第23話 炎鬼

「弱りましたね…。」


何も有力な情報を得られないまま、夜になってしまった。

とりあえず宿を見つけ泊まることにしたが、正治達がいつ探しに来るかわからないため、警戒を怠らないように気をつけながらシスターは考えていた。


…澪ちゃんを閉じ込めていた事といい、蝶のマークといい、この村には何か裏がありそうですね…。


その様子を澪と座りながら見ていた圭史に、澪は思いきって声をかけてみた。


「あの…いじめられてたって本当か?そんな綺麗な目をしていてもいじめられるのか?」


「まーな…都会じゃしょっちゅうある事だよ。安心しろ、お前がいじめられそうになったら守ってやるから」


「そうか…そうして貰えると助かる…。」


少し赤くなりながら澪が笑うと、圭史も少し笑みをこぼした。


「お前の目も綺麗だよ、今通ってる学校にも数人いたけど、ここまで真っ赤なやつ初めて見たよ」


「私はこの色が嫌い…血のようだってバーバが…道子が言うから」


「あのおっかなそうなババアか…でも俺は綺麗だと思うけどな」


「ありがとう、そう言ってくれたのは正治と君だけだ」


「ふーん…。」


圭史はジュースを飲みながら澪をチラリとみると、少し訝しげな顔をした。


「あのさ、前から思ってたんだけどお前のその口調何?男っぽいと言うか、お姫様っぽいと言うか…。」


「口調…?」


物心がついた頃からこんな感じだった澪は、自分の口調が可笑しい事に気が付かなかった。

ただ正治に言われるままに振る舞ってきた澪は、どこが可笑しいのかさえわからない。


「そんなに変か?」


「なんて言うか、引っ込み思案なのにミスマッチと言うか…まぁ、俺はいいと思うけどね」


「いい…?」


「指摘しといてなんだけど、お前がそう話すと…可愛いよ…。」


「圭史…ありがとう」


二人共少し照れながら、ジュースを口にした。

その様子を見ていたシスターは優しく微笑みなごら十字を切り、首から下げたロザリオを握って祈った。


「て事はさ、あの正治って奴とは上手くやってたのか?」


「そう…だな。正治は時々私の事を炎鬼と呼んでいた」


それを聞いて、シスターが持っていた本を落とした。

その驚いた様子に、澪と圭史はクエッションマークを頭上に浮かべながら首を傾げた。


「炎鬼…ですって!?」


「どうしたんだよシスター…怖い顔して」


圭史がそう言うのも気にせず、シスターは澪の両肩をガシッと掴むと、澪を見ながら言った。


「貴女は…炎が使えるのですね?」


「はいシスター…でもそれは鬼化病ならよくある事なんじゃ…。」


「いいえ…そうとも言いきれません」


シスターは何か小さな黒板のような物を取り出すと、二人に説明を始めた。


「いいですか?鬼化病の汚染者と言っても、色んな力を持つ人がそれぞれいます。一番多いのは筋力や肉体が強化された人です。これは鬼化病患者なら皆なる症状です。それから二番目に多いのは植物や水、毒を操る力です、そして雷の力は平均と言っていいでしょう。次に希少と言えるのは炎の力です。わかりましたか?」


「はい、澪の力は希少な方なのですね」


圭史がそう言うと、シスターは静かに頷いた。

そして圭史を見つめながら言った。


「それ以上に希少なのは私や圭史のように今言った力以外の力を宿す者です。圭史は氷、私は光…前例がない事でどう力を使っていいかわからない事が多いです」


…私も圭史をどう導けばいいかわからなくなる時もありますね。


シスターはそう思いながら、圭史をみつめていた。


「師匠、そんなに見つめられたら照れるよ」


そう茶化すように圭史が笑いながら言うと、シスターはハッと我に帰り、黒板を置いた。


「では、今日はここまでにしておきましょう。続きはまた明日、二人共よく寝るんですよ」


「はーい」


二人が素直に布団に入ったのを確認し、シスターは一人で何かを調べ始めた。


…もし私の考えが正しければ、明日にもこの村を出ないとかもしれませんね。


シスターは目を閉じて少し瞼を揺らすと、首から下げたロザリオを握りしめた。


✴︎✴︎✴︎


一方その頃、正治はかなり苛立ちを隠せずにいた。


「まだ見つからないのか!?」


「すみません…目撃情報はあるんですけれど、どこへ行ったかだけが、まるで煙に巻かれたようにわからなくなっているようで…あのシスターの力かも知れません」


「もういい下がれ!私が探る!」


そう言うと正治は塔の地下に下がって行った。

そこには様々な動物が閉じ込められており、普段から正治以外の人間の立ち入りを禁じていた。

その一番奥の部屋に、暗闇で目を光らせる何かがいた。


「ご主人様、お身体の具合はいかがですか?」


正治がそう尋ねると、正治の背中の蝶のマークが光を放ち、正治は少し苦しむとその場に座り込んだ。


「私の可愛い炎鬼をどこへやった?あの子が私と同じように鬼となるまで、ここから出してはならぬと言った筈だ」


その鬼は人の形をし、蝶のような美しい羽をもっていた。


「蝶鬼様…恐れながら私共のような人間の力ではあの鬼化病のシスターを追う事が出来ません。ご主人様のお力をお借りしたく思いこうして参りました…。」


「…いいだろう。ちょうどまた鼻の効く犬鬼が誕生した所だ。さぁ、探しておいで…。」


犬の様な鬼の鎖を取ると、蝶鬼と呼ばれた鬼は笑った。

この世のものとは思えない美しい、しかしどこかゾクゾクする笑みだった。

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