FILE148:よみがえれアイアン・シェフ

 博多センターに戻ったアデリーンと蜜月は、徳山らがいる医務室へ駆け込む。

 彼女たちの荷物に関してだが、事情を話して連泊中のホテルで預かってもらっているという。


「アデリーンさん」


「あの、グルマンはお2人になんと」


 心配していた葵たちが自ら声をかけに行く。

 おさらいをしておくと、多国籍レストラン・【パルフェット】を経営していた三ツ星シェフである、ジャン・ピエールがヘリックスの幹部であることは、アデリーンと蜜月から前もって聞かされてはいた。

 葵や春子、彩姫にしてみれば、俄かには信じがたい話ではあったが――。


「サユリ母さんたちを返してほしければ、トクヤマさんと交換だ……って、そう要求してきたわ。でも彼の思い通りにはさせない」


「お嬢さん! おれはどうなってもいい。あの一家を……」


 ベッドから身を乗り出そうとする徳山を見て、真っ先に止めに入ったのはアデリーンだった。

 「これ以上、ご自身を危険にさらすことはやめてほしい」と、そう言いたげな顔で彼の両手を握る。


「それはダメです」


「どうしてだ……?」


「トクヤマさんにはご家族がおられる。ご家族のためにも、お体をいたわってほしいんです」


「しかし、もう縁を切った! あいつらが生きて行くためには邪魔になってしまう!」


 同情されたくないという考えゆえか、「優しくされるのがかえって耐えられない」と、――彼はそう伝えたいのだ。

 しかし、そんな徳山の姿を痛ましく感じたアデリーンは首を横に振る。

 横で見守る蜜月や虎姫たちも、想いは同じだ。


「そんなこと言わないで。私たちが何とかしてみせますから」


「……まー、そういうわけなんで。ここは1つ頼ってくださいな」


「すまない……!」


「わたしたちからも頼むよ。小百合さんたちを連れ戻して、徳山さんを助けて、楽しい旅行を再開しよう」


「お願いです。アデリーンさん……」


 自身を待つ者たちの言葉を聞き届けたその時、「必ず救い出す――」と、アデリーンと蜜月はそう決心した。



 ◆◆◆◆



 徳山や虎姫たちの想いを背に受けた2人のヒロインは、福岡ドーム裏の工業地帯を目指してそれぞれ専用バイクを走らせる。

 アデリーン専用のバイク・マシンブリザーディアの後部座席に素顔を隠した誰か・・を乗せて――。


「グルッ! 徳山駿は連れてきただろうな?」


「…………この通り」


 アデリーンが見張りのシリコニアンに見せたと同時に、フードを目深に被ったその者は頷く。


「お顔が見えないようだが……?」


「だめだめだめだめだめ、だーめだってば。駿さんは~、暴走してたところをアデレードに止めてもらった時、大ケガしちゃったんだからさ」


「私としたことが、加減を間違えて顔中しもやけ。そういうわけで見せられないよ! ほら、通しなさいな。ジャン・ピエール・グルマンに会わせてちょうだい」


「グルグルーッ! えぇ~い、まどろっこしいな。早く入らんかい!」


 おちょくったような態度と動作で接されてイラッと来た見張りは、意外にも素直に通す。

 下手に疑えば煽られ続けてメンタルをやられていたことを考えると、ある意味ではこうしたほうが正しかったと言える。


「アデリーン! 蜜月さーんッ!」


 照明自体は点いているものの、薄暗くどこか不気味なムードが漂うその工場の中に浦和家の者たちは囚われていた。

 グルマンたち以外にほとんど人がおらず、周辺で機械だけが駆動し続けているそこに閉じ込められたとあっては、小百合たちも不安で仕方がなかっただろう。


「騒ぐな! 待ちくたびれたぜぇー、裏切り者No.0に蜂須賀さんよぉ」


「約束通り連れてきたわよ。彼らを解放して」


 顔におびただしい傷跡のあるセザールを前にしてもアデリーンはあくまでも引かず、自身の望みを述べる。

 先ほどとは打って変わって目つきも鋭く、強い意志を感じさせる。


「ノンノン、徳山が先だ。ワタクシどもとしても、ご婦人たちを痛めつけるようなことは続けたくないのだ」


