FILE 154:放火魔を食い止めろ

 同時刻――。

 最初のうちは互いに拮抗していたものの、次第にバーナーガイストに押されて、蜜月は苦戦を強いられていた。

 純粋な火力は敵のほうが遥かに上なのである。

 次々に撃ち出される火球や吹き出す激しい炎によって生じた爆風に煽られて吹っ飛ばされるも、彼女は空が飛べるのですぐ持ち直した。


「虫ケラがチョロチョロ飛び回りやがって」


「くッ……」


 愛用するスレイヤーブレードを地面に突き立てている蜜月は、肩で息をするほどにまで追い込まれていた。

 しかし、彼女が身を挺してここまで抵抗してきたから、アデリーンがレスキュー活動の支援に専念できたこともまた事実。

 彼女のとった行動は断じて無駄なあがきなどではない。


「死ぬがいい」


 ガレキの間を熱気を帯びた風が横切る中で、バーナーガイストがカメラアイを緑色に発光させてまた火を噴出させる。

 今度はこれまで以上の高火力を、蜜月に見舞うつもりだ。


「……死ねぇっっっ!!」


「ドラアァァァ」


「メラボオオオオオオ!?」


 灼熱の激しい炎が吹き荒れる、が――蜜月はハニカム状のバリアーを展開させてしのぐ。

 そのまま、剣を構えて押し切ると突撃して崩れたビルの壁まで追い込んだ。

 とてつもないパワーを発揮していたらしく、おびただしい亀裂とくぼみを作っていたほどである。

 当然、バーナーガイストはうめき声を上げて衝撃を受けていた。


クソ力……じゃなくて、バカぢからってね!?」


「うまいこと言ったつもりか貴様ッ」


 あいにく敵は無機物がモチーフの怪人であるため、毒の効き目は薄い。

 だが、手ごたえは十分にあった。

 まだ悶えているということはそういうことである。

 激怒した蜜月からキツい1発を叩き込まれたこともあり、思うように身動きが取れなくなっていたため、今度は彼のほうが窮地へと追い込まれて行く番だ。


「ヤァー!」


 それからほどなくして、敵に追い打ちをかけるタイミングでアデリーンが飛び入り参戦を果たす。

 炎と相反する氷の力を有する彼女にとってはバーナーガイストは天敵――であると同時に、やりやすい相手でもあった。


「そこまでよ、この放火魔!」


「メラボーボー!?」


 蜜月も仮面の下で「やったあ!」と言いたそうな笑顔を浮かべ、アデリーンと連携して流れるような連続攻撃を繰り出して確実にダメージを蓄積させていく。

 実際、バーナーガイストには先ほどまでのような勢いはほとんど見られない!


「ここに来たってことは、全員助かったんだね?」


 振り向いて、アデリーンは蜜月にサムズアップを送る。

 ――そういうことだ。

 心の底から安堵できた蜜月は、このような事態を招いた元凶に正義の怒りをぶつけるべく構えを取った。


「炎で弱点を突いて倒そうと思って送り込んだんでしょうが、そうはいかない。覚悟っ!」


「メラボーボーッ」


 このままではやられることを察してか、バーナーガイストは全身から炎を吹き出して抵抗を続ける。

 しかし無駄なあがきであることに変わりはない、現にアデリーンは炎を消すどころかほどの勢いで、バーナーガイストへと突進して噴出口を破壊してみせたのだから。

 そこに蜜月が続いて素早い斬撃と力を溜めてからの一閃を織り交ぜ、にっくき敵を大きくぶっ飛ばす。


「一気に冷やしてカタをつける!」


 躊躇する必要は無い。彼女は右手に緑色に煌めく拡張パーツを取り付けて、それを合図に強化形態・スパークルネクサスへと更なる変身を遂げる。

 周りは凍てつき、蜜月の体にはエメラルドグリーンの光が立ちのぼって傷をすべて癒した。


「これは……」


 パワーアップと同時にアデリーンはスキャン機能を駆使して敵の情報をより詳細に分析。

 変身者は既に悪魔に魂を売って改造人間となっており、ここで取り逃してしまえば最後、日本中が焼け野原にされてしまう。

 やるしかない――!


「ブリザードウォーターフォール」


 それは、まさに地吹雪と形容すべきだったのか。

 アデリーンが両手を青く発光させたその時、地面から逆流するように猛烈な吹雪が吹き荒び、バーナーガイストを容赦なく襲う。

 あまりの冷たさに著しいダメージを受け続けた末、完全に凍って動けなくなってしまった。


「スティンガーグランドウェーブ!」


 次は蜜月の番である。

 全力を込め、ジャンプと同時に地を走る巨大な衝撃波を放ってバーナーガイストを成敗する!


「メラボーボーッ!?」


 海までぶっ飛ばされて、バーナーガイストは着水。そのまま海中で大爆発すると、ド派手な水しぶきを上げて散って行った。

 戦いが終わると同時に、氷のフィールドも元通りとなったようだ。



 ◆◆◆



 火災は鎮圧され、ようやく三重県S市に平和が取り戻された。

 大半が壊滅してしまったものの、奇跡的に残っていた家屋も少なからず存在し、更にテイラーグループからの支援も受けられることが決まったことにより、少しずつ再生への1歩を歩み出さんとしていた。


「一時はどうなることかと思ったよ。本当にありがとうな、あんた方には感謝してもしきれん」


 素顔のアデリーンたちの前で感極まって、一筋の涙を流す消防隊長の西岡。

 彼の周りには隊員たち、その背後には仮設住宅やテントが張られている。

 無事に人々を救うことが出来て嬉しいのは、アデリーンと蜜月も同じであり、心からの笑顔を浮かべて西岡らと握手も交わした。


「べっぴんさんだな……」


「……おほん。まだ、何かお手伝いできそうなことがありましたら」


「いや、いいんだ。いつまでもあんたたちに頼ってばかりいるわけにもいかない」


 思わず見とれてしまった西岡だが、何とか振り払って彼女からの申し出をあえて断る。

 彼女の意志を尊重しての決断だった。

 その横で、西岡の人柄の良さにもらい泣きした蜜月が涙を拭く。


「ここS市は、オレたちで力を合わせて必ず復興させてみせるさ。あんたたちにもやるべきことがあるんだろう、待っている人たちに会いに行くとか」


「今回のようなことが二度と起こらないように、ヘリックスの悪事を阻止しなくてはなりません。誰かがやらなくてはならないのです。誰かが……」


 たとえ自分が行かなくとも、誰かがヘリックスを打倒しに行かなければならない。

 他人をそのような危険な目に遭わせられない以上は、自分たちが行くしかないのだ。

 そう、アデリーンたちが。

 彼女は改めて、何度目かの誓いを立てた。


「リューイチローさん、みなさん、お元気で」


「ほんっとうにカッコよかったよ! 隊長さん~」


「オレたちだけでも頑張ってみるよ。またな!」


 こうやって、アデリーンと蜜月は消防隊の面々やS市の市民らと潔く別れのあいさつを済ませ旅立ったのだ。

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