第19話 青島探検隊、事件解決!

 通路を道なりに進んだ先で大きくひらけた場所に出た。

 ワンフロアで形成された、円筒状の空間である。

 直径は三十メートル、高さが二十メートルほど。

 岩壁には円を成すようにして、十二体のデュラハン像が天井近くまで彫り込まれている。

 そのどれもが胸の前で手を組み合わせ、祈りを捧げるような恰好でたたずんでいた。

 首から下だけ見れば、荘厳な女神像となんら変わらない。

 そんなフロアの中央、太一から見て十数メートル先に、ピラミッドの石棺のようなものが一つ据えられていた。

 始祖が封印された石棺かと思われる。

 そして、その石棺を見下ろすように、後ろ姿で立ち尽くす者がいた。

 ピンクのジャージにワカメ髪――。

 寮長の藻江だ。


「YO! YO! YO! YO! そこの海のお化けみたいなワカメ髪さんYO!」


 太一はラップ調で声をかけた。

 絶対勝てる相手には決してひるまない。


「…………」


 すると藻江は無言ですーっとこちらに振り向いた。

 ワカメ髪で面相を覆い隠し、やや前傾姿勢で両腕をダラリと下げている。

 タクシー運転手が深夜に目撃する女の幽霊そっくりだ。


「おい寮長、あんたもしかして、石棺が開けられないんじゃないのか? そりゃそうだよな。すぐ吐血する病弱なあんたに、そんな重そうな石の蓋をどかせるわけねーもんな」


 石棺は閉じられたままである。

 その石蓋を動かさない限り、藻江が始祖の力を手に入れることは叶わない。

 シングルベッドサイズの石棺とはいえ、石蓋はかなりの重さがあるはずだ。

 女一人の力でどうにかなるようなものではないだろう。

 つまり、なにも慌てて駆けつける必要はなかった。

 すると――。


「ふんッ!」


 荒々しい鼻息とともに、藻江は裏拳を一発。

 背後の石棺の石蓋が、トタン屋根のように軽々と吹っ飛んだ。

 しばし宙を舞った石蓋は、ドスン! と、重量感たっぷりの音を立て地面に落下した。


「お、おいレイカ……すでに暗黒時代は幕開けしちまったんじゃないのか……」

「そ、そうかもしれないですわね……あの裏拳一発で長い冬の到来を感じますわ……」


 太一とレイカの周りにだけ、冷たい木枯らしがヒュウ~と吹き抜けた。

 絶望とか破滅とか終焉とか、そういうネガティブな単語しか頭に浮かばない。


「ちょっと二人とも! 身を寄せ合って震えてる場合じゃないわよ! 石棺の蓋がいま開けられたってことは、藻江先輩はまだ始祖の力を手に入れてないってことでしょ!」


 たしかに理奈の言うとおりだ。

 始祖の生き血を飲むことで、その者は完全無欠のデュラハンと化す。

 すなわち、藻江の裏拳のとんでもパワーは、別なところに起因するのだ。

 そのカラクリはわからないものの、勝算はまだ残されている。

 とはいえ、できることなら戦闘は避けたい。

 ゆえに太一は彼女の良心に働きかけることにした。


「おい寮長! なにも完全無欠のデュラハンにならなくたっていいじゃねーか! 人間とのハーフはあんただけじゃないんだ! それにあんたは入学初日、俺にこう言っただろ! 人間の血が通った者同士、仲良くやりましょう、ってな! だから考え直してくれよ!」


