FILE161:闇の妹を阻止せよ

 それからまた別の日、ロザリアとエリスをリフレッシュさせるために家族旅行などの段取りを決め終わって、空いた時間にようやく一息つけていた時のことだ。

 にこやかだったロザリアが再び、血相を変えて頭を抱え、苦しみはじめた。


「あ、頭に入ってくる……もう1人のあたしの……!」


「ロザリア!」


 愛する妹の異変に気付いて駆け寄ったアデリーンはネクサスフレームの治癒能力を発動させようとしたが、しかしロザリアは拒否する。

 自分の力で治そうというのか。


「いいんです、行ってください。その方が早い……ううっ!」


 どこかでダークロザリアの力が増しているせいなのか、発作は激しく、彼女は呼吸を乱してのたうち回る。

 父・アロンソが彼女を「よーし、大丈夫だ。治るからね、きっと……」と言い聞かせながら抱いて、この場は落ち着かせた。

 何度も同じような発作が起きれば彼らも慣れるというもので、既に母のマーサと姉のエリスは保冷剤と濡らしたタオルを用意しており、幸い彩姫も病院から来ていたので寝かせる準備もバッチリ。

 反面、この一家と彩姫にとっては、ロザリアの現状にことが怖くもあった。

 

「敵が出たんだろう。あとは父さんたちがロザリアを見ておく」


「私たちで何とかしてみるから、姉さんは行ってください!」


「わかったわ。……ロザリア、絶対に安静にしててね!」


 勇ましい顔を見せた父と1つ下の妹らに凛々しく返してから、アデリーンは家を出てバイクに搭乗。

 ダークロザリアと思われるとびきり邪悪な力が感知された方向へと疾走する――。

 その途中で黄色い専用バイクに乗り込んだ蜜月と、なぜだか偶然落ち合う。


「どうだ、ロザリーの様子は……」


「ミヅキ! なんで?」


「あ~、ブレッシングヴァイザーがディスガイストの反応を感知してくれてぇ……」


「それより、ロザリアのことは気にしないで。何とかするための方法も目処がついたし」


「だといいんだけどね……」


 他愛のないやり取りを交わしてはいたが、2人そろって心の中は緊迫している。

 以前ダークロザリアが姿を現し、街を破壊したときのような惨状になっているかもしれないために。



 ◆◆◆



「ウホ、ウホ、ウウッ、ハーッ! ウーッ! ハーッ! 壊してやる! 潰してやるぞ! ウーハーッ!」


「アッハハハハハハハハ! 傑作だわ! やっぱり、常にこれくらいはやってもらわないと。ねぇ……」


 現在アデリーンと蜜月が向かっている区画では、ゴリラガイストに変身してしまったロバーツが大きな腕にダンベル型の武器を握りしめて、一心不乱に地面やビルの壁へと叩きつけている。

 負の感情のエネルギーによって暴走させられ、変わり果てたロバーツの姿を高台から見下ろして、ダークロザリアはバラエティ番組を見ている子どものように面白がっていた。


「お子ちゃまが! あまり遊びすぎるな! あまり目立つとヤツらが来てしま――」


「うるさいですね……」


「ヴァァァッ!?」


 彼女に同行し、ややヒステリックに不快さを示したクセ毛で眉毛が枝分かれした男性・雲脚の片手に火が付く。

 彼は大慌てで息を吹きかけるなどして消火しようとしたが、消えない。

 適当なところでダークロザリアが自ら火を消した。火を自在に操るということは、そういう芸当もできるということだ。


「あたし、あなたのことキライなの。あなたとミヅキのせいでオリジナルが逃げられなかったもの」


「フゥーッ、フゥーッ、そうしなくては、お前は生まれなかったのだぞ。誰のおかげで、地に足をつけていられると……」


「雲脚ぃいいいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃッ!」


 彼がダークロザリアへ抗議を続けようとした刹那、アデリーンと一緒に到着した蜜月が開口一番にその名を叫ぶ。

 2人そろって剣呑とした表情をしており、目の前の邪悪への激しい怒りを包み隠さず表していた。

 ゴリラガイストと化して暴走しているロバーツは、一瞬でも正気に戻ったか、破壊行為をやめて彼女たちのほうを向いて近寄る。

 2人とも気付いているが、雲脚らの油断を誘おうと考えたか、あえてそのまま――。

 そんな2人を見てもダークロザリアは平然と笑っていたが、雲脚は萎縮して一歩下がってしまう。


「ええい、もう来たのか! 裏切り者どもめ……!! 醜くて、力も弱くて頭も悪い、自分よりもはるかに劣るヤツらをそんなに守りたいか!?」


「その自分以外を下に見た物言い、相変わらずね、マサユキ……。こんなバカなことは今すぐやめなさい。あなたもね、もう1人のロザリア!」


「やめるわけないじゃん! あたしは、あなた方にも、隣のこいつにも、世界中すべてにもやり返してやらなきゃ治まらないの。お姉様なんだからわかってよ」


「何度も言わせないで。あなたはロザリアにして、ロザリアにあらず。私が責任をもってあなたを倒す」


「小娘がっ! 自分の欲求だけ満たすつもりか? 僕は、我々の実験の成果を試すために兜や禍津からこの作戦を引き継いだのに……!! こいつを見ろッ!!」


「グルーッ! 歩けッ!」


 雲脚が歪んだ顔をしながら主張した後、指をパチンと鳴らして戦闘員たちと捕虜兼被験体らしき男性を呼び出す。

 彼は抵抗したものの、すっかり弱っており振りほどけずにいた。

 アデリーンらも目を見開き、信じられないような表情をする。


「兜が前もって、闇のリトル・レディに製作協力を依頼したバーナーのマテリアルスフィア……そのスペアだぁぁぁ。前に君らにやられた出来損ないとは、仕上がりが違う。ヤツに代わってこの生ゴミに使い、成果を試そうというわけだ!」


