二章2 『バディはいつも一緒』
「星夜っち、話をきちんと聞かずに抹殺するのはよくないと思うにゃん」
「お黙りください。この者は勝手に愛様を連れ出しました。本来ならば初撃で殺しておくべきだったところを見逃してさしあげたのです。あなた様、とっととここから去りなさい。今ならば背後から不意打ちの刑で許してあげましょう」
「それ、遠回しに抹殺宣告しているにゃん」
心のおかげで、星夜の気持ちが落ち着いてきたような気がする。今なら僕の話を聞いてくれるかもしれない。
「星夜、こいつは夢月ノゾムって奴だ。僕がブラウザゲームをやっていて……」
説明中。
「……っていうことなんだ」
星夜は口を挟まずに、最後まできちんと話を聞いてくれた。そして彼女は言った。
「分かりました、とりあえず打ち首で手を打ちましょうか」
前言撤回。
「……お前、ちゃんと僕の話を聞いていたか?」
「ええ。そのうえでの結論でございます」
「どこか会話の配線を間違えてませんか!?」
「いえいえ。全て事情を承知し、そのうえで決断したことでございますよ」
星夜は頑固で、一度決めたことはなかなか曲げない。
「なぁ、星夜。お前は僕の雇った家政婦だよな?」
「そうでございますよ」
「それなら、主人の気持ちをきちんと汲んでくれ。僕は彼女の世話になって、そのお礼として客として迎えたいんだ」
「話を伺っていると、ご主人が月さんに親切にされたような気がするのですが」
じとっとした視線を向けてくる星夜。だんだん、こいつが個人的にノゾムが嫌いなんじゃないかと思えてきた。
「……おい、星夜。お前ノゾムに何か恨みでもあるのか?」
「ほええ!? 私、メイドさんとは初対面なんですけど!? 恨まれるようなことなんてしてるわけないじゃないですか!?」
「そうだろうとは思うんだけど、あまりにも星夜がお前を毛嫌いしているように見えるから、一応な」
僕の問いに星夜しばらく悩んでから、こう答えた。
「何か、邪気のようなものを感じたので、つい」
「あたしには『自分と似たようなことをぬかす奴が来やがったからぬっ殺すぜ』って風に見えたのにゃが……」
ノゾムはぐずぐずと鼻をすすり、僕に泣きついてきた。
「愛~、私そんなに酷い人間に見えますか……?」
「安心しろ、少なくともゲームの中ではそんなエピソードは無かった」
「……慰めてくれてるんでしょうけど、何だか微妙な気分です」
不満そうに口をとがらせるノゾム。やれやれ、贅沢な奴だ。
僕は背伸びをしてぽんぽんと彼女の頭に手を置き、できるだけ優しい声になるように努力して言ってやった。
「ノゾム、第一印象ってのは言わば先入観のようなものだ。これからお前が自分の見てほしい姿で接すれば、自ずと他の奴等もお前のことを分かってくれるようになるさ」
ノゾムはきらきらとした瞳で僕を見上げた。
「他の奴等ってことは、ノゾムはもう本当の私を見てくれているんですね?」
「ゲームのお前を知ってるし、そういう意味では……」
彼女はにっこりと笑って、僕の手を握った。太陽のように眩しくて、温かな笑顔だった。
「ありがとうございます、愛。私、頑張りますね」
「あ、ああ……」
どぎまぎとしていた。心臓が休みなく跳ね、体中が発熱している。特に顔なんか、サウナに入っているように熱かった。
「では、あなた様。よろしければ、お名前を聞かせくださいませんか?」
「あ、はい。私、夢月ノゾムっていいます!」
「胸突き望む? やはり私めや愛様に危害を加えるおつもりですか?」
「ちーがーいーまーす! 私の名前です! 夢に月と書いて夢月(むつき)、名前がカタカナでノゾムなんです!」
「そうでしたか、失礼しました。それでは、私めも改めて自己紹介させていただきます。私めは虚乃星夜。住み込みで金頼家の家政婦をやらせていただいております」
「格好といい、お仕事といい、まるでメイドさんみたいですね」
「にゃはは、まさしくその通りだにゃー。あ、あたしの名前は内貫心。友達からは猫って呼ばれてるにゃ!」
心はホルスターからデザートイーグルを抜き、くるくると指先で弄んでから構える。その一連の動作の最中に、安全装置を外すかちりという音が聞こえた。手慣れたものだ。
彼女は引き金を絞った。発砲音が響く。弾丸は道路の端に落ちていた空き缶に向けて発射された。普通、デザートイーグルの威力ならば缶を軽々と貫通する。しかし心は弾丸を空き缶の端にかすらせることにより空き缶を跳ね上がらせ、そのまま近くにあったゴミ箱の中へ入っていった。そして射出されたBB弾も何度か跳弾し、それもゴミ箱に吸い込まれていく。
「特技って呼べるものではにゃいけど、そこそこ銃は扱えるにゃ! もしも興味があるにゃら手取り足取り指導してやるにゃ」
