」


 なんて、他者に任せるありきたりな回答。


 彼女はいまの仕事にやりがいを感じていて、人事等に相談して、万が一、社内中にバレてしまうような事は避けたいとのことだった。


「まだ我慢できないほどじゃないし。それに成星君が話聞いてくれたおかげで気持ちが楽になったし。後は自分でなんとかするよ。今日はごめんね。それじゃおやすみ」


 清水さんは笑顔で僕にそう言った。

 その夜は何も解決しないまま、彼女と別れた。


 実は、課長が清水さんを依怙贔屓しているんじゃないかという噂は聞いたことがある。


 そのせいで色目を使ってるんじゃないかって彼女が悪く言われ始めていることも。


 なんとかしなくちゃ。


 翌日、勤務中にタイミングを見計らって課長に声をかけた。


「あの、課長……」


「なに? 僕は忙しいんだけど?」


 課長はパソコンの画面に目を向けたまま、僕に視線を合わせようとしない。


「ちょっと、お話が……」


「えっ、なになに? 聞こえない」


 課長はキーボードの上で指を素早く動かしていた。

 僕は声の音量を上げる。


「あの、清水さんのことでお話があるんですが……」


「彼女がどうかしたのか?」


 清水さんの名前に反応して、課長は僕の方へ目を向けた。


 僕はそこまで言って、二の句が継げなくなった。


 躊躇してしまったのだ。


 彼女の職場に揉め事を起こしたくないという言葉が頭を過ぎった。


 課長が怪訝そうな表情で僕を見つめている。


「あの、課長は仕事ができるって、褒めてました……」


 最悪だ。

 目的を回避するためのごまかす言葉が思い浮かばず、咄嗟に出た言葉は言いたかった事と全く真逆のことだった。


「はあ? そんなつまらないこと言いにわざわざ僕の手を止めたのか?」


 課長はそう言いながらも、ニヤリと嬉しそうな顔を見せた。


 人面ナメクジが笑ったように感じた。

 不気味だった。


 でも僕のせいで清水さんが課長に好意を持っていると勘違いさせてしまったかもしれない。

 清水さんにとんでもなく申し訳ないことをしてしまった。

 僕のせいでセクハラがますます酷くなったら……。

 彼女の気持ちとは裏腹のことを勝手に代弁してしまった。


 僕は……、最低の人間だ。


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