ワンルーム・サマーバケーション

ハルゥ

ワンルーム・サマーバケーション

「.......マジか。」


 朝、エアコンのリモコンを連打しているナツは額に汗を浮かべながら呟く。電源ボタンを連打しても、リモコンの表示が着いたり消えたりするだけで、肝心のエアコン本体はうんともすんとも言わない。


「壊れたっぽいな。エアコン使えないって勘弁してよ.......。」


 茹だる暑さに参る日々。楽しい夏休みも、過ごす部屋が涼しくなければ楽しさも半減する。高校生で一人暮らしをしているナツにとって、エアコンが動かないことは死活問題なのだ。


「そうだ、扇風機出そう。」


 ナツがこの部屋に越してきたタイミングで買った扇風機。最初は一人暮らしなので、扇風機だけで乗り切れるとタカをくくっていたのだが、やはりそこは日本の都会の夏。そう甘くはなかった。耐えられない連日の暑さにエアコンを付け出し、使う機会の減っていた扇風機だ。


「あ゛ぁ゛ら゛〜.......。」


 扇風機からそよそよと心地よい風が吹く。

 それに呼応して発せられた情けない声が扇風機の羽に切られ、不思議な感じで耳に届く。その声につい、ナツは笑みを零す。


「実家とか、おばあちゃんの家でもこんなことして、笑ってたなぁ。お母さんには、はしたないからやめなさいって言われたけど、結局家族みんなで遊んじゃってたな。」


 扇風機の涼しさも悪くは無い。エアコンは神格化されているが、扇風機も捨てたものでは無い。


「.......宿題やろう。」


 高校生に限らず、学生の夏休みに付きまとうもの、それが宿題。楽なものから面倒なものまで幅広く、そして大量に出される、いわば夏のストレス製造機。

 ただ、この夏休みの宿題というものは不思議なもので小中高と上がっていくにつれて、反比例的に量が少なくなっていく。今年高三のナツは、ほとんど無いに等しい宿題を今日に終わらせてしまおうとしているのだ。

 黙々と、ワンルームの部屋にセミの鳴き声とシャーペンと紙が擦れる音が響く。ナツの部屋に静寂が続く。が、日本の夏はそう甘くなかった。


「.......暑っつい.......。」


 つい漏れ出た言葉と共に、ナツは机に突っ伏す。


「なんなんだこの暑さ.......。バカじゃないのか今年の日本は.......。なんでこんなに暑いの.......。」


 記録的猛暑が各地で記録される今年の夏。

 テレビのお天気コーナーで天気予報士が命の危険を警告するくらい暑い今年の夏。

 宿題に集中できないほど暑い今年の夏。


「な、なんかこう涼しめるところは無いのかな.......。」


 スマホを手に取り、チャットグループを見る。グループにはナツの友人たちが、既に会話をしていた。


『あれ?既読増えたね。』


「私だよ。」


『おーナツきたー!』


 チャットのメンバーがナツの4文字の言葉に反応を示す。


「私の部屋のエアコン壊れちゃってさ。今部屋の中サウナ状態。」


『うわぁー最悪じゃん。』


『でも常にデトックスできるね。』


「うれしくないよ。」


『ですよねー。』


 友人からのジョークにツッコミのリプライを返す。チャットとはいえ、友人たちと話している間は夏の暑さが和らぐような感覚になる。.......そんな感覚があるだけ。1度も体感温度は下がってはいない。そんな暑さが続く夏。


