FILE159:私たちはどう向き合うか

 ダークロザリアに敗れてしまったアデリーンと蜜月は、助けたカップルを安全なところまで送り届けた後、ロザリア本人の容態を確認するためそのままクラリティアナ邸へと向かう。

 彩姫やクラリティアナ夫妻の話によれば、先ほどまで彼女は痛みに耐えきれずにじたばたするほどに苦しんでいたが、今は落ち着いているようだ。


「そんな、もう1人のあたしが……? やっぱり関係してたんだ……」


 なぜ頭が痛むのか?

 なぜ胸が苦しかったのか?

 なぜ急に倒れてしまったのか?

 その理由はたったひとつ――。

 今、ソファーに座って落ち込んでいるロザリア、彼女自身から独立した負の感情がダークロザリアとして実体化してしまったからだ。


「恐れていたことが現実になってしまった。自分の望みは本体の望んだことだとか、メチャクチャなことばかり言いながら炎をまき散らして……。信じられるわけ無かったわ。だってロザリア、あなたはそんなひどいことを考えるような子じゃないもの」


「確かに、ヘリックスのやつらから拷問まがいの実験ばかりされて、嫌な気持ちにならなかったわけじゃないですよ。でも、そこまでしてやりたいなんて思ったこと無いのに……」


 クラリティアナ姉妹の長女は沈んだ表情で胸に手を当て、十四女は膝元に手を置いて目を伏せ、現状を憂う。

 茶菓子を持って来た次女のエリスも姉と妹の話を聞いており、いたたまれない気持ちになったまま奥のテーブルにいる父と母のもとへ。


「わからんでもないよ。気に入らねえもんはぶっ壊してやりてえ! 嫌いなやつは殺してやりてえ! そう思っちゃう気持ちって、誰でも持っちゃうもんだからなー……。それでも、やっていいことと悪いことの区別はつけなくちゃいけないんよ。これテストに出ないけど大事だからな」


 このままではいけない!

 元気づけてやりたいな――。

 そう思った蜜月は気を利かせ、少し芝居がかった動作も交え、ロザリアに知ってほしいことを説く。


「蜜月さん、言い方……」


 やや荒っぽく語ったためか、眉をひそめた彩姫から頬をつねられて蜜月もすこぶる痛そうだ。

 これにはアデリーンとロザリアもくすっと笑う。彼女たちの子の笑顔を引き出したかったのだ。


「でも、ちょっとだけ元気を分けてもらえました。お姉様、ミヅキお姉さん、お願いです。過ちを繰り返す前に……あたしの心の闇を止めてください」


 意を決した顔をして、尊敬してやまない2人に頼み込む。

 手をしっかりと握られたアデリーンは、そんな妹の姿に戸惑いつつも、自身も彼女がこれ以上傷付かないようにするための決心をした。


「もちろんよ。ロザリアのためならベストを尽くすから、任せといて」


「えぇー!? いいのかぁ、いくら邪悪な心の化身とはいえあんたんちの末っ子よ!?」


「だから、家族として責任を果たすんじゃない」


 やや大げさに驚いている蜜月の前で、アデリーンはハッキリと言い切った。

 ロザリアだけではない。

 エリスも、父も、母も、誰1人として傷付けさせやしない。

 そのために己自身が傷付いてでも、ロザリアから生まれたあの負の感情の化身を止めるのだ。


「私からもお願いします、アデリーンさん。医者として、これ以上ロザリアさんが苦しむところを見たくないですから――」


「はい!」


 彩姫からのたっての願いももちろん聞き入れて、アデリーンとしては準備は万端。

 これから妹と全く変わらぬ姿をした敵と戦っていくにあたって、耐えがたい辛さを感じなかったわけではない。

 理不尽さに激しい怒りや悲しみを覚えなかったわけでもない。

 自分まで感情に流されてはいけないと、そう言い聞かせてきただけだ。

 それに、彼女には妹に起きた異変を悲しむよりも優先してやるべきことがあったから、自然と希望を見出すことが出来たのだろう。



 ◆◆◆



「行くぞッ」


「あっそ。どうぞ……一応、ご一緒します」


 同時刻のヘリックスシティ、玉座の間がある城のメインホールにて――。

 帰るまでに傷を再生させたダークロザリアとは違い、ひどく傷ついた状態で帰ってきた円次は、彼女とは互いに険悪な雰囲気となっていた。

 ギスギスした状態のまま、回収して来たロバーツ青年を伴って階段を上がり大扉前まで移動し、そこから玉座の間へと足を踏み入れる。


「初戦にしては上出来だったようだね」


 中では、戦いの一部始終を見ていた久慈川くじがわら幹部たちが帰りを待っており、2人を出迎えた。

 一部、元幹部メンバーの彼も混じっていたが、1人だけ情けない顔でキョロキョロしており、完全に浮いてしまっていた。


「あたしは闘争心の無いオリジナルとは違います。人殺しにだってためらいは――」


「まあ、よかろう。しかしやりすぎぬよう肝に銘じておけ」


「ふんっ」


 いずれ、みんな灰になるまで焼き尽くしてから殺してやる。

 あたしとオリジナルを苦しめたこいつらは、1人残らず!

