はたらく英雄~絶対に追放したい汚職上司vs絶対に追放されたくない英雄と一般人な私~
謎の投稿者X
第1話 辞める時は高らかに
prologue:ラック=ゲンティエナ
「オイお前!この書類ミスってるだろうが!ふざけるなよこの無能が!」
えー、私は今、職場にてハゲた課長に怒鳴られております。
正確に言うならば、頭頂部がハゲていて、側頭部にだけ微妙に髪が残っている課長に怒られています。
ここはギルドの本庁、管理部総務課のオフィス。
真新しい白塗りの壁、幾つも並ぶデスク、そして窓を背にし、一つだけグレードが高いデスクに偉そうにふんぞり返る課長。
そしてその正面に立つ私。唾を飛ばしながら喚き散らすのは止めて頂きたいが、立場上反論することができない。
というか、最も反論したいことが一点。
(貴方の指示通りの様式、内容で作ったのですが?)
青筋が立ちそうになるのを必死で抑え、心頭滅却しつつ申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「第一、自分で考えることもせずに適当にやっているからそうなるんだ!文字通りの無能かお前は!」
(…以前、『無駄なことはやるな、指示を遵守しろ』と私に怒鳴ったのは一体誰だっただろうか。)
…えー、この説教の皮を被った
そうしないと殴りかかりそうなので。
私ことラック=ゲンティエナは、一般的なギルドの職員である。
ここ『異世界都市ティアノス』にはギルドと呼ばれる組織があり、私はその組織の一部だ。
この都市は無数の異世界と繋がっており、その攻略をお手伝いしたり都市を維持したりすることがギルドの史上命題である。最近流行の言葉だと、私は公務員ということになる。
では、なぜ異世界なんぞ出現したのか。
まず、大昔には世界中に『神秘』が溢れており、神様や化物共が闊歩していた。
そして約320年前、神様は人間に害なす化物どもをこの世界からすくい上げ、『隔離』した。
(…このクソ課長もすくい上げられて異世界に消えてくれないかな。)
と神様にお願いしてみるも、残念ながら神々はその時諸々あって死んだらしい。
なので『隔離』以降、世界は現実的な路線で発展してきた。王政だの奴隷制だの、木造建築だの石造りの街並みだのだ。
科学なる言葉も生まれ、神々の死を超えて人類の叡智は発展した。
…が、22年前に女神様が降臨した。
女神様はここ『異世界都市ティアノス』を作り、『隔離』先の無数の異世界を攻略するよう人々を駆り立てた。
また全人類に『スキル』を授け、攻略の足がかりとした。
そして言い放ったのが―――――
『異世界を攻略した者は、報酬としてスキルのレベルアップか、その世界の所有権を与えます』だ。
もうね、そらやる気も出るよね。
だって世界貰えるんだもん。
当然異世界攻略は白熱し、攻略した者を『隔離』前の英雄譚になぞらえて『英雄』とまで呼んでいる。
また、女神がティアノスの地下に設置したダンジョン、その階層ごとに異世界に繋がる扉がある。
このダンジョン、異世界の攻略や英雄の異世界運営をサポートするのがギルドである。ちなみに、その女神様はギルドのトップである。滅多に姿は現さないが。
ティアノスの誕生と同年に産まれた私も、つい2年ほど前に意気揚々とギルドに就職した。実際の女神様を目にして、身を粉にして働こうと意気込んだ。
――――だが!
