第25話 会談
ドラーコ代表との会談は、首相官邸の閣議室で行われる事となった。異例ではあったが、そもそも異世界の住人との公式会談などという事自体が異例中の異例である。常識だの慣例だのと言っている場合ではなかった。
閣議室の丸テーブルには首相と外務大臣、そして防衛大臣の三人が着いている。そこにドラーコ代表到着の報が入った。
三人が立ち上がって待っている所へ、ドアが開きドラーコの代表が入って来る。黄色の甲冑と赤い甲冑、そして無限軌道を履いた直方体の箱であった。
「遠路はるばるお越し頂き恐縮です。お待ちしておりました」
首相が近寄り右手を差し出す。しかし甲冑の二人はその手を取らない。
「こちらには手を握る習慣はない」
黄色の甲冑はそう言って荒々しく椅子に座った。正しくは甲冑内部の翻訳機が機能してそう話しているように聞こえるのだが、その存在を気付かせない程度にはスムーズな会話であった。
「兜くらい取らんのか。無礼だぞ」
外務大臣が憤然と抗議した。だが。
「遊びに来たのではない。こちらはここが戦場のつもりで来ている。礼儀など知った事か」
と、取り付く島がなかった。赤い甲冑は何も言わず席に着いた。三人の大臣は顔を見合わせたが、後に続くように椅子を引いた。
「結論から言う。宝珠を渡せ。それ以外の事には興味がない」
黄色い甲冑はいきなりそう言った。
「藪から棒にそんな事を言われても困る。内閣で議論する時間が必要だ」
賀茂のその言葉に、黄色い甲冑は直方体の箱を見た。箱の上部から光が差し、テーブルの上の中空に異界の文字の羅列を表示した。
「降伏文書は作ってある。ここに貴殿らが署名すれば有効となる」
「降伏、だと」
首相は目に見えて動揺した。しかし。
「だがこんなものに意味はない」
ドラーコの使者は自らそれを否定した。
「いちいち天穴を通らねば貿易ひとつまともにできぬこんな国を服従させたとて、我らがドラーコの利益になどなりはすまい。無用の面倒が増えるだけだ。宝珠さえ手に入れば、この国とは金輪際縁を切る。その後はこの国が栄えようが滅びようが一切関知せぬ。それこそがドラーコの利益となる。
箱は降伏文書の映像を消した。三人の大臣はまた顔を見合わせた。相手の言う事は全く持ってもっともだ。宝珠さえ相手に渡せば、もう国民に被害は出ない。しかも国の体制に影響を与える事なく戦いに幕を引く事ができる。良い事尽くめであるように思えたのだ。ただ。
「ただ、宝珠がどこにあるかは我々もまだ掴めていないのだ」
首相の言葉に、黄色い甲冑は机を叩いた。みしり。木が割れる音がした。
「そんな戯言で我らが納得すると思うておるのか!」
「い、いや、本当なのだ、本当に我々は」
「ないと言うなら今すぐに探し出せ! 言い訳は通じぬ!」
首相と外務大臣は賀茂を見つめた。何とかならんのか、という顔である。そもそも宝珠に関しては賀茂が中心になって調査していたのだから無理もない話ではあるが。
「わかりました。心当たりがない訳ではありません。今から調べてみましょう」
賀茂が立ち上がったそのとき。異能反応感知。黄色と赤の甲冑は椅子を蹴立てて立ち上がり、身構えた。
テーブルの上に、女が一人立っていた。その手に大刀を携えて。それが誰なのか、賀茂には一目でわかった。
「まさか、そんな」
部屋の一番奥に置かれたパーテーションの陰からスサノオが飛び出した。後ろにSPが続く。ナビコナの声が響く。
「もう死んでる!」
44マグナムの一撃は有銘の心臓を迷う事なく貫いた。スサノオに続いてSP達も発砲した。だが有銘は止まらない。衝撃によろめき、蜂の巣になりながらも身体を回転させ、竜巻のように大刀を振るった。鈍い音と共に、賀茂の首が宙を舞った。
