第2話 穏やかな日常~賑わう異世界カフェ~
程なくして、玲士朗達は目的地である『異世界カフェ』に辿り着いた。
普段はありきたりな会議室が、煤けた煉瓦柄の壁紙、木製掲示板に貼り付けられたガリ版印刷風のメニュー、淡いオレンジ色の明かりを放つランタン型照明によって装飾され、中世ヨーロッパ的なイメージの外観に変貌していた。
店内も外観と同じ煉瓦柄の壁紙で統一され、床は焦げ茶色の木板風フロアシートが敷き詰められている。太陽の光が入らないように窓には床色と同じ色のカーテンが閉め切られ、
店はそれなりに賑わっていて、広めの店内は混雑していた。繁忙の中でも、玲士朗達の入店をいち早く察知した女生徒が、きびきびとした動きで応対に出て来る。
「いらっしゃいませ……って玲士朗、アンタ何でここにいるのよ。呼び込みはどうしたの?」
幼馴染でクラスメイトの
詩音は、深紅の装束に白銀の甲冑が映える優美な衣装を身に纏い、腰には高雅な拵えの剣を
詰問の響きを含んだ問いかけに、玲士朗は開き直った。
「相方が職場放棄したためステージに立てなくなった。代わりのコンビを派遣してくれ」
「漫才じゃないんだから一人でも出来るでしょうが」
「まぁそうカタいこと言うなって勇者殿。店も盛況みたいだし、ちょっとくらい休んでもいいだろ。それに、柚希達も案内してきたぞ」
玲士朗の後ろに控えていた幼馴染三人の姿を認め、詩音は一転して相好を崩した。勇壮な出で立ちの詩音を目の当たりにして、柚希は声を弾ませる。
「お疲れさま、詩音! 何それすごく似合ってる! カッコいい!」
「でしょでしょ。もっと褒めていいわよ」
衣装を見せつけるように軽く一回りしてみせる詩音。その得意気な様子に、涼風は困った態で笑顔を引きつらせる。
「機嫌いいわね。そういえば詩音ってゲーム好きだったっけ」
「そーなのよ。昔からの憧れだったんだ、勇者になるの。コスプレって見るのは好きだったんだけど、やってみると想像以上にテンション上がる。ちょっと胸のあたりがキツイんだけど」
女勇者の装束は身体のラインが出やすい作りとなっていて、甲冑に覆い隠されていない胸部は、詩音の豊かな胸を強調していた。自分の発言に遅まきながら気恥ずかしさを感じ、詩音は胸部を隠すような仕草を見せながら、玲士郎に非難の眼差しを向ける。
「……ちょっと玲士朗、ジロジロ見ないでくれる?」
「見てないし、濡れ衣だぞ」
ここぞとばかりに、神妙な面持ちで颯磨が呟いた。
「……なるほど、詩音が恥ずかしい格好してるって言ってたのはそういうことかぁ。さすが玲ちゃん、目敏い」
「俺を陥れようとする奴がここにも……大いに誤解を招くような言い方はやめろ」
目は口ほどにものを言う。突き刺さる軽蔑の眼差しからくる居た堪れなさをやり過ごしながら、玲士朗は咳払いをした。
「オーケー詩音、発言を撤回するなら良し。さもなければあの日のあの事、ここでバラしちまうぞ」
「思い当たる節がありすぎて、どの日のどのことか見当つかないから、むしろ聞いてあげるわ」
「ダメだコイツ、予想以上にアナーキーな奴だった!」
慣れない脅迫がいとも簡単にいなされて、玲士朗は地団太を踏んだ。その様子を感慨もなく眺めていた颯磨は、やれやれと肩を竦めた。
「玲ちゃんは頭の中が平和主義だから、そういうのは才能ないよ」
褒めているのか
「ホント、勘違いは怖いよね詩音。ほら、この前みんなで行った箱根旅行、旅館の温泉で――」
「柚希、涼風。私の勘違いだった。玲士朗はノットギルティだった! すいませんでした! 席に案内するからもうこの話は終わりにしましょー!」
早口で捲し立て、脱兎のごとく店内へ逃げ戻る詩音を、颯磨は悪辣なしたり顔で眺めていた。
「ハハハ、ちょろ」
人の弱みに漬け込んでジワジワといたぶる加虐的な性格が滲み出る颯磨に、玲士朗は改めて恐ろしさを感じるばかりだった。
そして、玲士朗はじめ柚希と涼風も、皆一様に思いを巡らさずにはいられなかった。つい三週間ほど前、幼馴染九人で訪れた箱根で一体何があったのか、と。
詩音を先頭に、一行は店内の奥へと進んでいく。
手前には立食用のテーブル、奥にはカウンター席、その近くの壁際には『世界樹ユグドラシル』と名付けられた大きな樹の根のオブジェが張り出している。神秘的な雰囲気を演出するために、真っ黒な樹肌には青と白の電飾がまばらに配置され、淡い光を発していた。
異世界カフェの醍醐味であるファンタジーなキャラクター達の接客は好評のようで、そこかしこのテーブルで談笑と記念撮影が繰り広げられていた。衣装も専門業者の協力を取り付けたおかげでクオリティの高い造形に仕上がり、扮装するスタッフも演技に熱が入っている。
人々の間を縫うように進みながら、詩音が玲士朗を近くに呼び寄せた。
