魔法密室

上野遊

序章


 大前提。『全ては終わったことである』。


 この物語は、私が体験したある事件に、後日の取材と、ほんの少しの想像による補填を施したものである。事実に即しているが、正確な事実ではない事を、事前に断っておきたい。

 明らかに史実ではない。

 明らかに虚実でもない。

 どこまでが「真実」なのかは、おのおのの判断にお任せする。私個人としては、これがあの事件――実際には未解決に終わった殺人事件の――一つの回答である、と信じるのみだ。

 要するにただの「物語」であり、それ以上でもそれ以下でもない。かんぐろうと思えばできないことはないが、無駄な努力に終わるだろう。

 こんなことを断っておく理由は一つだけである。

 私があの事件の関係者だからだ。

 すでに帝国は地図の上になく、真相が知れたところで国際情勢に変化は生まれない、と私は信じている。しかしながら、私の行為は間違いなく、犯罪として糾弾される性質のものだった。

 崩壊した帝国の当局が今も活動しているはずはないのだが、万一の、関係者の報復を恐れ、私が誰であるかは明かさない。――もしあなたが重度の活字中毒者であるなら、文体から推測できるかもしれないが。それでも、私(もしくは事件の関係者)の正体を突き止め、告発しようとするのは止めて欲しい。それで帝国が復興するわけでも、史実が書き換わるわけでもない。もちろん、個人的な裁きを下そうとするのもご遠慮願いたい。あなたにとっての真実が、すべての人間に受け入れられる真実だとは限らない。

 それに、私が誰であるか、何をなしたのか、そんなことは本筋とは無関係だ。

 それでもこのような序文を設けたのは、(書かないほうが身の安全のためであるのは承知している)ただ一人だけ、どうしても私の導いた回答を伝えておきたい相手がいるからである。

 私の行いによってかなりの迷惑をこうむったであろう相手に謝罪したい――いや、違う。恐らく私は、自分の行いを正当化したいのだろう。「あの時はああするしかなかったんだ」と、犯罪者の多くが法廷で証言するように、この文章を書いているだけなのかもしれない。

 失礼。

 冗長な前書きはこの程度にしておこう。

 ここで言い訳をしなくても、本文を読んでもらえば、彼女には通じるはずだ。それ以外の方はどうか、純粋に謎解きを楽しんでもらいたい。

 では始めよう。あの――


『魔法密室』の物語を。


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