その首を受け止めたのは、どこからともなく現れた巨体。その後ろに立つ頭巾姿。赤い甲冑が箱に手をかざした。
「させんぞライワン!」
ライワンとジャーザカはテレポートしようとしたものの、その場に引き戻されてしまった。黄色い甲冑が嗤う。
「愚昧な、異能の遮断が貴様らにしかできぬと思うたか」
箱が唸りを上げている。有銘は刀を持ったまま崩れ落ちた。ジャーザカは首を抱えて腰から短剣を抜き、ライワンを背に庇いながら後退りする。
「だからあのとき殺しておけば良かったのです」
「説教は今度にしろ」
「なるほど、宝珠はその首の中か。さあ渡してもらおう」
黄色い甲冑はにじり寄る。ライワンは反対側を向いたが、そこにはスサノオがショットガンを構えて立ちはだかっている。完全に進退窮まった。ライワンはジャーザカから賀茂の首を奪い、天にかざした。
「宝珠よ!」
近寄る者の足が止まった。ライワンは念を込め叫んだ。
「そなたがそこにあるというのなら、我が願い叶えたまえ!」
そのとき、賀茂の首は両眼を見開き、そして口を開いた。
「ならぬ」
首相官邸前には異界の装輪装甲車が横付けし、その手前には二頭のティラノサウルス型が犬のように主人が戻るのを待っている。それを映すテレビカメラの映像に、寮に残った神童のメンバーたちは釘づけになっていた。
「あー、もうこういうのヤキモキする」
ハヤヒノがつぶやく。
「本当に見てるだけで良いのかな」
トリフネも落ち着かない。
「何かできる事あるんじゃないかな」
「今はないよ」
日美子がなだめる。
「だけどさあ」
トリフネは食い下がる。しかし。
「待つのも仕事のうちだから」
「仕事のうち仕事のうち」
フツヌシとミカヅチはおやつのケーキにかぶりついていた。
「よく食べられるね、こんなときに」
呆れるハヤヒノに、日美子は笑顔を向けた。
「でも二人の言う通りだよ。待つときには待たなきゃ」
そう言いながら、日美子はツクヨミの様子に気が付いた。
「どうしたの、ツクヨミちゃん。何かあった」
よく見ると顔が真っ青である。唇はわなわなと震えていた。
「ツクヨミ、何か見えたの」
そう尋ねるハヤヒノに、ツクヨミはうなずいた。
「審議官が……雨野審議官が」
「有銘ちゃんがどうしたの」
「……死んでる」
その場の時が止まった。一瞬の静寂。
「何だい、どうした、何かあったのかい」
寮母が厨房から声を掛けた。しかし応えられる者は居ない。
「いったいどういう事、ツクヨミちゃん」
ようやっと声を出した日美子に、ツクヨミは首を振った。
「よくわからない。急に見えなくなったから」
「……ノコヤネは」
慌てて周りを見たハヤヒノに、トリフネが答える。
「まだ部屋だよ」
「そう。とりあえず詳しい事がわかるまで、ノコヤネには内緒で。いい」
一同はうなずいた。
「えっ」
突然、日美子は振り返った。
「何、どうしたの日美子ちゃん」
訝しむハヤヒノに、日美子は動揺した顔を向ける。
「今、誰か私を呼ばなかった?」
「呼んでないよ。やめてよ、こんな時にそういうの」
「いや、そんなんじゃなくて。あ、ほら、また」
その瞬間、日美子の姿は煙のようにかき消えた。
――乙女よ
「は?」
――賀茂の血を引きし乙女よ
「え、私の事?」
――そなたに我が力託そう
「ちから? 何の?」
――願え、そして贄の名を示せ
日美子は、首相官邸の閣議室に姿を現した。同時にライワンの手の中の賀茂の生首、その口から
ドラーコの箱はオーバーヒートを起こした。異能感知器は振り切れて煙を上げ、用をなさなくなった。
全身蜂の巣になった有銘は、再びその身を起こした。大刀を手に持って。ライワンは日美子を指差し命じる。
「その女の首を切り落とせ!」
