彼女は晴れがよく似合う

菜花

プロローグ 彼女は晴れが似合う

 北海道札幌市、4月上旬の今日は朝から晴れている。晴れなのは良いことなのだがベチャベチャとした中途半端な雪は土と混じって汚いうえに歩きづらくて厄介だ。おまけにキャリーバックなんかを持っている僕は3時間バスに揺られていた疲れとあいまって、一層足が重たくなっていた。

 やっとの思いで着いた家は古いようだが扉や外壁に所々装飾がなされた趣のある綺麗な家で3月に1度下見に来たときには雪野原だった庭はところどころ青々とした芝生が見え、溶けた雪の水に太陽の光が反射してきらきらと光っていた。

 そこはもうすでに春の匂いがした。


 ピンポーン...ピンポーン...


 とりあえず、鳴らしてみたが、人の気配はしない。仕方がないので事前に受け取った鍵を手に取り、鍵穴に差し込もうとするが...


「あれ...?」


 受け取った鍵はこれで合ってるはずなのだが、差さらない。というより鍵穴が明らかに違う。ということは家を間違えたのだろうか。いや、そんなはずはないのだが、とにもかくにも入れないのであればどうすることもできない。とりあえず、一旦ここを離れてどこか落ち着ける場所にでも行こうかと考えていると後ろから声が聞こえた。


「あの...」

「え?」

「大丈夫ですか?」


 振り返えってみると僕と同い年くらいの女性がこちらに向かってきていた。

 彼女はネギの飛び出したエコバックを抱え、僕の様子をしばらく伺うと、


「今日引っ越してきた...空木さんですよね?」


 と言った。

 突然、自分の名前を呼ばれ少し動揺したが、


「はい」


 と返事をする。すると彼女はニコリと笑い


「はじめまして。私はここの住人の天野陽菜です」


 と言葉を続けた。


「あっえっと、今日からここに越してきました。空木優雨です。よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 お互い、ペコペコと軽くお辞儀を交わす。


「えっと...どうかしたんですか?」

「あっえっと...事前にいただいた鍵が違うみたいで...」

 と手に持っていた鍵を彼女に見せる。

「あー、ここの鍵を変えたんです」

「え?」

「ちょうど先週、鍵が壊れてしまいまして」

「あ、そうだったんですか」

「事前にお伝えしとけばよかったんですけどね。ちょっと待っててください、今、開けますので」


 彼女は肩にかけたバックの小さなポケットから鍵を取り出し、鍵穴に差し込み回す。そして厚い扉を開け、僕を中へと誘った。


「ようこそ、シェアハウス『空』へ」


 彼女が明るく微笑む。

 新しい住人を迎える彼女の目は光のあたった水滴のようにキラキラと輝いているようで、

 僕はどこか温かな気持ちになり、ふと彼女は晴れが似合う人だと思った。

 

 

 

 

 

 

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