第22話 襲撃

 その異変に気が付いたのは、ナビコナ。


「あれ」


 周囲を見回す。見慣れた自分の部屋。だが何かおかしい。ナビコナは部屋を飛び出した。ツクヨミの部屋をノックする。不審げに顔を出したツクヨミに、ナビコナには珍しく焦って尋ねた。


「外、外の様子、見える?」


 ツクヨミが一瞬遠い目をする。が、その眼が驚きに見開かれる。


「見えない。近くしか見えない」


 ナビコナのテレパシーが寮内のメンバーに警鐘を鳴らした。


【ロヌが来た!】


 神童の面々は部屋から走り出て来て食堂に集まる。その足音に驚いた日美子も食堂にやって来た。


「全員揃った?」

「ロヌって本当にロヌ?」


「間違いじゃないのか」

「ノコヤネは?」


「有銘ちゃんと出てる」

「もうこんな時に!」


「ちょっと何だい、何事だい。おやつならまだだよ」


 寮母が厨房から顔を出すが、誰もそちらを見ない。


「携帯は?」

「駄目、圏外になってる」


「ノコヤネに連絡取れないの」

「テレパシーが届かない」


「ホットラインは」

「見てくる!」


 コトシロが走った。


「敵の人数とか、わかるの」

「わからない。でもここを取り囲めるくらいは居るんじゃないかな」


「テレポートはできる?」

「二、三百メートルなら。それより遠くは多分無理」


「今はこの寮をドームで覆ってるような状態だと思う。外の世界と隔絶されちゃってる」

「どうする、ハヤヒノちゃん」


 トリフネの言葉にハヤヒノは考え込んだ。前に出るか退くか、いや、そもそもその二つに区別できるような状況なのか。


「逃げよう」


 日美子は言った。


「ツクヨミちゃんやコトシロちゃん連れて、戦えるような状態じゃないよ」

「ホットライン、駄目! 使えない!」


 戻って来たコトシロが叫んだ。


「逃げる」


 ハヤヒノは決断した。


「どこから出る?」


 尋ねるナビコナに、ハヤヒノは笑顔を作って見せた。


「囲まれてるならどこから出ても同じ。玄関から正面突破する」

「寮母さん、逃げますよ」


 日美子が寮母を厨房から引っ張り出す。


「ちょっと何だい、一体何なんだい、ちょっと!」




 寮の玄関の扉が勢いよく外側に開いた。


「うおああああっ!」


 先頭に立つのはハヤヒノ。その手には弾除けのためか中華鍋。そのすぐ後ろにはフツヌシ、ミカヅチ兄弟、他の者たちは三人の陰に隠れるように続く。


 その神童たちの前に影が揺らめく。地面から湧き立つように現れる四つの人影。正面に手を伸ばす。四方の空間が透明な壁となり、押し潰さんとハヤヒノたちに迫った。しかし、壁はその動きを止める。


「ち、か、ら、く、ら、べぇ!」


 フツヌシの念動力が壁の圧力を跳ね除ける。動揺する四つの影に、水平に走る稲妻が直撃。


「電撃四連撃!」


 ミカヅチの攻撃に倒れ込んだ四つの影の横を、ハヤヒノたちは走り抜ける。向かうは聖天寺学園の通用口。しかしその直前、地面が赤く燃え立つ。その炎の中から鎌首を擡げて立ち上がる巨大な竜の姿。


「本物じゃない、幻覚!」


 看破したツクヨミの声。だが竜の吐く炎は熱波の体感を伴う。アスファルトの焼ける臭い。立ち上る煙。皆の足は止まる。けれど。


「炎なら」


 ハヤヒノは一歩前に出る。


「負けない!」


 突き出した手に念を込める。竜は苦悶の咆哮を上げた。更に念を込める。次の瞬間、竜の全身が炎に包まれたかと思うと、それは突然小さくなり、絶叫を上げる人間大の炎へと収束した。既に地面の炎は跡形もなく消え去っている。


 身を焼かれ地面を転げまわる敵を余所に、ハヤヒノたちは通用口を潜って外に出た。その前に立ちはだかる二つの影。大きい方の影は見覚えのあるリザードマンである。


「出た」


 ナビコナがつぶやく。


「あんたが親玉なの」


 ハヤヒノの言葉に、頭巾を被った小さい方の影が応えた。


「そういう事だ。たいしたものだな、我が特殊部隊の先鋒次鋒を子ども扱いか」

「どう、少しは恐れ入った」


「ああ思った以上に厄介だ。早々に潰しておくべきだった」


 頭巾姿が右手を上げると、そこかしこに隠れていた兵たちが十人ほど姿を現し、銃を構えた。ハヤヒノは中華鍋を前にかざす。


「ちょっと、卑怯よ」

「堅実と言ってもらいたい」


「じゃあボクが相手するね」


 ぴょんと飛び出したナビコナ、不意に姿を消したと思うと、銃を持った兵の前に現れた。


「そもそもこれは花月と申す者なり。或る人我が名を尋ねしに、答えて曰く」


 ナビコナはある時はテレポートで、ある時は念動力で兵を翻弄している。銃を持った兵たちは右往左往し、ハヤヒノ達まで気が回らない。


「これであんたらは二人っきりな訳だ」

「そのようだな」


「じゃあ覚悟してもらうよ、フツヌシ! ミカヅチ!」


「おうよ!」

「任せろ!」


 フツヌシは強大な念動力で頭巾姿を捕まえ、ミカヅチは何本もの電撃を撃ち込んだ。だが。それらが全て消えてしまう。ハヤヒノは念じた。


「燃えろ!」


 しかし火花ひとつ、発する事は無かった。また超能力がキャンセルされているのだ。


「くそ!」

「品のない子供だ」


 頭巾姿は従者を呼んだ。


「ジャーザカよ」


 大刀を背負った巨体は応えた。


「はっ」

「斬れ」


「御意」


 ジャーザカが刀に手をかける。ハヤヒノは中華鍋を構えた。が、一瞬の金属音。鍋は半分に断たれた。弾き飛ばされるハヤヒノ。倒れ込んだその視界を影が遮った。寮母が敵に背中を向け、両手を広げている。