しかし有銘の一歩踏み出した脚は44マグナム弾に吹き飛ばされた。
「渡しはせん!」
黄色い甲冑が日美子に迫る。スサノオはショットガンの銃口を向けた。
「効くか愚か者!」
スサノオはトリガーを引いた。銃口から濃密な大量の火花が噴き出し、甲冑の顔面を焼いた。軟鉄の散弾の代わりに燃えるジルコニウムの粉末を発射する、その名をドラゴンブレス。破壊力はほぼゼロであるが、目潰しには丁度良い。スサノオは日美子を背に庇いながらチャージングハンドルを引いて強制排莢した。脚をよろけさせた黄色い甲冑は、突然、巨大な力で壁に押し付けられた。ライワンの念動力。金属音を立てて甲冑が軋む。
有銘は刀を杖にし、片足で立ち上がった。そして日美子ににじり寄る。その刀を持つ手を、スサノオは44マグナムで吹き飛ばす。
「もうやめて」
日美子の悲痛な声がスサノオの背中に響いた。有銘は再び倒れ、立ち上がろうともがいている。
――宝珠を使え
「え」
日美子の頭の中に声が響く。
――今こそ万難を排し、そなたの望みを叶えよう
「でも、何を願えばいいの」
混乱する日美子の手を握る者がいた。ナビコナ。その見上げる小さな口で、ゆっくりと噛んで含めるようにこう言った。
「異界の者を追い返し、全ての天穴を永劫に閉じよ」
日美子は繰り返した。
「異界の者を追い返し、全ての天穴を永劫に閉じよ」
頭の中の声が応じた。
――願いは聞いた。さあ、贄の名を示せ
「ニエの名を示せって、ニエって何」
「生贄の事だよ」
平然と答えるナビコナ。
「生贄、え、え? 生贄? どうすればいいの」
「生贄にしたい人の名前を言えばいいんじゃないかな」
「そんな人居ないよ。て言うかそんなの無理よ。生贄なんて」
「でも誰かを生贄にしないと、これからも沢山の人が死ぬよ」
「そんな事言われても」
「俺の名を使え」
スサノオが言った。日美子は、そしてさすがのナビコナも眼をみはる。
「どうせ、いつまで生きられるともわからん命だ。役に立つなら嬉しい」
日美子は首を振った。ぶんぶんと振った。
「駄目よ、そんなの駄目に決まってるじゃない」
「議論している暇はない」
黄色い甲冑はフルパワーを絞り出した。ライワンの念動力に抗い、日美子へと歩を進める。
「急げ、迷うな」
スサノオの言葉に、日美子は意を決した。
「決めました。贄の名は」
息を大きく吸い込んだ。
「……天照日美子!」
今度はスサノオが驚く番だった。だが。
――ならぬ
「え?」
――そなたは我の依代、贄にはならぬ
「そんな。じゃあどうすれば」
日美子が途方に暮れた、そのとき。
「ガルギエル・ガラハト」
一同の眼が、赤い甲冑に集まった。
「ドラーコの司令官の名は、ガルギエル・ガラハトだ」
ガルギエルはその意を悟った。
「グレイン、貴様裏切ったな!」
「裏切ったのは貴公の方だ。不相応な野望を抱いた己自身を恨むがいい」
スサノオとナビコナが眼で促した。日美子はうなずく。
「贄の名は、ガルギエル・ガラハト」
――その願い、叶えよう
室内に突風が吹いた。その吹き荒ぶ風の中、グレインはライワンを見つめた。
「借りは返したぞ、タオ・ライワン」
ガルギエルの甲冑は、砂丘のように風に崩れて行く。その眼は風の中に何かを見つけた。
「来るな、来るな! 来るなあっ!」
絶叫と風の咆哮が重なった瞬間、突然風は止んだ。
閣議室の中に、ライワンとジャーザカの姿はなかった。ガルギエルとグレインと箱の姿もなかった。官邸前からはティラノサウルス型と装輪装甲車が姿を消した。だが有銘と賀茂の死体は残ったまま。そこまでサービスはしてくれなかったようだ。
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