「聞いてるのか、この屑が!」
(もー、早く終わって下さいよー。私もう随分長く解説したでしょー。)
現実はこれである。
毎日毎日、上司のご機嫌伺い。
ギルドの受付嬢、お茶汲み及び書類作成。
そしてキャリアへ乗るための闘争。
20数年しか経っていないのに、既に派閥や権力闘争の図が形成されているのは恐れ入る。
同僚も上司に媚びを売り、上に行こうと必死である。
まあそれなりに入るのは難しいので、エリート意識があるのは分からないでもないが。
冒険者や英雄をサポートするはずのギルド職員が、それらを見下す現状になっているのはどうかと思う。
(…私、何やってるんだろ。自分を曲げて、申し訳ないフリして。このまま黙り続けていれば、こんな日々が一生続くのだろうか。)
「これだから女は信用できんのだ!そもそも女など男の下位互換でしか無いのに働かせるのが問題なんだ!」
「いや、そこは関係ないし事実無根でしょ…あっ。」
頭で考えながら流し聞きしていると、つい思っていることを口に出してしまった。途中で気づくも、時既に遅し。
目の前の課長の顔がみるみる内に赤く染まっていく。いや、元々赤かったのが更に赤くなっていく。さながら茹で蛸だ。
だが、言ってしまったものは仕方が無い。出した言葉は引っ込められないし、時は巻き戻らない。また、正しいと思っているものは死ぬほど撤回したくない。
なので、少々抗戦を試みることにする。
「何だそれは!何か文句でも――――」
「ありますとも。課長が外で没落した貴族で、それを引きずって男尊女卑思想を持っているのは結構です。ですが、それを押し付けないで頂きたい。」
そう、このティアノスは出来て僅か20年。
ティアノスは外界から隔絶されているが、初期の人民は移住である。突如現れたスキルにより没落した貴族、争いから逃れた農民などなど。
なので、外の思想――――男尊女卑思想を持ち込む輩がそれなりに多い。
私はティアノスに移り住んだ両親から産まれ、ここで育った生粋のティアノス民なのでそんな考えは無いが。仕事出来るなら性別とかどうでも良くない?
「ふざけるなよお前…!私に逆らえば、お前はどうなるか分かっているのか!お前の将来をここで終わらせてやっても構わないんだぞ!」
「脅迫ですか。ですが撤回しません。意見を曲げるつもりはありません。」
…あっ、人がキレる音が聞こえた。
人って臨界を超えて怒ると擬音で分かるんだね。
目の前からブチッって音が聞こえて来たわ。
「そこまで言うならやってやる。後から泣きを入れても知らんぞ。お前を『地獄』に送ってやる。」
「話は終わりですか?それでは、私は業務に戻りますので。」
「チッ、この売女が。総務部に掛け合って飛ばしてくれる!」
◇
その日、業務終了後。行きつけのカフェにて。
口論している内に昇りあがった血が冷め、自分が相当マズい状況に陥ったことに気づく。
「あー、やっちゃったーーー!」
「大分やったね…。出世の目は完全に消えたと見て間違い無いね。」
頭を抱えてテーブルに蹲る私を尻目に、私の親友であるマロンが無慈悲に言い放つ。
栗色のショートヘアー、かなり暴力的な胸部、小動物的なころころとした可愛い顔立ち。黒目黒髪、控えめなバストの私とは違い、受付嬢界隈でもそのボディとキャラで一番人気のやり手な娘ッ子である。
「もー、頭に血が昇るといっつもこうだよー!」
「ラックはいつもそうだからね~。割って入れる雰囲気でも無かったし。」
マロンとは家も近く、生粋のティアノス民ということで子供の頃からの付き合いだ。
昔からマロンは柔らかい雰囲気で全てを受け流し、私は我慢しきれずに途中で自己を押し通してきた。
…とことん損な性分である。
「でも実際、バカ課長の言い草は頭に来るよね。『女は男の下位互換』って、外の世界の考えを持ち込むなっての。」
「バカ課長?」
「バロン=カーネル、略してバカ。」
確かそんな名前だったな。
管理部総務課課長バロン=カーネル。
…なるほど!
「上手い。そのコーヒーは奢ってしんぜよう。」
「ははー。ありがたく…と、言いたい所だけど遠慮しとく。これからもっと大変なのは、ラックの方だろうから。」
「まあそうだけど…『地獄』って言ってたけど、まさか言葉通り殺しに来るって訳じゃないだろうし。」
この街で暗殺なんて、余程の手練れかそっち系のスキル持ちでないと不可能である。無理な懲戒解雇とかも不可能だろうし、そこまで酷いことにはならないと踏んでいたのだけれども。
「…え、何その表情。」
目の前のマロンがかわいそうな者を見る目でこちらを見ている。
非常に嫌な予感がする。
「あのね、ちょっとは私以外とも話した方が良いよ。ここでの『地獄』ってのは多分――――『実務部』への異動だよ。」
それの何が問題なのか。
いや、出世コースから外されるという意味ではそうだけれども。
同じギルド内なので問題無いのでは?
…問題あるんだろうなあ。マロンにしてはすっごい深刻な表情だ。
今になって少しの後悔が押し寄せてきてしまった…。
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