「呼び込みの件だけど、実は既に交代要員を送ってるの。どうせアンタ達じゃ二時間しか保たないと思ってね。だから正午までなら休んでいいわよ」
「お、流石仕事のできる女。カッコいいー」
玲士朗のお道化た態度に、詩音は表情を緩めた。
「調子のいい奴……早いとこ鷹介をとっ捕まえなさいよね」
店内の奥のスペースには、年季の入った黒檀風の六尺卓が数台並べられて、即席のカウンター席が設えられている。カウンターを挟んで談笑する男女に詩音が声を掛けると、玲士朗達の姿を認めて、小柄な女子生徒がパタパタと小動物のような動きでカウンターから駆け出てくる。
一見すると小学生かと見紛う童顔の少女は、明るめの髪をツインテールにしていて、白を基調としながらも
「みんな、来てくれてありがとう」
屈託ない笑顔で幼馴染達を出迎える
「見て見てみんな! どう、この史上稀に見る可愛さ!」
我が事のように興奮しながら自慢する詩音とは対照的に、一同は息を呑んでいた。
恥ずかし気に小さな身体をさらに縮こませる美兎は、照れ笑いをしながら、詩音と玲士朗達を交互に上目遣いで見る。
「しーちゃん、あんまりハードル上げないで……」
「何言ってるの。漏れなく全員、美兎のかわいい姿に心打たれて呆然としてるわ。自信持ちなさい。ほら見てこのベール。美兎専用仕様で垂れたウサ耳みたいに見えるの。めっちゃかわいいでしょ」
詩音が一同に向けて力強く力説するも、当の本人は顔を赤らめ、「うぅ……」と苦し気に小さく呻きながら、誰とも目を合わすまいと視線を下方に泳がせる。
静まり返った場の口火を切ったのは、驚愕に声が震える柚希だった。
「か、かわいすぎる……」
涼風も驚きを隠せないといった表情で「同感」とだけ呟いた。対して、颯磨は相変わらず気軽い様子で柔和な笑みを崩さない。
「似合ってる似合ってる。玲ちゃんと違ってやる気を感じられるよ」
「俺を引き合いに出すな。でも、そうだな……美兎、このとおり幼馴染達からもかなり受けがいいから、もっとアピールしていこう」
「なんか私、乗せられている気がする……」
「そんなことないぞ。昨日の準備段階でも学年中で大好評だったじゃないか。なぁ詩音」
「うん。お客さんからも絶賛の嵐よ。可愛さのあまり誘拐されないようにガードを固めないとね」
玲士郎と詩音の素直な褒め殺しに、引っ込み思案な自分を励ましてくれる嬉しさを感じつつも、やはりまだ気恥ずかしさが拭い切れない美兎は慌てて話を逸らす。
「そ、そういえば! 玲君、外でチラシ配りしてたんじゃなかったっけ?」
「あぁ、そのことだが事情があってな……とにかく、俺は悪くないんだ。悪いのはそう、全部鷹介だから」
サボり癖と放浪癖のある幼馴染の名前を聞いて、美兎は大方の事情を了解し、苦笑した。
「みんな、もう来てたんだね」
挨拶もそこそこに、玲士朗は悟志と颯磨を近くまで呼び寄せて、女子達に聞こえないようにコソコソと内緒話を始めた。
「突然ですが、悟志さんは大好きな美兎のかわいいシスター姿をどう褒めたんでしょうか?」
悟志は俄に頬を紅潮させて、静かに取り乱す。
「だ、大好きじゃないよ」
「え、違うの?」
「颯磨まで何言ってるんだよ!」
「悪い悪い、デリケートなことだった。で、どうなんだ?」
“美兎のことが好き”という部分について、もはや公然の秘密のように話が進められることに不満を感じながらも、悟志は訥々と答える。
「その……よく似合ってるねって」
期待外れの回答に玲士朗はがっくりと肩を落とした。
「なんだその恐ろしくありきたりな感想は。そんなんじゃ美兎の心に響かないじゃないか。大体だなぁ、大河ドラマじゃないんだから、あんまり引っ張り過ぎると視聴者が離れていくぞ。ただでさえもどかしさで鼻血が出そうなのに……俺の一年を返せ」
「勝手言うなよ。他になんて言えばいいのさ」
「『美兎は何着ても可愛いなぁ。次はウエディングドレスを着てくれないか? 勿論、僕だけのために……』とか」
「そ、そんなこと僕が言えるわけないだろ!」
「そうか……まぁ確かに少し気が早かったかもな。じゃあここは趣向を変えて、“人間カンタレラ”こと颯磨先生に、毒舌を織り交ぜた絶妙な褒め方テクニックを乞うとしよう。先生、お願いします」
「犯罪に遭っても文句が言えない可愛さだね」
「どうだ悟志、先生のお手本は。誉め言葉のはずなのに、素直に受け入れられない毒気を感じるだろう? これが、甘美な毒薬と名高いカンタレラの異名を採る颯磨先生の真骨頂だ。女に媚びない君にぴったりな話法だぞ」
「……とりあえず、二人の意見は参考にしないようにする」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます