カフェデート。

第5話



職員室に日誌を出して、皆藤くんと一緒に学校を出る。


なんだか皆藤くんの隣を歩いているなんて不思議な気分だ。


ついさっきまではただのクラスメイトで、あんまり喋ったこともなかったのに。



「すげー楽しみなんだけど」



皆藤くんは満面の笑みを私に向けて、弾むように歩いている。


さっき「好きにならないで」と言った時の皆藤くんの表情がウソみたい。



「あのカフェ、そんなに行ってみたかったの?」


「…それもあるけど、デートなんて初めてだからさー」



皆藤くんのその発言は、さすがに聞き捨てならなかった。



「またまたー、なんの冗談?」


「え?」


「え?って、え?」



キョトンとしている皆藤くんに私の疑念は募るばかり。



「まさか本当にデートしたことないの?」


「だからそう言ってるじゃん」



いやいやいや、信じられない。


あんなに女子に大人気の皆藤くんが、本当にデートをしたことがないだなんて。



「分かった。そう言って女子を喜ばそうとしてるんだ。キミが初めてだよって特別感だして?さすが皆藤くんだなー」



本当に顔もよければ喋るのも上手で、これは惚れざるを得ないよなと客観的に分析する。



「あー、信じてないなー。本当なのに」



そう言って少しいじけている皆藤くんはちょっとだけかわいい。


まあ、そういう事にしといてあげよう。



校門を出たあたりで、皆藤くんはある提案を持ちかけてくる。



「せっかくのデートなんだし、苗字で呼ぶのやめない?」



あれ。


ただカフェに行くだけだと思ってたけど、皆藤くんはデートっぽいことをしようとしている?



「なんで?」


「なんでって、皆藤と井上って呼び合ってても、なんか雰囲気でないじゃん」


「…別に良くない?苗字で慣れてるし」



さすがに皆藤くんを名前呼びにするなんてハードルが高い。


でもそう思っているのは私だけで、これが男女の一般的な距離のつめ方なの?


恋愛経験ほぼ皆無の頭の中で考えたってどれが正解かなんて分からない。





「にいな」





苗字でいいって言ってるのに、不意に名前を呼ぶ皆藤くん。


私の目をまっすぐに見て名前を呼ぶ彼の瞳に、ドクンと心臓が波を打つ。



…って、違う違う!


これは不意を突かれてびっくりしたただけであって、決してキュンとしたわけじゃない!


急に名前を呼ばれて動揺しただけ。


でも動揺してしまったせいで、うまく言葉が出てこない。



「えっと…」


「なんか、照れるね」


「そ、そうだね」



…本当に皆藤くんは照れてるの?


そんな風にはとても見えない。



「俺のことも呼んでよ」


「…まあ、そのうちね?」



別に皆藤くんにとって名前を呼ぶことなんて、大したことないのかもしれないけど。


私は男子を名前で呼ぶなんてやっぱりちょっと恥ずかしい。



「なんでだよー、渉くんのことは名前で呼んでんのに」



そう言いながら悲しげな表情をする皆藤くん。


確かに、意識したことは無かったけど渉は名前呼びだ。


でも渉は物心つく前からそう呼んでたからなー。



「渉と比べられても」


「いいなー渉くんは。ねー、1回でいいから。呼んでみて?」



ううう…。


甘えた声に誘惑的な表情の皆藤くん。


さすがモテる男は違う。


女の子がNOとは言えない術を熟知している。


そもそもデートを断れなかった時点で、私の負けは決定している。



「…い、伊吹くん?」



私がなんとか名前を呼ぶと、皆藤くんはにっこり微笑みながら、


「なーに?」


と首を傾げた。



「なーにって、呼んでって言ったから呼んだだけだよ!」



照れ臭くなって、つい強めに言ってしまった。


やばい、こんな事で動揺しちゃったら、恋愛偏差値低いことがバレる。


それはさすがに恥ずかしすぎる。



「新奈って、可愛いね」



私のどこにそう思ったのか、はたまたカレカノ気分を味わっているだけなのか。


皆藤くんの言葉はどれも、全然信用がならなかった。


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