忘却
カフェオレ
忘却
「君を忘れている時間が長くなった」
そう呟いた僕、君は今どこにいるのだろう。
具体的な場所ではなく、「君」という存在、「心」といえばいいのだろうか。
君はよく笑う人だったね。
忘れないでいたつもりだけど……あれだけの思い出があるのに……
ダメだ、うまく思い出せない。
一年前、君は言った。
「どうして?」
僕は答えた。
「これが僕なんだ」
あの時、どうして開き直ってしまったのか。いや、すでに諦めていたのだ。僕らの関係はもうお終いだと。
泣いてこの部屋から出て行く君を追いかけた。
あの時、僕は……
ドライブに行ったね。張り切って二人で歌いながら車を走らせた。助手席にいる君の横顔が見たいけど、ちゃんと前見てってちょっと怒られた。
途中で道に迷っちゃって、陽が沈んだうえに暗い森に入って今にも泣き出しそうな君を抱きしめた。
「嫌だ、怖い」
「大丈夫だよ」
頼りない言い方だった。そのせいで君を不安にさせてしまった。でも僕はそんな君が愛おしくてたまらなかった。
その時は……
二人で料理もしたね。いっぱい作って、いっぱい食べた。
不器用な僕は指を切っちゃって、絆創膏を巻いてくれたね。自分で巻けるのに私がやる、なんて言って……
でも本当に君の料理は美味しかった。嫌いなものも君が料理してくれたら、何でも食べれたんだ。
食べ終わると君はすっかり眠ってしまった。お腹いっぱいで幸せそうな、まるで眠り姫のようなその寝顔は……
あの時は……そうだ。
片付けが大変だった。
……そうだ、あの時は包丁だった。
君の心臓を一突き。せっかくの寝顔は苦悶の表情になってしまった。
そしてあの時はこの腕だ。嫌がる君を締め上げたんだ。
一年前なら鮮明に思い出せるぞ。裏庭の納屋にあったシャベルだ。
ちょうど今日みたいに君が思い出せなくて、そしたら君に見られたんだ。
真夜中のこと、君が起きてくるとは思わなかった。
「どうして?」
怯える君の瞳。何を言っても分かってもらえないだろう。そう思うが先か君を追いかけたね。
追い詰めた行き止まり、狙いすました矛先、山間に
鉄の匂いはシャベルを染めたが、ちょうど雨が降ったんだ。全て綺麗に洗い流してくれたよ。
ああ君は一体、誰だったかな。
君を忘れている時間が長くなった。
思い出せない、あんなに愛していたのに。
僕はシャベルを手に取ろうとした。その時
「ねぇ、ちょっと来てよ」
不意に彼女に呼ばれた。今はやめておこう。また見つかったら大変だ。
「はーい」
君の心の在り処は分からない。けれど確かなことは君はここにいるということだ。
そう、君たちはここにいる。真っ赤な紫陽花が咲くその下に。
忘却 カフェオレ @cafe443
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