第29話



俺はずっと前から、新奈のことが好きだった。



母さんに連れてきてもらった水族館がきっかけだった。


あれは小3の頃。


新奈はヒトデを触れるコーナーのところで、「触りたい」って言って、手を水槽の中に入れた。


俺は”よく触れるよな”って思って見ていた。


でもヒトデは少し遠い位置にいて、新奈は身を乗り出して捕まえようとした時、バランスを崩して、顔面から水槽に落ちた。


びっくりした俺は、必死に水槽から救い出そうとしたっけ。


本当に必死だった。


でも新奈は手にヒトデを持ったまま、



「えへへ、ヒトデ捕まえた」



って嬉しそうに笑った。



衝撃だった。


こんなにもびしょ濡れて、周りのみんなにも注目されていて。


なのに新奈はそんなこと気にも留めずに笑った。



今としては、黒歴史になってるみたいだったけど。


俺にはすごく輝いて見えた。



それまでは近所だから仲がいいってだけで。


別に意識するとか、そんなんじゃなかった。


遊んでいると楽しくて。


ただそれだけだった。



でもきっかけはすごく単純で、浅はかで。


なのに、この好きな気持ちは今でもずっと続いている。



水族館のことがきっかけで、新奈のことを女の子として意識するようになって。


周りの女子たちも、その頃には誰が好きとか嫌いとか、そんな話をすることが多くなって。


でも新奈は、あんまり恋愛に興味なさそうだった。


よく一緒にいる俺とからかわれた時だって、「そんなんじゃないから」って軽くあしらっていた。


だから俺は、新奈の近くにいれればそれだけでいいと思った。


新奈が恋愛に興味を示すまで。


それまで近くにいようって。



でも、いざ新奈が他の男と一緒にいるのを見ると、心がざわついた。


新奈が好きになる相手は俺じゃないかもしれない。


そう気がついて、今までにないくらい焦った。


こんなことは初めてだった。



俺がまたサッカーを始めなければ、こんなことになっていなかったんじゃないかとか。


クラスが離れなければとか。


色々考えた。



新奈は可愛いから。



たとえ新奈が恋愛に興味がないとしても、男が寄ってくることは今までもあったから。


でも今まではいつも一緒にいる俺を見て、抑止力になってたんだと思う。


だからそれでいいと思った。


やっぱりサッカーなんて断って、俺が隣にいるべきだった。



新奈は俺がサッカーをやめた理由を知らない。


言ったら絶対、俺から離れていくと思ったから。



だから言えなかった。


新奈に嫌われて、離れていくほうが怖かったから。



でも、自分の気持ちを言わないまま、新奈があいつと付き合うことになったら…。



俺は絶対、後悔する。



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