「.......でも嫌いじゃないな。私は。」


 ナツが好きな夏という季節。

 当たり前だが一年に一回しか来ない季節。

 その暑さは永遠に続きそうなまとわりつく暑さ。

 そう、まとわりつく。

 じっとりと。


「んんんんん.......っ!やぁっぱ無理ぃ!!!」


 スマホを再び手に持ち、エアコン会社に連絡する。


『はい、こちらエアンコ株式会社修理相談窓口です。』

「すみません、家のエアコンが壊れたみたいなんですけど.......。」

『なるほど.......。それでは、お客様の情報をお教えいただいてもよろしいでしょうか?』

「はい。えー、名前が.......。」


 顧客情報との照らし合わせが終了し、作業員が派遣されるまで待つことに。


「30分くらいか.......。しかし、こんな宅配感覚で修理屋さんが来てくれるなんて.......。それに、無料サポート期間だったしラッキーラッキー。」


 扇風機で暑さをしのぎつつ、宿題をして修理が来るまでの時間を潰す。ついでに、グループに事の顛末を伝えることに。


「エアコン、即日対応で修理が来てくれることになったよ。」


『マジで!?ラッキーじゃん!!』


『修理費大丈夫なの?』


「そこも無料サポート期間でタダだってさ。」


『全自動強制デトックスルームからの脱却だね!』


「どうしても私の家をサウナか何かにしたいようだなアンタは。」


 友人たちとのチャットに花を咲かせていると、家のチャイムが鳴った。モニターを確認すると業者が来ていた。身体を弾ませながら玄関を開ける。


「はいはーい。.......ってあれ?ナツキじゃん、どうしたの。」


「どうしたのってお前な.......。兄貴の仕事くらい覚えとけよ.......。見覚えのある住所だと思ったら.......。」


「そういえばそうだったね。アンタの仕事。まあ、エアコン直したら、早速キンキンに冷えた部屋で、アイスでも食べようよ。無料っていっても、それくらいはご馳走するよ。」


「マジで。いちごアイスは俺に置いとけよ。爆速で直してやっからな。」


 ナツの兄であるナツキは作業に取り掛かる。


「んー.......。ファンがやられてんのかな。」


「.......なんか、ナツキ、なんだかんだいってウチに来るね。」


「仕事柄もあるだろ。お前、去年の夏も壊してたろ。」


「壊した、じゃなくて壊れてた、ね。なんでウチのエアコンはすぐ機嫌悪くなるかね。」


「それ、実家でもそうだったろ。それで親父がいつも直してた。」


「それでナツキもエアコン屋になったと。」


 なんだかんだといって、毎年来る夏は同じような過ごし方をしている。エアコンを直す兄を見ながら勉強をする。こんな過ごし方を去年もしていた。

 そして、小さい頃は兄とふたりで宿題をしながら、壊れた実家のエアコンを父親が直しているところを見る。


「よし直ったぞ。」


 ナツキがエアコンのリモコンを持ち、電源をつける。ナツは作業で汗だくになったナツキにタオルを渡す。


「サンキュ。」


「はい、アイス。」


「いちご。ナイス。」


 机を2人で挟み、アイスを食べる。


「.......おいし。.......涼しい。いいね。夏って。」


「そうか?暑いのは真っ平御免だ。」


「そう?暑いだけじゃないよ、夏のいい所は。」


「何がいいのかねぇ。.......ま、エアコンの効いた部屋で食うアイスは格別だけどな。」


「ほら、夏のいい所あった。」


「これは夏のいい所なのか?」


 ナツはアイスをすくったスプーンを咥えながら、笑顔をうかべるが、ナツキは困惑した様子でいちごアイスを食べる。


「うん、何も変わらないこの夏がいい。」


「まあ、それもそうか。」


「でも、今年は変えなくちゃ。」


「そうだな。」


「.......受験、大丈夫かな。」


「頑張れよ。受験。ある意味、最後の夏だぞ。」


「いつも通りの夏が変わる。.......でも、それも楽しいかもね。」


「中々に楽しんでるじゃん。相変わらず楽しげな妹だな。」


「楽しくなきゃ、面白くないからね。変わらない夏が面白かったけど、今年の変わる夏も面白そうじゃん。」


 よく出来た妹だと再びナツキは感心する。

 エアコンの音と兄妹の喋りが響く、いつもの、少し違うワンルームの夏休み。

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