第2話 屍鬼

大貴は母親から聞いた最後の言葉を思い出していた。


「逃げて!逃げなさい大貴!」


そう悲鳴を上げながら鬼に襲われた母の最期を。


✴︎✴︎✴︎


大貴が目を覚ますと、そこは圭史の住む長屋だった。

あの後、色々と話しているうちに、どうやら眠ってしまったらしい。

初めて来たところで眠ってしまった事に若干恥ずかしくなりながら、暗くなった部屋で大貴がムクリと起き上がると、目が暗闇に慣れてきたところで、圭史が刀を手に取り出かける支度をしているのに気づいた。


「どこ行くんだ?俺も行く!」


大貴がそう言うと、圭史は驚いたようで目を見開くと、静かに言った。


「え?来るのか?それは危ないからやめた方がいい。お前いくつだ?こんな時間に外に出ちゃダメだろ?」


圭史はそう言うと、刀を袋に入れて背負い、そのまま出て行こうとした。

しかし、それは叶わなかった。

なぜなら大貴が彼の足にしがみついて離さなかったからだ。


「お前な…。」


「鬼を倒すんだろ!?俺も連れてけ!」


そう言い言う事を聞かない大貴を、圭史は刀の上に背負うと、夜の街へ繰り出して行った。


✴︎✴︎✴︎


「お前、鬼化病が怖くはないのか?俺と一緒にいたら、いつ汚染されるかわからないんだぞ?」


「こっ…怖くなんかねーよ!」


夜の街を信じられない脚力で家の屋根から屋根へ移動する圭史にしがみつきながら、大貴は強がってそう言った。


「ふーん…。」


圭史はそう言うと、再び黙って悲鳴が上がる方へと駆け出した。

しかし風圧に耐えながら圭史にしがみついていた大貴が、圭史の刀を見ながらすぐに口を開いた。


「圭史はさ、どれくらい鬼を切ったんだ?」


その問いかけに、圭史は足をまた止めると、答えた。


「たくさん、たくさん切った。でもまだまだ足りない。もっと切らないと…。鬼になってしまう前にな…。」


額の角を気にしながら圭史がそう言うと、大貴はキュッと圭史に先程より強くしがみついた。

それに気づいた圭史は、大貴に笑いかけると言った。


「大丈夫、まだ先の事だよ。だから気にすんな」


そう言われ、大貴は少し恥ずかしくなったのか、顔を赤らめながらソッポを向いた。


「…?」


圭史はまた走り出すと、火災が発生しているところで屋根から降り、周囲を見渡した。


「いいか?鬼は夜行性で今は活発な時間だ。危なくなったらすぐに逃げること、間違っても前みたいに鬼に向かって行くんじゃないぞ、

わかったか?」


「…わかった」


「よし、いい子だ」


すると圭史は、雪の結晶を作り出し、それを手裏剣のように投げて火を消すと、炎の先にいた鬼が顔を覗かせた。

その鬼を見た瞬間、大貴の表情が変わり、ふらふらと少し前に出ると言った。


「かーちゃん…。」


その鬼はたくさんの遺体をまとわりつかせた大型の鬼で、大貴の母親の遺体もまとわりつかせていた。


「これはまた、さしずめ屍鬼とでも呼ぼうか…。」


圭史はそう言うと、大貴が憎悪に満ちたような顔をし、向かって行きそうになったところを止めた。


「離せ!今度こそ本当に母さんの仇なんだ!止めるんじゃねぇ!」


「お前人の話を聞いてたか?向かって行くなって言っただろ?」


大貴の首根っこを掴みながらそう言うと、圭史は屍鬼を見た。


「あぁなってしまうと本当に哀れだな…。」


「えっ…?」


圭史の目が青白く光ると、大貴は圭史に触れたまま圭史と同じように屍鬼の目を見た。

すると屍鬼の方から女性のもののような声が聞こえてきた。


『…どうして誰もそばにいてくれないの?』


『…どうして誰もそばにいないの?』


『寂しい…。』


『…誰か…そばにいて…。」


すすり泣き、嘆くような声は震え、それを聞いていると大貴は自身の憎悪が薄れていくのを感じた。


「圭史、あの声は…何?」


「…お前にも聞こえたか、あれは人間だった頃の記憶の欠片だ。女性だったんだな…見えるか?鬼の中心にあるあの人の魂が…。」


圭史に触れているからだろうか、人の遺体と鬼の中心に、一際目立つ炎のようなものの中に女性がすすり泣いていた。


「あれがかーちゃんを殺した鬼の正体…。」


「大貴、お前が鬼を憎むのはわかるが、鬼も好きこのんであぁなったわけじゃない事も覚えておいてくれないか?」


圭史がそう言いながら大貴から離れると、大貴には記憶の欠片も聞こえず、魂も見えなくなった。

そして圭史がゆっくり歩きながら刀を抜くと、屍鬼は大きな唸り声を上げ、遺体のまとわりついた大きな手を圭史めがけて振り下ろした。


「危ない…!」


大貴が声を上げた次の瞬間に圭史は屍鬼の手をかわした。

するとコンクリートの地面が割れ、大貴のところまで亀裂が走った。

屍鬼はそれだけに止まらず、毒のような霧を発生させ、圭史の方に吹き出した。

圭史はその毒霧に向かって手裏剣のように氷の結晶を投げると、毒霧が氷つき、氷の柱の中に閉じ込められた。

離れていても、ツンと鼻にくる異臭に大貴は耐えながらその攻防戦を見つめた。

そして屍鬼が一度動きを止めると、一瞬で圭史を地面を割った力で弾き飛ばした。


「…圭史!」


瓦礫の中、額から垂れた血を拭いながら、圭史は起き上がると、また彼のその目が青白く光った。

そして、圭史が刀の背に手を添え構えると、屍鬼は毒霧を澪めがけて吹きつけた。

それと同時にその毒霧を避け、圭史は信じられないスピードで間合いを詰めて、屍鬼の中心を切った。


「…!」


固唾を呑んで見守っていた大貴には聞こえなかったが、切られた屍鬼の魂は凍りつき消えて行く体の中で歓喜に震えていた。


『あぁ…これで…終わる…すべてが…。』


「どうか安らかに…眠ってくれ」


屍鬼は複数の遺体と共に凍りつき、砕け散って消えていった。


「かーちゃん…さようなら!」


大貴はそう言うと、叫ぶように、口を大きく開けて泣いた。

圭史は刀を鞘に納めると、大貴の方へと足を歩み寄っていった。


✴︎✴︎✴︎


「お前これからどうするんだ?母親の仇ももういないんだ、弟子入りよりも普通の生活に戻ったらどうだ?」


「やだね、俺は決めた!絶対にアンタの弟子になって鬼の退治屋になってやる!」


「あのなぁ…。」


圭史がそう言っても、聞く耳を持たない大貴は圭史の背中で鼻歌を歌いながら鬼丸横丁の門をくぐった。

これから訪れる鬼と汚染者達との戦いをまだ知らずに。


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