FILE145:休日返上!?

 イルカショーなど、どこで見ても同じ――という認識は間違いだ。

 水族館や動物園によってどのような催しになるか、全然違う。

 そもそも、イルカたちは人間と同じで個性と多様性を有する。

 トレーナーとそのイルカとの間の絆や信頼関係、どのような訓練を行なうか、どのようにして躾けたり、いかにして仲を深めるか、どうやってイルカは人からの、人はイルカからの信頼や期待に応えるのか?

 そのすべてが異なるのである。

 よって、まったく同じショーは1つとして存在しない。


「い~や~、すごかったね……! ところで、蜜月ちゃんってイルカみたいでかわいい」


「や、やめなよ綾さん! くすぐったいな……」


 ショーを見終わり、ほかの客が立ったのを合図に博多・福岡ツアー御一行は会場から退席して行く。

 ウキウキしている様子を見るに、なかなか魅力的で刺激のある内容だったことがうかがえる。

 それからしばらく、「知り合いや身内を動物で例えるならこうだ」――という話で盛り上がった。


「っ!?」


 その時、何者かによって付近で軽く地震が発生する。

 バランスを崩しそうになった綾女を竜平が支えるが、彼も倒れそうになったところ、アデリーンと綾女がとっさにかばったため、事なきを得た。


「な、なんだ!? 揺れたぞ!」


「何がどうなって……」


「グワグワグワ!」


 客が騒然とする中で、ぞろぞろと簡素なケイ素生命体の集団が現れ、水色のカモノハシのような外見のサイボーグが近くの水中から岸に上がり、その巨大な爪を振りかざす。本当に唐突な出来事だった。

 部下に当たるケイ素生命体には客たちを襲わせ、カモノハシ怪人自体は――博多ツアー御一行に突撃する。


「ダックビルガイストぉー!」


「きゃっ!?」


 ダックビルガイストが綾女を襲う!

 手出しはさせまいと抵抗するアデリーンや蜜月をも力ずくで振りほどき、更に葵や春子、彩姫に虎姫や環も乱暴に払い除けた。


「あ、アヤメ姉さん!?」


「グルーッ」


 新手の戦闘員・シリコニアンたちがアデリーンたちに攻撃し、その間にダックビルは2体の戦闘員とともに浦和家の3人を連れ去ろうとする。


「浦和のババアとガキどもはいただいて行く。おめーらは、そいつらに遊んでもらえ!」


「グルーッ! かかれ!」


 ここで引き下がって人々を見捨てるようなアデリーンではなく、静かな怒りを表して敵集団をビーム銃で撃つ。

 2人そろって変身するまでもなくたちまち全滅させ、安全を確保してから葵たちを避難させる。

 アイコンタクトも送ってバッチリだ。


「待てッ! ダックビルガイスト!」


「邪魔だーッ!」


 マリンワールド内を逃げ回る敵怪人をひたすらに追う2人のヒロイン、対する敵は立ちふさがるものは退かしては壊し、なりふり構わない。


「サユリ母さんたちを返しなさい!」


「うるせぇー! 手間かけさせんなっ!! グワッ!?」


 激するアデリーンから顔面に蹴りを入れられてダックビルはひるみ、そのまま脇に抱えていた綾女を手放す。

 その横で蜜月がシリコニアン2体を倒して、竜平と小百合を解放する。

 こうなった以上は、すぐにトドメを刺すのみ。

 そこでアデリーンは、必殺パンチであるマイナスフォーティーブロウをぶちかます。

 しかし――その瞬間、上空から突然銀色のオーラがほとばしり、何者かが姿を現した。


「貴様は!?」


「ショッキーング……」


 刺々しい見た目をした、フォークにナイフやスプーンなど食器を模したロボットのような姿を持つ怪人・カトラリーガイストである。

 彼は右手に持ったフォーク型の武器でマイナスフォーティーブロウを防ぎ、左手に持つスプーン型の武器で反撃、更に両手の武器を同時に振り回してアデリーンを退ける。


「こ、この人誰っ!?」


「ダックビル、ここはワタクシに任せてGO TO HOME! すぐに追いつく!」


「カトラリー、それにあのカモノハシのディスガイスト……まさか」


 「不死身であっても決して無敵ではない」――という彼女の考えを前提として、この食器の姿をした怪人は、手ごたえがありすぎる。

 配下の怪人も合わせて、アデリーンは敵の正体・・・・に感付く。

 一方、指示が出たにもかかわらず、ダックビルガイストは帰らない。


「クククク……。悪いが、ミセス・クラリティアナとミセス・蜂須賀。君たちと話している時間はナッシング!」


「そしてその外国語混じり、間違いない! あなたは……」


 蜜月と一緒になって目の前の上級怪人と戦いながら推測を述べようとした瞬間、カトラリーガイストは地面に力強く武器を叩きつけて振動を起こす。

 その間に後ろへジャンプして、ダックビルガイストのすぐ前に降り立つ。


「またお会いしよう。ハハハハハ!!」


「アデリンさーんッ」


「えーい、覚えてろよッ」


 余裕たっぷりな態度を取るカトラリーガイストがワープで消えてから、結局出遅れたダックビルガイストは煙玉を投げて退散する。

 ……今どき煙玉である!