「同じ人間同士なのに。よくそんなことが恥ずかしげもなく出来るわね、この悪党!」


「何を今更! こんなクズみたいなモルモットに人権などあるものか――ッ!」


「させるかよ!」


 高台のすぐ下へと飛び出して未然に防ごうとしたアデリーンと蜜月、しかし両脇に潜んでいたシリコニアンたちが放った電磁ネットにより拘束されてしまう。

 凍らせて抜け出そうとしたアデリーンだが、ネットが帯びている電流が強かったために冷凍エネルギーが発動できない。


「フウウウンッ!!」


「や、やめてくれ、やめ……オアッ!? ホワアアアアアアア~~~~~~!? …………メラゾォォォ! メラボーボーッ!!」


 モルモットにされていた男性の姿は、溶けた鉄のようなボディと赤橙色の装甲を持つバーナーガイストへと変わってしまった。

 三重で暴れていた個体とは違い、彼が変身させられた個体はカメラアイの色が毒々しい紫色へと変わり、ボディにも紫や赤色のヒビがところどころに入っている。


「なんてことを!」


「うるさ――――い! 地上から腐ったクズどもを一掃するにはちょうどいいのさ! やれバーナーガイスト2世よ! 日本列島灼熱作戦は僕が成功させてやるぞ!!」


 気だるく呆れた顔をしたダークロザリアに、雲脚は膝を蹴られた。


「1人で勝手に盛り上がってさあー。トーローさんたちから聞いちゃったよー、芸術家崩れだって?」


「あだだだっ……人の古傷をえぐるなーッ!」


 《タランチュラァ――!》


「ロバーツとやら、お前も来い!!」


「ウーハーッ!?」


 青いグロテスクなタランチュラ怪人と化した雲脚は、両手の指先から硬くしなやかな糸を放ちゴリラガイストの巨体を引っ張る。

 彼の巨大な力とバーナーガイストの炎の力を利用して、アデリーンと蜜月を徹底的にいたぶって2人の美貌をズタズタにするためにたぐり寄せたのだ。


「No.ゼ~~~ロ~~~、僕はすこぶる機嫌が悪いのだ。貴様らのマスクを割って、そのきれ~~~~な顔を剥いでやる……!!」


 鋏角がグロテスクにうごめく口を開けて下劣な言動と舌なめずりを行ない、そのつもりはなくともアデリーンたちの士気を下げた彼は両腕からクモの爪のようなおびただしい数の突起を伸ばし、前進してから急所に突き立てようとする。


「ウワッ、キモいぞ! それでも元芸術家か!」


 電流のせいで苦しいはずの蜜月は、片目をつむりながらも、あえて相手にとって最も触れられたくないものに触れて煽る。

 タランチュラガイストと化した雲脚は実際に手を止めた。


「余計なお世話だ! 生ゴミくさい下等な価値観を押し付けるなーッ! 裏切り者のお前たちには、そのくらいの報いは受けてもらわないと面白くないからねぇ~~~~ッ!!」


 ヒステリックにわめき散らしながら、地団駄を踏んだタランチュラは6つの目をせわしなく動かしながらしゃがんで、2人のスーパーヒロインをにらみつける。

 低く唸り声を上げてから、強酸で出来たヨダレまで垂らして不気味極まりない。


「それにNo.0のほうは皮を剥いだってすぐ再生して治ってしまうだろう。しかし、そこの裏切りクソビッチはどうかなぁ――――――っ!? 普通の人間であることがアダになるな、想像してみなさいよ! うひゃひゃひゃきひゃひゃひゃ! シェ――――!!」


 それなりにルックスが整っている変身前からは想像もつかないほど、猟奇的でゲスな発言を連発する雲脚昌之くもあし まさゆきに対し、2人は悟られない程度に静かな怒りを燃やす。


「くっちゃべってないで、やるならやってくださいよ」


「どうした、リトル・レディ! お前自身の手で、大好きな姉に復讐してやりたいはずだ! シェ―――――ッ!?」


 自身も降りて急接近を試みたダークロザリアは炎をまとわせた腕で振り払い、タランチュラをどかす。

 背中から生えたクモの足をグロテスクに動かしながら転倒した姿は、死ぬ寸前に丸まって縮むクモ類の節足動物のようだった。


「姉様が再生できないように燃やし尽くして……と言いたいところだけど? ふん!!」


「メラァ~~~~~~!?」


「ウホオオオオオオオ」


 電磁ネットを燃やしたダークロザリアは、続けて攻撃を加えようとしたバーナーガイスト2世を制止し、また混乱し始めたゴリラガイストには完全に精神をコントロールすべく――黒いレーザー光線をぶち込んだ。


「あなたが殺したいのは私でしょう!」


「そうだけどね? もう1人許せない人がいるんだよね? 絶対に……絶対絶対絶対絶対、ぜーったいに!」


 ダークロザリアは姉・アデリーンに対し嘲笑うように新たな事実を突きつけ、既に赤黒い炎をその手のひらに浮かび上がらせていた。

 皮肉なことにアデリーンはカンが鈍ってはいないのですぐに察しが付く、その理由は――!


「ねえ、ミヅキお姉さん? いや…………ミヅキッ!!」

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