 太一は両手を差し伸べて藻江に歩み寄る。

 そして迫真の演技で涙を流したところ――。


「オラの気持ちのなにがわかるだ!」


 藻江の口から訛った怒声が発せられ、彼女の体から闘気のごとく旋風が巻き起こる。

 その暴風により、足下まで伸びたワカメ髪のいっさいが逆立った。

 それだけではない。

 まるで台風に飛ばされるカツラのようにして、ワカメ髪が上方へと舞い上げられていく。

 やがてそのヌメっとした不気味な物体は、偶然にも太一の目の前でバサリと落下した。

 よく見るとそれは本物の髪の毛ではない。

 磯の香りが漂う本物のワカメだ。

 風がふっとおさまり、緊張をはらんだ静寂に支配される中――。


 太一と理奈、レイカの三名は、対峙する者の正体をその目に捉えた。

 食堂の菊代おばさんである。

 アフロヘアにでっぷり体型、あれは間違いなく彼女本人だ。

 おまけにピンクのジャージがパンパンで、だらしのない下っ腹が丸出しとなっている。


「どうして! どうして菊代おばさんがこんなところにいるの!」

「どうして食堂のおばさんが寮長に擬態していたのでして!」


 理奈とレイカは叫んだ。

 混乱ともヒステリックともつかない叫び声だ。


「なんでおばさんが本物のワカメをかぶってたんだよ! なにも本物のワカメを頭にかぶらなくったっていいじゃねーか!」


 太一とて脳ミソの整理が追いつかない。

 順位付けとしては一番低いであろう、ワカメ髪の疑問を真っ先に口にしてしまった。

 青島探検隊、雁首そろえてパニック状態だ。

 そんな中――。

 菊代おばさんはポケットから包丁をすっと取り出した。

 そして彼女は、包丁の切っ先を石棺に向けて言い放つ。


「オラはどうしても純血になりたいんだべさ! だから始祖の生き血を飲んで純血になるんだべさ! オラはこのチャンスが来るのをずっと待っていたんだべさ!」


 西棟で料理番を務める菊代おばさんもまた、人間とのハーフである。

 そしてDH女学園の卒業生でもあるのだ。

 うら若き学生時代には、理奈や藻江と同じようにつらい経験をしたという。

 そのことは西棟の生徒なら誰もが知っている。

 しかし、彼女が中年になった今でも葛藤を抱き、純血への執念を燃やしていたなど、おそらくは誰もが想像すらしていなかった。

 つまるところ、真犯人がここに確定したというわけだ。


「つーことは、マダムを殺したのはおばさんだったのかよ!」

「そうだっぺ! 眉間にドライバーぶっ刺して殺してやっただ!」


 用務員じゃなくてもドライバーはそこそこ所持しているらしい。


「なんでマダムを狙った! そこをきっちり教えてもらおうか! 俺には答え合わせが必要なんだ!」

「ぼんず、おめえさ歓迎会のとき言ってたでねえか! 肖像画の裏に学園の見取り図が描いてあるって言ってたでねえか! だからオラはそれを頼りに始祖の封印場所を見つけようと思っただ! でも見取り図には封印場所のことまで描いてなかっただ! マダムに訊いても知らないの一点張りだべ! とんだ無駄足に終わっただっぺよ!」

「だからってマダムを殺すことはねーだろ!」

「バカ言うでねえ! 口封じしねえとオラがデュラハン刑務所行きだっぺ!」

「デュラハン刑務所なんてあったのかよ! いや、そんなことはどうでもいい! なんで本物のワカメを頭にかぶってた!」


 やはりこれがどうしても気になる。

 シダレ髪と双璧をなすワカメ髪だけに、太一にとっては大切な質問だ。


「変装しないとなにかと都合が悪いだっぺ! 幸いなこと、料理番のオラにはワカメという都合のいい変装道具があったべさ! さあ、答え合わせはもういいだっぺ! オラは雑種とおさらばして純血のデュラハンになるだべさ!」


