FILE158:実体化した負の感情

「窮屈だったなぁ…………。いい子ちゃんの本体にずっと閉じ込められて、そこのタキプレウスたちにはいじめられて。なのにあの子はお姉ちゃんが助けに来るのを待つばかり、仕返しされたら怖いからって何も出来なかったんですよ?」


 見下ろす姿勢のままで彼女がつむいだ言葉はいずれも、ロザリア本人ならば絶対に言わないようなことのオンパレード。

 すべてを憎むような口ぶりは、アデリーンをぞっとさせるにはもってこいだった。

 「妹はそんなこと言わない!」で、思考停止してしまっていいものなのか――。

 否、ダークロザリアの言うことに流されてはならない。


「でもねぇ、それももうおしまい。あたしはね、あの子に溜まっていたうっぷんをすべて晴らしたいの」


「やめなさい!」


 自身よりも背が高い姉からの怒りを買い、両肩をつかまれてもダークロザリアは平然と嗤う。

 円次も同様に、戸惑う蜜月から襟首をつかまれた状態にもかかわらず不敵な笑みを浮かべている。


「なんだその言い草は? 姉ちゃんならば妹の望みをわかってやれ」


「理解者ヅラしやがって! それが大人の言うことか!? 兜ッ!!」


 自分の事のように激昂した蜜月が円次を殴り、そのままマウントを取って一方的に殴り続ける。

 さすがの円次もこれには焦った。

 なんとか抜け出した彼は、「殺されてなるものかよ!」と、カブトガニの紋章入りの緋色のジーンスフィアを使い、再びタキプレウスガイストへの変身を遂げる。


「やめるわけないじゃない。あなたもお姉ちゃんなら、わかってくれるよね?」


 両目を見開いた表情を作り、狂気をはらんだ笑顔を見せるダークロザリアを前にアデリーンもマスクを展開して素顔をさらけ出す。

 それは、妹の闇の主張を否定する意志をより強く示すため。


「……断る。あなたはロザリアではない。いくらロザリアと同じ姿形をしていても、あなたの思い通りにはさせないわ」


 ロザリア本体とまったく同じ顔だから困惑し、ためらうと、思考も闇そのもののダークロザリアはきっとそう考えていたはずである。

 やや見通しが甘かったようで――、姉たるアデリーンは険しい顔で、己の確固たる意志を突きつけるようにそう言い返した。

 つい先ほどまではそれなりにショックを受けていたのになぜなんだ、と、闇のロザリアは一転してつまらなそうな顔をする。


「そっか……。それじゃあ、しょうがないや。ヘリックスに生まれし者はぁ、……ヘリックスに還れ」


 アデリーンから離れたダークロザリアは背中に炎の翼を展開、やはり禍々しく毒々しい赤と紫と黒に燃焼していた。

 姉を懐柔あるいは油断させる算段が失敗に終わった苛立ちもあったようで、だんだんと声にもドスを利かせ、更なる殺意と敵意をむき出しにした。


「アハハハハハハハハ! アッハハハハハハハハハハハ!!」


 まず仕掛けたのは闇のロザリアのほうだ。火球を連続で投げつけたかと思えば、突然レーザーのように黒々とした炎を撃ち出して周囲をますます激しく焼き払う。

 一応味方のはずの円次さえも巻き添えにするのは変わらず、と見なしたゴリラガイストもその対象に含まれる。


「もっと遊んでほしかったけどぉ、あたしにはオモチャがあるから。ノビてんじゃないわよッ! 起きて!」


 マスクを再び閉じて急接近したアデリーンの斬撃を回避すると、ひるんでいたゴリラガイストに急接近して無理矢理起こす。

 常人とは比べ物にならない能力を持つダークロザリアでも、2メートル越えで超重量の巨体を起こすのは難しかったようだ。

 手間取っている彼女の隙を突き、アデリーンはあえてゴリラガイストとダークロザリアをアイスビームで同時に撃ち抜き、変身解除へ追い込む。

 ゴリラの紋章が描かれたスフィアがその場に転げ落ち、蓄積されたダメージの影響を受けて砕け散るとダークロザリアの血相が変わった。


「よかったです、あなたもやっと落ち着けたって感じね……お名前を」


「ろ……、【ロバーツ】」


「ロバーツさんは私たちがお守りします」


 煙が立ち込める中に倒れる外国人の男が、無理矢理ことを察したアデリーンは彼に背を向ける。

 彼を見捨てるのではなく、彼をダークロザリアや兜円次から守るために。


「なんで邪魔ばっかりするかなぁ!? ホントは、あそこのエンジ・カブトだって殺してやりたいのに何すんのさッ!」


「妹を名乗るなら、お姉ちゃんの言うことを聞きなさい。私はね、あなたにそんなことはしてほしくないの。本物のロザリアがあなたのやろうとしていることを、望むと思う?」


 いきり立つダークロザリアがカブトガニの上級怪人となった兜円次を指差し、一瞬たじろがせたが、それは蜜月にとって好機となった。

 盾を構える前に目玉を突かれて痛々しくうめき声を上げる兜を見て、少し安心したアデリーンは、ロザリア本人に説教するノリでダークロザリアに話しかけ、的確に揺さぶりをかけていく。


「じゃあ、もあたしの言う通りにしてくださいよ」


 ダークロザリアは歪んだ笑みとともに空を飛びながら回し蹴りを繰り出すが、アデリーンはその場から微動だにせず、一瞬の隙を突いて思い切りパンチする!