 互いに譲れないことはわかっているゆえ、グルマンとセザールはここでは優位に立つべく強気に出る。

 手招いてまで徳山の身柄を渡すように要求した。


「シャラ~~~~ップ! 小百合さんたちの解放が先だ。悪党の言うことは、信用できないからね」


「心外だな…………」


 ヒゲをさすっているジャン・ピエールは、これから取引をする前に蜜月から激しく拒絶され歯がゆい思いをした。

 だが彼女からすれば信じられないのは当たり前。

 平気で約束を違えて踏みにじるような連中にだけは、騙されたくない。


「返してやっても構わないが、確認はさせていただきたい。そのフードの下とかね……」


 信用できなかったのは彼らも同じだったか、セザールが釘を刺す。

 その場から動けない小百合たちが息を呑んで見守る中、セザールは思いつく限り眉をひそめ、その悪人面にもっとスゴ味を利かせて顔を隠した徳山に急接近。

 半信半疑で覗き込んだが、しかし――次の瞬間、目を丸くした。

 セザールだけではない、ジャン・ピエール・グルマンも、小百合たち浦和家もだ。


「驚いた?」


 なんと、アデリーンがもう1人――!?

 いや違う、これはアデリーンが作った氷の分身、アイシングドールだ。


「ふ、双子だったのかあ!?」


「違うぞセザール! あれは彼女の特殊能力!」


「そうです、お疲れ様。えい」


 「ごっつんこ」と、アイシングドールとお尻を合わせ、アデリーンは能力を解除する。

 分身は光の粒子となって徐々に消えて行き、アデリーンはうろたえているジャン・ピエールとセザール――……の、背後で椅子に縛られている小百合や綾女、竜平を見つめ、笑顔でエールを送った。


「騙したな……?」


「そっちだって、元々約束を破ろうとしてたんだろ。おあいこだ!」


「こ、こんのぉー……!!」


 苛立つセザールが、カモノハシの紋章が記された水色のジーンスフィアをねじって、両腕が熊手となっているダックビルガイストへと変身。

 グルマンもまた、カトラリーの紋章が刻まれたマテリアルスフィアを取り出して変身しようとするが――それとは別に、眉をひそめて赤いボタンが浮き出たリモコンを取り出す。


(あまりやりたくなかったが、止むを得ん……)


「報いを受けろグワッ!」


「ッ!」


 ダックビルの激しいラッシュ攻撃を躱してから、先に蜜月が変身。

 アデリーンも、ブレイクダンスのように回し蹴りを繰り出して突然現れたシリコニアンの集団を蹴散らし、ダックビルをチョップで牽制してから変身する!


「今だ!」


 その時、グルマンがボタンを押した。

 次の瞬間、地面から鎖が飛び出して2人のヒーローの両手両足を拘束する!

 まるで浦和家が抱いた希望を打ち砕くかのようだった。


「しまった!」


「謝ってももう遅い……! テイクオフ!!」


 あらかじめ地面に仕掛けられていた爆弾が次々に爆発を起こし、アデリーンと蜜月を苦しめる!

 激しい炎が上がり煙幕が立ち込める中、2人の悲痛な叫びが響き渡った――。


「アデリンさん! 蜜月ちゃん!?」


 いても立ってもいられなくなった綾女がそう叫んだ直後、必死に縄をほどこうとするが、生き残っていたシリコニアンたちが彼女とその母や弟に近付いて取り押さえる。


「ワタクシを怒らせた罰だ。君たちにも振る舞ってやろう、悪夢と悲鳴のフルコースをねぇ……!!」


 ≪カトラリー!≫


 ジャン・ピエールがナイフとフォークの紋章入りの銀色のスフィアをねじった時、彼は同色の禍々しい光に包まれ、上級クラスのディスガイストであるカトラリーガイストの姿へと変身した!


「フハハハハハハー! ただで済むと思うなッ! ショッキ――――ング!!」


「まずい! あなたの料理が、ではなく……!」


 その名が示すとおり、ナイフやフォークにスプーンの要素を持つ刺々しい全身銀色のロボットと化したジャン・ピエールは、ここに来て自分らしさは崩さない上で怒りを露わにした。

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