 菊代おばさんは石棺に向き直り、手にした包丁をグワリと振り上げた。

 これはひじょうにまずい。

 ただでさえ世界最強のおばさんが、完全無欠のデュラハンになろうとしているのだ。

 暗黒時代の幕開けどころか地球が消滅しかねない。


「させるかよーーーーーーーーーーーーーーーッ!!」


 太一は猪突猛進。

 捨て身の覚悟で菊代おばさんに体当たりをぶちかます。

 太一とおばさんは重なり合うように地面に転がり、その拍子で包丁が宙高く弾き飛ばされた。

 一瞬の隙を突いたとはいえ、石棺には蓋がなく無防備のままとなっている。

 そこで姿も見せず沈黙する始祖は、たぶん封印からまだ目覚めてはいない。

 元祖完全無欠ではあっても、寝込みを襲われてはひとたまりもないだろう。

 ゆえに太一は隊員に向けて的確な指示を飛ばす。


「理奈、レイカ! おまえらは始祖の盾になれ! 俺はおばさんをなんとか食い止める!」

「わかったわ!」

「わかりましてよ!」


 二人は石棺に覆いかぶさり始祖の盾となる。

 ひとまず自陣は固めた。

 あとは敵の首をもぎ取ればいいだけだ。

 太一は寝技の態勢からおばさんの頭を股に挟み込み、両足で肩口を押さえ込む。

 そして、彼女の顎下を両手で思いっきり引っ張り上げた。

 言葉のとおり首をもぎ取る作戦である。


「イタタタタッ! なにするんだっぺ!」

「生首をズボっと引っこ抜いて、ボットントレイの穴に放り込んでやるんだ!」


 この学園は造りが古いので総じてボットントイレだ。

 しかもその穴がとても深い。

 汲み取りをしたことは一度もないだろう。


「そったらことしたらオラの生首がクソまみれになるでねえか!」

「クソババアには便所のクソがお似合いなんだよ!」


 次の瞬間――。


「もうオラは怒ったどおおおおおおおおおおおお!!」


 黒のアフロがゴールドに変わりそうなほどの怒鳴り声。

 それと同時におばさんは手足を大きく広げ、全身から消火栓のように闘気を噴出させた。

 その圧倒的なパワーを受け、太一は弾丸的な速さで後方へと吹っ飛ばされていく。

 さらには十数メートル先、巨大なデュラハン像の足元に背中から激突。

 岩盤で造形されたローブの裾に、クレーター状の破壊痕が爆鳴とともに広がった。

 数秒を置いたのち――。

 半殺しにされた太一はそこからズルズルと地面に滑り落ちた。


「太一ィーーーーーーーーーーーーーッ!!」

「太一さーーーーーーーーーーーーーん!!」


 理奈とレイカの悲痛な叫びが甲走る。

 だが太一にはその声も微かにしか届かない。

 おぼろげながら目に映るのは、三途の川の向こうで手招きをしている二人の姿だ。


「理奈ちゃん、レイカちゃん、悪いことは言わねえだ。ぼんずのようになりたくなかったらオラの邪魔さするんでねえ」


 菊代おばさんはそう警告し、石棺に向けて重い足音をゆっくりと踏み鳴らす。

 カウントダウンがはじまった。

 理奈とレイカに与えられた猶予は、わずか二十歩足らず。

 それがゼロまでカウントされたとき、二人はフニャフニャで腫れ上がったタコになる。

 太一がそうなっている。

 それでも理奈とレイカは逃げなかった。

 震えながらも石棺に覆いかぶさり、太一の命じたとおり始祖の盾となっていた。

 彼女たちはタコ殴りにされる覚悟で、世界の平和を守ろうとしている。

 太一とて這いつくばってでも敵と戦い、この地球に光ある未来をもたらしたかった。

 しかし、体が動かないのだ。

 立ち上がろうという強い意志はあっても、全身がフニャフニャで力が入らないのだ。

 そんな絶望的な状況の中、無情にもカウントダウンが進められていく。

 ズシリ、ズシリ、と一歩ずつ、菊代おばさんは石棺へと近づいていく。

 それがあと数歩でカウントゼロに達しようとしたところ――。


「闇より深き海の底……煉獄の潮流に眠りしワカメの王よ……今こそ我の紅血に汝の力を与えたまえ……ブラッドシーウィード 紅血のワカメ……」


 そんな詠唱がどんよりとフロアに木霊した。

 その中二病っぽい詠唱を口にしたのは――。

 寮長の藻江である。

 太一から見て右向かい、通路からこのフロアに少し足を踏み入れた場所。

 そこに生首を装着した彼女がたたずんでいる。

 ワカメ髪が不気味に揺れているし本人で間違いがない。

 瞬刻――。

 藻江の口から大量の血液がドロドロと吐き出された。

 その粘液を帯びた真っ赤な液体は、彼女の足元で血の海を形成し、そして――。

 何百という血柱ちばしらがそこから立ち上がる。

 それはまるでワカメの集合体のように揺らめく、おどろおどろしい血柱だ。


「さあ、あの者に絡みつきなさい……」


 藻江がすっと右手を前に向け、冷厳な声色で命令を下すのと同時。

 すべての血柱が、津波が崩れるように前方へとなだれ込んでいく。

 その先にいるのは、虚を突かれてカウントダンウンを停止した菊代おばさんだ。

 そこへ一点集中、血のワカメが荒れ狂ったように敵の体をとぐろ巻きとした。

 首から上だけを出した状態の菊代おばさんは、身動きひとつできない。


「も、藻江ちゃん! オラになにするだ! そこに始祖がいるんだべさ! 始祖の生き血を飲めば純血になれるんだっぺよ! 藻江ちゃんだって純血に憧れてたでねえか!」

「いくら純血を望んでいたとしても、踏み越えてはいけない一線というのがあるのじゃないかしら……。わたしはそこをわきまえているつもりよ……。ましてや神を、始祖を冒涜するなんて、わたしには絶対にできない……。そこがおばさんとのちがいね……」