ノゾムはしばらく息を止めて心を見ていたが、我に返ると目を輝かせて拍手した。
「すごいです、すごいです、心ちゃん! あのですね、私は少しだけ剣術をたしなんでいるのですが、飛び道具の人には一度も勝てたことが無くて……。ぜひ一度、お相手をお願いできますか!?」
「……にゃ?」
首を傾げる心。まぁ、そりゃそうなるだろう。彼女はサバゲ―に誘ったつもりなのに、相手は剣術とか言い始めたのだから。しかしあまり細かいことを気にしない心は、すぐに元の呑気な顔に戻って頷いた。
「いいにゃよ。じゃあ早速、あたしの山に行くにゃ! ほら、走るにゃ!」
「え、今からですか!?」
「何にゃ、臆したかにゃ?」
「いえいえ、そんなことないです! やります、勝ちます、頑張ります! ……そういえば、あたしの山って言ってませんでしたか?」
「言ったにゃよ。あたしの家所有の山にゃ」
「ほええっ!? 心ちゃんの家ってお金持ちなんですか!?」
「にゃはは、タダ同然のクズ山にゃ。全然すごくないにゃよ」
和気藹々と駆けていく二人。それだけなら放っておくのだが、一つだけ問題があった。
「……おい、ノゾム。ちょっと止まってくれないか?」
「あれ? 一緒に来てくれるんですか、愛?」
「おおー、ついに引き籠りをやめる決心がついたかにゃ?」
彼女等が言うように、僕は二人の後を追っていた。だがこれは自分の意思ではないし、付いていくというよりは引きずられているという方が正しい。そして僕の後ろから星夜も付いてきている。
「あのな、ノゾム。一つだけ訊いていいか?」
「はい、何でしょうか?」
「もしかしたらSTには、プレイヤーとキャラクターには一定以上の距離は離れられないとかいうルールがあるんじゃないか?」
ノゾムはしばらく悩んだ後、ぽんと拳を手の平に打ち付けた。
「あ、そういえばありました。プレイヤーとキャラクターはゲームの外では二十メートル以上離れられない、っていうのが」
僕は盛大に溜息を吐いて、二人に背を向けた。
「帰る」
「へ?」
「僕は疲れた、だから帰る」
あわあわとしながら、ノゾムは僕に縋りついてきた。
「ちょ、ちょっと待ってください! ノゾムが付いてきてくれないと、私は山に行けないんです」
「それがどうした、お前の事情なんて知らないよ」
「でもでも、私が強くなればSTで有利になるかもしれませんよ!?」
「確かに僕は、STに対しては前向きに臨もうとは思う。その……」
僕は少し羞恥心を覚えながらも、先を続けた。
「……負けるのは悔しいし、何よりお前が僕のせいで消えるのは嫌だしな」
「ええ。それに、逃げ続けることはできません。一週間戦わないと、そのプレイヤーは強制的に退場させられてしまうんです」
「まぁ、そういうルールはあるよな。それにレベル上げに熱中する猛者共がいるから、バトル数を減らそうとする奴はすぐに淘汰される」
「だったら……!」
なおも食い下がろうとする彼女を制し、僕は冷たく突き放す。
「お前がいくら現実で戦おうとも、レベルは上がらない。つまり強くならない。だからどう考えても山に行くメリットは見当たらないんだよ。分かったか?」
隙の無い三段論法。ノゾムは唸るものの、反論はできないようだった。
「にゃー、愛っちは頭がカチコチだにゃ。レベルが上がらなくても、戦闘における勘というものは手に入るものにゃよ」
「だけどステータスが上がらないってことは、筋力も体力も身につかないってことだ」
「ご主人様のおっしゃる通りです、一度戻りましょう」
「いーやーでーす、私は心ちゃんとお手合わせしたいんです!」
二体二、多数決上では互角。さて、どうするべきか……。
「じゃあ、ジャンケンで決着をつけましょう!」
「まあ、それが手っ取り早いか」
「私と愛でジャンケンをする。その勝敗で決定するということでいいですよね?」
「俺は構わないぞ」
「私めはご主人様の決定に従います」
「あたしもOKにゃ!」
「三先でいいな?」
「はいっ、了解しました!」
かくして運に決定を委(ゆだ)ねることになったが。
「……お前、運いいのな?」
「えへへー」
ストレート負けというのを久しぶりに喫(きっ)した。
たかがジャンケンではあるが、その失望感は果てしないものだった。
「これが……敗北っ!?」
「ご主人様、ここは密(ひそ)かに口封じをして結果を上書きいたしましょう」
「いや、それはダメだろ……」
結局俺はノゾム達に付き合う羽目になったのだった。
やれやれ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます