FILE156:異変が足音を立ててすぐそこに
「それじゃあな~」
陽が沈みかけた頃。
お宝映像の閲覧と突発的な女子会を終えたアデリーンたちは、蜜月とムーニャンに見送られて解散。
綾女がこれまでと同じく、葵を家まで送り届けることになった。
「今度食事会やろうね。アデリンさんも、またね」
「はい」
高級マンション付近の道路で快く2人に手を振って別れると、自身もバイクにまたがって帰路に着く。
慌てずゆったりと自宅まで走り、外でバイクを停めてから玄関に上がる。
意気揚々と――。
「ただいまー。……どうしたのッ!?」
靴を脱いでリビングに上がった時、信じられぬものを見てしまった。
ぐったりとソファーでうなだれているロザリアと、今にも泣きそうになっているエリス、戸惑いを隠しきれない両親の姿。
ただごとではなかったし、アデリーンも血相を変えて母に駆け寄った。
「わからない! 急にロザリアが熱を出して倒れて……」
「く、苦しい。体が……熱いんです。
「ロザリアがもう1人? 何を言って……はっ!?」
以前にあの憎たらしい兜円次が見せびらかしていた、【心の聖杯】に取り込まれた彼女の【心の闇】のことなのか?
いや、まだそうであると決まったわけではない。
早計だ、事実であるかどうか確かめるまで断定してはならない。
こみ上げてくる不安を押し殺して、クラリティアナ家の者たちは皆、地下にある秘密基地に降りて、メンテナンス用のカプセルがある部屋までロザリアを運び込む。
彼女を培養液で満たされたカプセルに入れ、息を呑んで見守っていると――。
同基地を管理しているスーパーコンピューターの【ナンシー】が、結果をはじき出した。
「【ナンシー】、ロザリアに何があったかわかった?」
『熱はおさまったみたいですが、念のためお医者様に診てもらってください。人造人間と言えども基本的なところは普通の人間と同じですので――』
カプセルからロザリアを出し、シェルターも兼ねたその地下基地内にあるベッドルームで寝かせる。
強い治癒能力を有するZR細胞の存在を考えると、地上にあるロザリアの部屋で安静にしたほうが彼女のためになるかもしれないが、万が一症状が悪化したときのためだ。
「ああは言われたけど、お医者様ねぇ……。こういう時に信用できる人は」
「サキ・カガミ先生に……でも、お忙しいかもしれないし。困ったな」
しかしほかに手はない。
ダメ元で、女医にしてスーパードクターの各務彩姫に連絡を取ってみることに決める。
すると彼女はちょうど手が空いており、所属している病院からクラリティアナ邸まで駆け付けてロザリアの診察を快く引き受けてくれた。
「エリスさん、アデリーンさん、発熱以外で妹さんに変わったことはありませんでしたか? 過去に、例の犯罪組織に何かされたことがあるとか……」
「そうですね、たとえば……姉さん」
いきなり地下の秘密基地に案内する前に、地上のリビングにて。
落ち着いた色合いの金色の髪を少し触ったエリスは、「お話ししたほうがいいと思うよ」というニュアンスを込めて姉へと確認をとる。
「ええ。その子の心から闇の部分、つまり負の感情だけを抜き取られました。オカルトじみた古代の遺産の力で」
「そのようなことが? にわかには信じがたいお話ですが、でも世の中、本当に何が起こるかわかりませんからね――」
「ささ、こちらです」
不思議そうにしている彩姫を連れて、基地へ通じる階段を降りて行く。
そこから先は、彩姫の目には何もかもが新鮮に映ったようだ。
「アデリーンさんちの地下にこのような施設が……映画のセットみたい」
「ロザリアはこっちで寝てます」
尊敬している彩姫からそこまで反応してもらえたとなれば、アデリーンも自慢げだ。
「うんうん」と笑ってから、基地内のベッドルームへと彩姫を連れ込んだ。
医療器具などはあらかじめ備え付けてあったので、こういったケースがあっても安心なのだ。
「これは……! 胸のあたりにハートが欠けたような形のモヤが見えます」
「本当だわ! さっきは見えなかったのに。悪の心が欠けたから……?」
彼女らの言う通りだ。その不気味なモヤはちょうどハートが2つに割れた形をしていて、まさにブロークン・ハートとでも呼ぶべきなのだろうか。
このような例は今までのどのカルテにも無い。
「使い方さえ間違えなければ、ZR細胞は万病に効くし、ロザリア自身も病気にかかったことは無いんです
「やっぱり、ヘリックスの実験に利用された影響なのかな」
実感が沸かなくとも、異常事態なのだ、これは。
沈んだ顔をしていたロザリアも姉たちも、アロンソもマーサも、彩姫も、その点がひっかかっていた。
「このお宅に医療設備などは?」
「ご覧の通り人造人間用のものならありますが……、基本的には
「父さんもサキ先生もちょっと待って。ヘリックスが病院を狙ってくる危険があるわ、そうなったらロザリアだけじゃなくて先生たちも……」
病気と闘う人々や、医療に従事する者たちを失いたくないから――。
最悪の事態を想定したアデリーンは彩姫とアロンソの間に入り、「待った」をかける。
「それなら、私のほうからこちらまで来させていただきます」
「いいんですか? 各務先生もお忙しいはず」
「うちの医療チームは、私1人欠けたくらいで何もできなくなるようなヤワな人たちではありません。それにアデリーンさんたちのお力になりたいのです」
「でもカガミ先生、あたしなんかのために――」
著しい疲労からたどたどしく上半身を起こしたロザリアに、彩姫は頷く。
それはすなわち、「何があってもあなたを助ける」という意志表明。
「……本当にありがとうございます!」
「はい。必ず治してみせますからね」
「そうだ、念のため効くかどうか……」
彩姫に礼を言った直後だ。
ネクサスフレームを腕時計デバイス・ウォッチングトランサーに取り付けて、アデリーンは治癒能力を発動させる。
エメラルドグリーンの光が放たれ、ロザリアを優しく包み込むと、呼吸を乱して唸っていた彼女の容態が落ち着いた。
「どう?」
「ちょっと楽になったかな……うっ、うぅぅ」
苦痛に喘いだものの、マーサが「無理しちゃダメ」と言い聞かせたこともあり、ロザリアは笑ってそのまま寝て治すことを決心する。
――効き目はあった!
「あのですね、サキ先生。これはヒメちゃんからいただいたものなのですが、こーゆー能力がありまして……医者いらずというわけではないのだけどー……」
ヘリックスとの戦いに少なからず携わってきたのだから、相手もまったく知らないわけではないのだが、一応彼女は彩姫にネクサスフレームという拡張パーツについて説明しておく。
「とはいえ、アデリーンさんのおっしゃられていたことが本当であれば、また発作が起きる恐れがあります。話が変わってしまいますがアデリーンさんのお父さん、お母さん、よろしければ、泊りがけで、一番下のお嬢さんの面倒を見させていただきたいのですが……」
「マッド・ドクター的な……?」
どういうわけか、メスを両手に持ってぐつぐつ沸き立つ薬品をバックに狂気の笑いを上げる彩姫や、「良お~~~~しッ! よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし、りっぱに撮れたわよ! セツ子!」と、アブナイ表情で全身タイツ姿の患者を全力でなでている彩姫を連想してしまうクラリティアナ家の面々。
「ありよりのありです。というか、ぜひ!」
「みなさん、ありがとうございます……!」
こうして、彩姫と協力し合ったことが実を結び、ロザリアの体調は回復に向かったものの――また具合を悪くして倒れてしまうのではないか、という一抹の不安が彼女らの中に残っていたのだった。
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