「ならオラが神になるだ! オラが新世界の神になってみせるだ! 純血だらけのハッピーパラダイスさつくってみせるだ! それなら文句はないだっぺ!」

「おばさん……あなたはどうかしてるわ……。もうなにを言っても無駄なようね……」


 太一も藻江と同じ意見だ。

 新世界の神なんて言葉が出てきた日には、頭のネジがとことんぶっ飛んでいる。


「藻江ちゃん! 考え直すだ! このチャンスを逃したら一生負け犬の雑種だっぺよ!」

「おしゃべりはこれで終わりにしましょう……」


 藻江は悲し気につぶやくと、伸ばした手をぐっと握り締めた。

 その仕草に連動し、おばさんは血のワカメにグイグイ締め上げられていく。

 やがて彼女は泡を吹き、ぐったりとこうべを垂れて気を失った。


「藻江先輩! どうしてこんなところに!」

「そのかっこいい魔法はなんなのでして!」


 理奈とレイカは同じタイミングで質問を投げかけた。

 どちらもシメられる寸前のニワトリのような顔で驚いている。


「生首時計がやけにうるさいので、なにかと思って談話室を調べに行ったの……。するとワカメ髪をかぶった怪しい誰かさんが、ちょうど寮から出ていくのを目にしたわ……。だからわたし、そのあとをこっそりつけてきたの……。それとこの魔法は、わたしが血の滲むような努力で習得した必殺技よ……カハッ!」


 そして藻江は霧のように吐血し、足元に広がる血の海の中へ倒れ込んだ。

 白いネグリジェは真っ赤に染まり、めった刺しにされた死体のようになっている。

 理奈、レイカ、太一のそれぞれが、スローモーションで彼女の名前を叫ぶ中――。


「こ、この魔法は……一年間に一回しか使えない必殺技なの……。なぜなら、見てのとおり大量の血を失うからよ……。それだけに魔法の持続効果も極端に短いわ……。だ、だからあとは……みんなに任せたわ……ね……」


 殺人現場の死体マークの格好でカクッと頭が下がり、藻江はそこで力尽きた。

 それにともない、血のワカメは原型を失い、菊代おばさんの拘束もほどかれた。

 そしておばさんはゴテンと地面に転がり、


「だ、だっぺ……だっぺっぺ……」


 と、意識を取り戻しつつあった。

 勝利を確信してからの大ピンチ、バトルにおいてのお約束である。

 そして――。

 欠かすことのできないお約束が、たったひとつだけ残されている。


「俺がここで決めないでどうするよ! こんなところでくたばってられるかよ! DH女学園、一年B組、出席番号一番、青島太一とは俺のことだ! うおおおおおおおおおお!」


 太一は己の体に魂で鞭を打ち、大地に根を張る巨木のごとく立ち上がる。

 そして暴走トラックの勢いで駆け走り、おばさんの頭を両手でガッシリとロックした。

 両足を踏ん張り、ありったけの力を込めて引っ張り上げる。


 シュポン!


 コルクを抜くように軽快な音を立て、生首は物の見事に引っこ抜かれた。

 幸い、おばさんの意識は覚醒しておらず、寝ぼけたように白目をむいている。

 だが目を覚ますのは時間の問題、それまでに決着をつけなければならない。


「理奈! レイカ! 寮長のことは頼んだぞ!」

「太一はどうするの!」

「そんな危険な生首を持ってどうしようというのでして!」

「決まってるだろ! 完全勝利で有終の美を飾るんだよ!」


 太一は二人にこの場を任せると、生首を抱えて一目散に走り出す。

 本館、一階のボットントイレを目指して、疾風のごとく地下フロアを駆け抜けた。

 それからおよそ十分後。

 地獄の底からなんともおぞましい絶叫が響き渡り、


「これは武士の情けだ、ほらよ」


 太一はそこへトイレットペーパーをひとつ投げ入れた。

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