 妹の負の感情の化身だろうと関係なく、いまさら躊躇はしないということだ。


「殴ったね……!?」


 生身の相手――ではあるが、邪悪とあれば話は別。

 ましてや妹の心の闇だというなら、なおのこと己の手で正さねばならない。

 顔を傷つけられて激怒したダークロザリアは目をむいて、両手から邪悪なオーラを放つ。


「燃え尽きろぉ――――!!」


 赤や紫色の禍々しい炎の波が辺りを包み込み、すべてを燃やし尽くさんとする。もちろん敵味方は問わない。


「ぐあーッ! ええい、加減が効かないらしいな。あのじゃじゃ馬めぇ……」


「どこ見てんの!」


「カッシ――――ス!?」


 感情に左右されすぎる闇のロザリアに気を取られた隙を突かれて、またも額の目や関節などに追撃を食らい、火花を上げながらタキプレウスは追い込まれる。

 強さは互いに拮抗していたはずなのに――。


「お姉様が悪いの! あたしのやりたいようにやらせてくれないから」


「あなたはロザリアの心の闇であって、ロザリア自身ではない」


「あっそ! お姉様なんかもう知らない」


 責任転嫁を始めたダークロザリアは拳を突き出しての体当たりを繰り出すが、アデリーンはビームシールドで受け止めて相手の拳を凍らせる。その隙にラッシュをかけた!

 ダークロザリアも負けじと連続でパンチで繰り出し、打撃と打撃の応酬がはじまる。

 勢いで闇のロザリアのほうが押し通したように見えたが、アデリーンはフィニッシュをかわして反撃に転じ、下アゴに強烈なフックをぶちかました。


「もっかいあの男をゴリラガイストにしてやる……。どうにでもなっちゃえ~~~~!」


 歪みきった表情で左手の指先から赤黒い閃光を放とうとする、最初にロバーツと接触したときのように。

 ――手元にジーンスフィアは無いが、つまり洗脳し直してまた凶暴化させてやろうと思ったのだ。


「てい!」


「くッ! ヤケドじゃ済まさないんだから!」


 しかしアデリーンがその蛮行を許すはずもなく、ビーム銃で牽制射撃をしつつ割り入って妨害。

 更にビームサーベル・【ブリザードエッジ】に持ち替えて連続斬りを放ち、回避し続けたダークロザリアの右肩をかすった。

 怒った彼女は、アデリーンの左腕を右手でつかんで燃焼させようとしたが同程度の強さの冷気を放出されたため相殺され、やむを得ず手を離した。

 反動は大きく、一瞬だけだが右腕を押さえた。その刹那、ダークロザリアの視界に逃げ遅れたカップルが留まる。


「へぇ、まだいたんだ。お姉様たちより先に、あの人たちから焼いちゃおうか」


 阻止しようと動くアデリーンと蜜月だが、円次が剣を振るって衝撃波を何発も放って爆発を起こし邪魔をする。

 ダメ押しと言わんばかりに飛びあがって斬撃を放ち、雄叫びを上げながら2人を同時に相手して暴れ散らす。


「残念ですがさようなら……っ!?」


 指先から火の玉を放って焼き殺そうとしたが、彼女は寸前で頭を抱えて倒れ込み、その場で激しく苦しみ出した。


「うあっ! あっ、あっ、あっ、きゃああああああああああああああ!? く、くそ、オリジナル……あたしの本体め……!」


 さすがに心を痛めたアデリーンと蜜月は複雑な胸中のまま、円次を退けて止めに行こうとしたが彼に剣からの衝撃波やビームを連発されて足止めされてしまう。


「くーっくっくっくーっ……これは面白い。やはりいつまでも好き放題できるわけがなかったのだ」


 兜円次はもがき苦しんでいるダークロザリアに目もくれず、ロバーツをさらおうとするが、そんなことを2人のヒーローが許すはずもなく迎撃される。

 だが円次は荒々しく剣を振り回し、彼女たちがかばっていたロバーツをまんまと捕らえてしまう。


「ロバーツさん!?」


 取り返そうと飛び出すアデリーンの前に、怒り狂うダークロザリアが立ちはだかり炎の壁を作って阻害する。

 すぐに冷気を発生させて消そうとするが、相手からサマーソルトキックを浴びせられ、ロバーツには手が届かなかった。


「帰らせてもらおう。お前たちは、そうやって守る価値もない愚民ブタどもを守るために苦しんでおれ。ではごきげんよォ~~~~、No.ゼ―――ロ―――!」


「不愉快……!」


 憎々しげに見つめるダークロザリアとは対照的に、ロバーツを拘束した兜円次は事態が自分の都合のいいように好転したこともあってアデリーンたちを嘲笑している。

 そして捨て台詞を吐き、そこから消え去った。


「ちくしょう、あのクソロン毛ぇ。ほんとにブッ殺すぞ……」


 変身を解除した蜜月は近くのガレキを叩いて心底悔しがる。

 無理もない。

 運よく助かったとはいえ、完敗したのだから――。

 しかし、相棒の切ない表情を見て、自分自身を落ち着かせる。

 いつまでも怒っていたら彼女が安心できないから。


「アデレード……」


「怒りすぎて。かえって頭が冷えてきたわ」


 そんなアデリーンは蜜月に心配はかけさせまいとして哀しみをこらえ、気丈な振る舞いを見せる。

 虚勢ではないが、蜜月は目を伏せて結局彼女の身を案じている。


「だ、大丈夫?」


「うそ。ほんとは休んだ方が良さそうだわ……ロザリアも心配」


 ため息まじりにつぶやくアデリーンを前にして、蜜月がとった行動はたった1つ。

 笑顔になってから、彼女の背中を「ポン」と叩いた。


「ゴリラにされてたロバーツさんな、絶対取り戻そう……!」


「そうね!」


 感情に囚われすぎてはならないと、己を律したアデリーンは蜜月の言葉に頷いて帰路に着く。

 街はひどく荒らされ破壊されてしまったが、犠牲者が一切出なかったことは彼女らにとって救いであった。

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