「逃げな! 今のうちに!」

「どいて、危ない!」


 ジャーザカが踏み込む。


 水涼は良い子だから


 お母さん。また死なせてしまうの。また私のせいで、大事な人が死んでしまうの。


 そのとき、路肩に止まっていた乗用車が宙を飛んでジャーザカに突っ込んだ。フツヌシの念動力。相手に直接超能力が使えないなら、こうやって何かをぶつければいい。超能力はキャンセルできても、物理攻撃はキャンセルできまい。


 しかし空飛ぶ自動車はスピードが出ない。ジャーザカは楽々躱すと、一瞬、後方に心配げな視線を送った。ハヤヒノはその意味を理解した。頭巾姿を指差しフツヌシに叫ぶ。


「あいつ、あいつにぶつけて」

「簡単に言うな」


 文句を言いながらもフツヌシは空飛ぶ自動車の軌道を曲げた。大きく弧を描きながら頭巾姿に向かって飛んで行く。


 トリフネは路肩に止めてあったトラックに駆け寄った。両手をつけて念を込める。消えた。そして現れたのは頭巾姿の頭上。


「殿下!」


 ジャーザカの声に重なるように、金属のひしゃげる音が響いた。乗用車もトラックも、鉄塊と化していた。頭巾姿の横で、そして頭上で。頭巾姿に傷の一つを与えるでもなく、宙に浮いたまま、じわりじわりと潰れて行く。


【今だよ、ハヤヒノ】


 それはナビコナからのテレパシー。ハヤヒノは両手を突き出す。


「燃えろ!」


 頭巾姿の全身から炎が噴き出した。そう、超能力を使っている今ならキャンセルはできない。しかし頭巾姿は燃えながら平然と、右手を水平に突き出した。そして握る。激しい胸の痛みがハヤヒノを襲った。意識が飛ぶ。念が途切れる。炎は消えた。だがまだだ。自分が倒れても、まだ仲間がいる。跪きながら、懸命に後ろを振り返る。けれどそこには、胸を押さえて倒れ込む仲間たちの姿が。


「終わりだ」


 頭巾姿が言い終わる前に、背後にナビコナがテレポート。しかしその身体は空中で固定される。


「お前は後だ」


 そして宙に浮いた二つの鉄塊を、ハヤヒノに向かって投げつけた。虫のように潰される、誰もがそう思った瞬間、鉄塊が消えた。


「何っ」


 ライワンは気付いた。この周囲を覆うドームの端に、穴が明けられている事に。


 直後、突如中天に現れた人影は、落下途中にショットガンの一撃を放った。頭巾姿は顔すら上げない。彼の念動力の防壁をもってすれば銃弾を防ぐなど児戯に等しい、はずであった。その身体が、衝撃に揺らいだ。ナビコナを捉えていた力が失われた。


 着地したスサノオに、ジャーザカの横薙ぎの刀が襲い掛かる。それを左手のダガーナイフで受けながら右に回り込み、そしてショットガンで頭巾姿に二撃、三撃――ショットシェルはバードショットの九号、小鳥やリスを撃つための威力の小さな散弾。だがそれは一撃で直径二ミリの軟鉄弾を五百発放つ。しかも五メートルに満たない至近距離。全てを認識して防ぎ切る事など、いかな魔天の如き超能力者であっても不可能――頭巾姿を更なる衝撃が襲う。


 しかし黙って撃たれるままにはならない。目には見えない念動力の爪を放ち、スサノオを捕まえる。だがその姿が消えた。テレポート、意表を突かれた頭巾姿の背後にスサノオは現れた。第四撃を放つ。


 防御が遅れた。思わずかざした手に軟鉄弾が食い込む。スサノオの前に、ジャーザカは主人の盾となるべくその身を割り込ませてきたが、刀は守りの武器ではない。スピードに勝るスサノオはその先に回り込んだ。そして五撃目。撃つと同時にスサノオは跳び退いた。五撃目は止めた。止まった。それは散弾ではなかった。止めた弾丸から、もうもうと上がった白煙が頭巾姿に絡みつく。


「しまった、風下か!」


 催涙弾。目と鼻に激痛が走る。スサノオが離れた位置から六撃目を放とうとしたとき、既に煙の中に二人の影は無かった。銃を持ったロヌ兵たちも姿を消していた。


「酷いなあ、ボクまで巻き添えになるところだったじゃん」


 口を尖らせるナビコナに、スサノオは笑顔を見せた。


「お前は逃げられると思っていた」


 そのとき、空のどこからか声がした。


――間に合ったようだの


「ああ、助かった」


 言葉を返すスサノオに、ナビコナは尋ねた。


「誰。スサノオの友達?」

「……そうだな。友達だ」


 立ち上がるハヤヒノたちを見ながら、スサノオはそう言った。

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