第3話.神の女


 夢城真樹ゆめしろまきは学食に着くと、お気に入りのハンバーグ定食を選んだ。


 真樹には一緒に昼食を取るほど親しい友人もいないので、独りで空いているテーブルに座る。


 さっそく柔らかいハンバーグの中央を箸で裂いた。


 ハンバーグの中から立ち上る肉汁の香りに真樹は微笑む。


 しばらく肉の欠片を口に放り込み、気分良く食事を楽しんでいると、


「隣、ええ?」


 聞き覚えのない声に呼びかけられた。


 肉片を味わう至福の時間を遮られた真樹は不機嫌そうに声のする方を見る。


 そこにいたのは、ショートカットの髪を明るいオレンジ系の色に染め、パーマをあてた全く知らない女。


 その女はトレーを持って嬉しそうに微笑みながら立っている。


 真樹は周囲を見渡した。


 誰もいない。


 どうやら自分に声をかけているのは勘違いではないようだ。


 大体、周りに空いているテーブルがいくつもある。

 なぜここなんだと、気に食わない。


 それに、初対面であるのに敬語ではないし、随分と馴れ馴れしい女だ。


 真樹は、なに、この焼きそばみたいな頭をした関西弁の女?と不快な気分になった。


 だが、この手のタイプの人間は、下手に逆らうと余計なトラブルを抱え込みそうなので、


「どうぞ」


 と、無愛想に答えた。


「ありがと」


 そのパーマの女はにこやかに礼を言うと、真樹の隣にサバの味噌煮定食の乗ったトレーを置いて、着席した。


 変な女だと思いつつ、こいつはいないものとして扱おうと、真樹は再び箸を口に運ぶ。


 ほんのしばらくの間は、二人とも無言で食事をしていたが、真樹が味噌汁を口に含んだ時、


「なあ、アンタ悪魔やろ?」


 女がぽつりと言った。


 瞬間、真樹は口に含んだ味噌汁を間欠泉のように勢いよく噴き出す。


 隣の女はそんなことはお構いなしに、落ち着いた様子で鯖の身を箸でつまみ、言葉を続ける。


「なんかこの明導大学に巣食ってエセ終末論、広げようとしてるみたいやないの」


 真樹はしばらく噎せた後、


「誰、あなた?」


 ジトっとした目つきでパーマの女に尋ねた。


 女は口に入れた鯖の身を飲み込むと、


「アンタらと同じ終末に向けて準備してる者って言うたらわかるやろ。まあ、うちらはアンタらと違って、人間からは敬意をもって『神』って呼ばれてるけどな」


 そう答えた。


 それを聞いた真樹は、軽く舌打ちをした。


「ああ、感情任せの偽善者集団ね。人間もあなた達の口車に乗せられたせいで、理に則った考え方ができない人が増えて、世の中むちゃくちゃになっちゃったから可哀想だわ」


「なに言うとんねん。アンタらこそ、人間から情を奪うような真似しよって。他人の悲しみや喜びを共有する思いやりがあれば、人間みんな幸せになれんねん。終末後の新世界はそーいう人間だけの世界にする。アンタらエセ終末論に乗るような人間はいらん」


「何言ってんの。間違った終末論広めてるのそっちでしょう。あなた達の選んだ人で新世界を創ったら、人間は今の過ちの二の舞だわ」


 お互い、暫く目を合わせ睨み合う。


「まあ、ええわ」


 パーマの女は、食べかけの定食が乗ったトレーを持って立ち上がると、


「うちの名前は福地聖音ふくちきよね。アンタらのやってること決して許さんから。うちらもこの明導大学を拠点に活動させてもらう。そして必ずアンタらの息の根止めてやるし。覚えとき」


 不敵な笑みを浮かべてそう言い放ち、トレーを持って真樹のテーブルから去っていった。

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