 オリジナルの無念を晴らすのではなく、あたし自身が喜び、満たされるために。

 ――ダークロザリアは赤と紫が混じった瞳に憎悪をたぎらせ、その心の中でどす黒く血塗られた誓いを立てた。


「ガハッ……、俺はじゃじゃ馬とこのモルモットの面倒を見る。来い……! はーッ、はーッ!」


 急にこのような不気味で得体の知れないところまで連れ去られ、言葉を失うほどにひどく萎縮していたロバーツの姿は久慈川たち幹部メンバーの目にも留まり、どのような実験に利用されもてあそばれるのか楽しみにする者もいれば、これからされるであろう仕打ちを想像して引く者、哀れむ者まで三者三様――どころではない。

 なお、ダークロザリアは兜に反発してついて行かなかった。


「モルモット? な、なんてひどいヤロウだ。今に始まったことじゃ……」


「貴様ぁ、それでもヘリックスの一員か?」


「ななな、なんでもない。なんでもありません」


「ぼさっと突っ立ってないでお茶淹れてこい。マテ茶がいい……」


「は、はいイイイー!?」


 覇気のない顔で弱気なことを言ったデリンジャーを引っぱたいた禍津は、彼が幹部ではなくなったことをいいことに使いパシリにし出している。

 お茶を淹れさせることや、トイレ清掃に天井・床下掃除などを無理強いするのはそれこそ日常茶飯事で――。


「早かったな。ふーむ、この独特の味と香り……って紅茶じゃねぇーか!」


 ティーカップに注がれたマテ茶と思しきものを一口飲む。

 味わって飲んでから、禍津はあることに気付く。

 捨てたり、茶をドリューの頭の上からかけるようなチンピラじみたはしたないマネは出来ないので、まずはケチを飲み干してからドリューを眼光鋭くにらみ、おびえさせる。


「マヌケェ! お茶もロクに淹れらんねえのか!? え゛!?」


「お腹に入ったら何茶でも同じだろぉーーっ!?」


 彼はまたグーで顔面をぶん殴られ、転倒した。

 追い打ちで蹴られる姿は、更にみじめなもので、しかしこの事態を重く見る者はいない。


「あっははははは! ブザマでおもしろーい……。そうだ、デリンジャーさん」


 這いつくばる元幹部の彼を見るなり、コメディ番組のギャラリーじみた高笑いを上げたダークロザリアは、他の幹部たちに高圧的な視線を配ってからデリンジャーに近寄る。

 ――非常に、やりにくそうだ。

 ただ1人、こんなムードの中でさえ楽しんでいる様子のキュイジーネを除いて。


「あたしの身の回りのお世話をしてくださらない?」


「こ、このガキぃ! 作り物のくせして何を偉そうに!!」


 起き上がったデリンジャーは距離を空けてから小さな彼女を指差して、きっぱりと断ろうと――したかった。

 抗議を続けようとした矢先に、パイロキネシスによって禍々しい赤と紫の火を点けられたのだ。


「あっつ!? あつ、あつ、あちゃちゃちゃ!?」


「あたしは作り物でも、お人形でもありません。だってダークロザリアだから」


 至極残念そうな顔で、出来の悪い召使いやペットでも見るような目をデリンジャーへと向けて憐れむ。

 マヌケに大慌てしてから彼は火を消すために水を被りに行って、大至急で戻るとダークロザリアをにらみつけた。


「こんなことして、タダで済むとぉオオ~~~~っっっっ!?」


「いいじゃないか。彼女のもとで雑用をするのも良い経験になるぞ。それに君はジャン・ピエールたちを見捨てたからな。当然の報いだ、ある意味ね……」


 大人げなくわめき散らす彼を、久慈川が制止する。

 彼の吸っていたタバコのにおいがキツかったので、ドリュー・デリンジャーは不快そうな顔をして奇声を上げて咳き込みつつ、鼻をつまんだ。


「悪うございました……! もうその話は」


「思い上がるな若造!」


 冷静な物腰を見せていた久慈川が、一転してドリューへと喝を入れる。

 そう簡単には、これまでの失敗の数々は『』として処理してはもらえない。

 それが彼が向き合わねばならない現実。

 サングラス越しに見せた鋭く威圧的な目は、ドリューをおびえさせるには、あまりにもおあつらえ向きであった。


「ひえッ、も、申し訳ございませんでし、たァァァ」


「分かればよろしい」


 タバコを携帯灰皿に捨ててチョコプレッツェルに持ち替え、久慈川はひとまずドリューの粗相を許してやることとする。

 しかし、であることは言うまでもない。

 そうしてキュイジーネに手招きをして、彼女の前でニヤケながらどこかへ場所を移した。

 行く前に、ダークロザリアには親のような眼差しを向けていたらしい――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る