二章8 『修行の付き合い その3』
僕はなんとなくボックスの画面に目を落とした。全てのゲームでパーティが帰ってきていた。一つずつ獲得報酬を確認していく。ノゾムは横から画面を覗き込んできた。
「ああっ、私じゃないですか! 私が出てきました!!」
ブレーメン☆ガールズの報酬画面を見て、ノゾムが歓喜の声を上げた。彼女をドロップ、つまりゲットしたからだ。
いつもだったらNの登場演出はスキップするのだが、ノゾムがあんまりにも嬉しそうだったから、今回はきちんと見てやることにする。
『やります、勝ちます、頑張ります! 夢月ノゾムです、よろしくお願いします!!』
Nキャラ特有の、よく言えばシンプル、悪く言えば飾り気のないイラスト。しかしノゾムは興奮しっぱなしで、やかましいぐらい歓声を上げていた。
「……ん?」
ノゾムのイラストに少し違和感を覚えた。彼女の持っている武器が真剣だったのだ。だが確か今日使っていたのは木刀だった。いくら何でも、竜相手に手加減のために木刀で戦っていたなんてのは考えにくいのだが……。
「ちょっと、そこのチビ」
突然、背後から声を掛けられた。
驚いて振り返ると、そこにはサングラスとマスクを装着した女性と、ノゾムと同じ制服を着た少女がいた。
「え、ナルミちゃん!?」
ノゾムは制服の女子を見て、目を丸くした。
制服を着た女性には、確かに見覚えがある。ブレーメン☆ガールズの主人公、夢葉ナルミ。目の前の少女はおそらくその本人だ。コスプレにしては何もかもが自然すぎて、どこにも作りものめいた部分が無かった。特に桃色の髪はウィッグのような不自然な明るさは無く、疑いようも無い本物だった。
「お久しぶりです、ノゾム先輩! こっちの世界で会えるなんて、とっても嬉しいです」
にこにこと笑いつつも礼儀正しく挨拶するナルミ。しかしノゾムはナルミをまじまじと見て、不思議そうに首を傾げた。
「……どうしたんだ、ノゾム」
小声で訊ねると、彼女もまた小声で答えた。
「えっと……。何だか、ナルミちゃんが、ナルミちゃんじゃないような気がして……」
「なんだそりゃ」
「あ、いえ。きっと気のせいです。忘れてください」
ノゾムは作り笑いで返事を濁し、慌ててナルミに挨拶を返した。……一瞬、ナルミの笑顔が曇ったような気がしたが、気のせいだろうか。
「お久しぶりです、ナルミちゃん。元気そうで何よりです」
「はい、私はいつだって元気ですよー」
……なんだか、ノゾムが二人に増えたみたいだな。
僕が少しげんなりしていると、女性が声を掛けてきた。
「チビもSTの参加者ね」
「チビチビ言うな。プログラムデータにプレイヤーネームは出てるんだから、それで呼べ」
「注文の多いチビね。……ふーん、Iっていうの。アタシの名前は絃色守(いとしきまもる)よ。守でいいわ」
ST用のプログラムデータを見ると、女性のプレイヤーネームはラブになっていた。ということは、彼女が名乗った名前は本名ってことか……?
「普通、初対面の相手に本名を名乗るか?」
「いいでしょ、アタシの勝手よ。それにラブの方がしっくりくるし、本名って感じがするの」
「いや、どう見ても本名に見えないんだが……」
そう言うと、彼女は素っ頓狂な声を上げた。
「もしかしてチビ、アタシのことを知らないの?」
「いや、全然」
「ええっ!? 嘘でしょ……」
スゲー自意識過剰な女だ……。
「何で僕がお前を知ってなきゃけないんだよ。どこかで面識あったか?」
そう言いつつ、少し不安になった。
人の顔を覚えるのは苦手だ。もしかしたら僕がただ忘れてしまっただけ、という可能性もありえる……。
「そんなものはないけど。……あなた、本当にSTの参加者?」
その返答に内心で胸を撫で下ろし、僕は挑戦的に言い返した。
「プログラムデータをご覧ください、としか言いようがないな」
守がデータを確認している間、僕はノゾムにこっそり耳談合した。
「お前、あのサングラスのこと知ってるか?」
「いえ、初めてお会いする方のはずです。ただ……」
「ただ?」
「何だか少しだけ、見覚えがあるような気がするんです……」
そう言われて、僕も守の姿をもう一度見てみた。ノゾムの言葉を聞いた後だからだろうか、僕もどこかで守を見たことがあるような気がしてきた。まぁ、気のせいだろう。引きこもりな上に、ニュースもほとんど確認していないんだ。デジャヴに決まってる。
「……本当にSTの参加者なのね」
「ああ、そうだよ」
「驚いたわ、まさかSTの参加者にアタシを知らない人がいるなんて。くす、面白い。いいわ、私の真の姿を教えてあげる。私は……」
守が僕の肩に触れようとした途端。草陰の中からギラリと光る物体が飛び出し、彼女目掛けて一直線に迫ってきた。その勢いは弓の達人が放った矢のよう。僕はそれを目で追うことさえできなかった。
「危ない……!」
ノゾムは守を庇おうとしたが、一瞬反応に遅れて一歩も動くことができなかった。
しかしナルミは振り返りもせず、腕首に巻いた時計でそれを受け止めた。守目掛けて放たれたものは、見覚えのあるテーブルナイフだった。
「……守の命を奪おうとした者は、誰?」
ナルミの問いを受け、襲撃者は姿を現す。その正体は背の高い、金髪の女性――
「愛様をお守りする者、虚乃星夜でございます。あと、そのナイフはそのまま直進したとしてもその者の髪を奪うだけでしたよ」
彼女に悪びれた様子はまるで無く、平然と微笑みを浮かべていた。
「髪は女の命、という言葉はご存知ですか?」
「あなた様のご主人様こそ、愛様に危害を加えようとしませんでしたでしょうか?」
「守はただ、Iの肩に触れようとしただけです」
「それと愛様のことを無礼にもチビチビと呼ばれました。これは万死に値します」
ナルミは手近の枝を拾って、星夜に向かって構えた。
「……話し合いの余地は無さそうですね」
「そのようでございますね」
彼女等の間を一陣の風が吹き抜けた。風は花弁を乗せ、それを空へと巻き上げてひらひらと舞わせる。花弁はゆっくりと宙を漂い、少しずつ地面へと落ちていく。そしてそれが全て地に着いた瞬間、二人は同時に動いた。
星夜はナルミと一気に距離を詰め、エプロンから取り出しためん棒でナルミの小手を狙った。しかしナルミはそれを読み切っていたのだろう、手を返すことでそれをかわし、そのまま枝で棒を弾く。彼女は星夜が迫ってくると同時に動かし始めていた足を使い、相手の側面に回る。
星夜は左足でナルミを蹴り飛ばそうとする。だがそこにはすでにナルミはおらず、脚は空を切った。
ナルミは蹴りが繰り出される一瞬前に地面を蹴り、ふわりと飛び上がっていた。まるで重力に解放されたかのように宙を一回転し、伸ばしきった星夜の足の先に音も無く降り立つ。
そして目にもとまらぬ早業で枝を星夜の眼前に突き出した。
「チェックメイトです」
勝負は決まった、望とノゾムはそう思った。
その時、何かが空を切る音が聞こえたような気がした。
瞬時にナルミはそれに反応し、枝を振るった。それと時を同じくして、遠くで電柱を伝う電線が切断された。ナルミの一振りによって、それも枝で真空波が生まれたのだ。
ナルミが狙ったのは電線ではなく、彼女と電線の間を飛んでいたBB弾だった。それはただ切れただけではなく表面中をヒビが走って、最後には木っ端みじんに砕けた。
この技は確かゲームにも出てきていた。空を裂きてその周囲に音の亀裂を生む。地割れのごとき現象を中空に再現した、禁断の奥義。その名も――
「夢葉流、十三之太刀。空割れ」
ナルミは書類を読むような無表情な声で技の名前を明かした。
枝の切っ先から外れた隙に星夜は乱暴に足を振るって、ナルミをつま先から払う。ナルミはその直前に空に飛び、守の横に着地した。
「大丈夫?」
「うん、全然平気」
心配する守の頭をナルミは優しく撫でた。
「……お前、本当に人間かにゃ?」
入り口から小柄な影が姿を現す。鷹の目のスナイパー、内貫心。彼女が今手に持っているのは、スナイパー御用達(ごようたし)のM21である。
狙いは性格だったはずだ。しかしスナイパーライフルの放つ弾速をもってしても、ナルミの反射神経には敵わなかったのだ。
問われたナルミはたおやかな微笑みを浮かべて答えた。
「人間だよ。あなたこそ猫みたいだね」
「よく言われるにゃ」
心はいつも通りの余裕の笑みを浮かべているが、その額には冷や汗が流れていた。
「守、そろそろ行こう。次の予定に遅刻しちゃうよ」
「そうね。チビ、今日は見逃してあげるけど次に会った時は、ギッタギタに叩きのめしてあげちゃうんだから。カビを洗って待ってなさい」
「カビじゃなくて首だろうが……。もしもそれが頑固な汚れだったら、永遠に会えないぞ?」
「う、うるさい! とにかくあんたを倒すのはアタシなの、他の奴に負けるんじゃないわよ!」
守は僕に指を突きつけ、えらぶった態度で踵を返して公園から出て行った。ナルミはノゾムと僕にだけ頭を下げて、彼女の後を追った。
守達が去ってからしばらく経った後、ノゾムがぽつりと呟いた。
「……ナルミちゃんが戦っている所、始めて見ました……」
「どうだ、勝負になりそうか?」
「無理です。今の私じゃ、絶対に勝てません……」
弱音を漏らすノゾムに、僕は溜息を吐いて言った。
「だろうな。相手はブレーメン☆ガールズ最強クラスのレアリティ、HeR(ヘブンズレア)だ。今のレベルで対抗するのは難しい。だから、僕等に残された手段は一つだ」
「どうするんですか?」
戸惑うノゾムに、僕は雨雲山を見上げて言った。
「この街を脱出する」
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