「くっ」


 手を届けようとした寸前、助けを呼ぶ声に応じられなかった。

 彼女がその悔しさを握りしめてうつむいているところを、蜜月は見捨てることなく肩を持って支える。

 ほかの観光客を守れただけでも良かったと、そう考えるべきでは。

 ――と、思い直せば、少しは気が楽になった。


「さ、小百合さんたちは!?」


「ダメでした……」


 そこへ避難していた虎姫たちが駆け付け、いずれも焦燥に駆られた様子を見せた。

 隠すことなく、2人は彼女たちに話す。


「旅行は中断ね……」


 止むを得ず。満場一致で決定された。



 ◆◆◆◆



 テイラーグループが管理する博多・九州センターの医務室。

 患者や利用者、医師に看護士たちを巻き込まないためにも病院ではなく、ヘリックスに狙われている徳山駿はそこで治療を受け、今は安静にしていた。


「あんたたちは……!」


 ゆっくりと上半身を起こした徳山が目にしたのは、旅行を中断してまで見舞いに来たアデリーンたちの姿だ。

 話は既に通してあり、戦えない葵たちはヘリックスによる事件が解決するまで、この施設に匿ってもらえることも決まっていた。


「良かったです。すっかりお元気になられたみたいで……」


 アデリーンが胸をなでおろすように微笑む。

 彼がドラゴンフライガイストとなって暴れていた時、人間であることを捨てた邪悪の権化と間違えて、危うく手をかけてしまいそうになったのだ。

 そのことに負い目を感じてしまうのも無理はない。


「早速で申し訳ないのですが、カモノハシの怪人を見た記憶はありませんか」


 表情が剣呑なものになりそうだったのを正し、和らげてから蜜月が質問する。

 はぐらかして事態を混乱させたくなかった徳山は、正直に答えることに決める。

 何よりヘリックスの企みを阻止してほしかったからだ。


「見たさ。ヘリックスのアジトに連れて行かれた時、手術台の上でコックみたいな男の手下の1人がそいつに変身して……!」


「では、そのコックさんも・・・・・・、何らかの怪人に変身しませんでしたか?」


「忘れもしない。ヤツはおれに見せつけるように、フォークやスプーンを寄せ集めたみたいな怪人になっていた」


 聞き込みをそこで切り上げて、徳山に礼をしてから蜜月はタブレットを取り出して調べ出す。

 気になって画面をのぞき込んだ葵とアデリーンが見たものは――。


「シッシッ、あっち行って! 1人だけ思い当たるフシがある。……ジャン・ピエール・グルマンって天才外国人シェフだ」


「わたし、そんな悪い人には見えないけどなー……」


「ダマされちゃダメ。こういうのに限って胡散くさくって、信用できないんだから」


「この人で間違いないでしょうか、駿さん?」


 蜜月のタブレットに、多国籍レストラン【パルフェット】の公式ホームページが映し出される。

 オーナーの顔写真と名前もバッチリと記載されていた。

 なお、確認を取っている間、アデリーンと葵は主婦が井戸端会議をするときのノリで春子らと話し合っていたようである。


「間違いない。こいつだ。裏の顔は、九州ヘリックスの統括を任された幹部……。ヤツの手下の研究員たちが言っていた」


「答えにくかったでしょうに、ありがとうございます」


「気にしないでくれ」


 情報を提供してくれた徳山へ、アデリーンと蜜月が頭を下げて感謝を告げる。


「やっぱり知ってたのね? グルマンの事を」


「ヘリックスに雇われてた頃、ちょっとな。あんたもご存知だったみたいね?」


「前に外国で追っていて、戦ったこともあったの」


「それでか……。何にしても彼はタダ者じゃない」


 なぜグルマンという男を知っていたのか、2人は互いに打ち明ける。

 ヒーローまたはヒロインたちに携わる者として、その告白を葵たちもしっかりと聞いていた。


「よもやよもや、だ。あのパルフェットを経営されているジャン・ピエール・グルマンが、ヘリックスの一員だったとは知らなかった。テイラーグループの社長として恥ずかしい限り、穴があったら入りたい」


「落ち着いてトラ柱」


 そこで虎姫が柄にもなくとぼけて、場を和ませることに成功する。

 少しだけ恥ずかしかったようだが、皆のためなら仕方のないこと。




 ☆※☆※



 それから、博多・九州センターの屋上にて。アデリーンと蜜月と虎姫の3名は、気分転換も兼ねてそこに移動して街を見下ろしていた。

 缶コーヒーや缶ジュースなども用意して、風や太陽の光を浴びてくつろぐつもりだ。


「そうですか片桐さん、ついにフロストサーペントが……。配達はドローンでお願いします」


「完成したのね?」


「うん、まあね」


 日本支社の科学研究開発部のメンバーと話し終わってから、虎姫が頷く。

 ――と、そうしているうちに蜜月のもとへ子バチ型のメカが戻った。

 偵察用のガジェットであるワーカービーだ。


「お帰りぃ~。どうだ様子は」


『Yes,Mom.博多港の周辺、『ダンダラ埠頭』のターミナルでヘリックス主催の闇オークションが開かれるとの情報を入手しました』


 こちらは口笛まで吹いて、すっかりいつも通りだ。

 「自分まで落ち込んでどうする? こんな時・状況だからこそ皆を元気づけるべきだ」と、言い聞かせてもいた。


「闇オークション、ということは……」


「連中、贔屓にしてるブローカーだとかギャングだとかマフィアだとか、そういうのを招いてじゃんじゃんばりばり武器を売って儲かろうって魂胆だわさ。キタねぇ考えだわさ」


「ヘリックスにとっても、それらの闇組織を通して諸外国に武器を売りつけることは、世界征服への足掛かりとなる……。潜入して、叩きに行かない手はない」


「ヒメちゃん、あなたが危険を冒してまで行くことは無い。そのために私たちがいるんじゃない」


「アデリーン、いいのかい?」


 悩める虎姫に対し、良い笑顔とサムズアップで返す。ここまでされたら、安心して任せないとかえって失礼に当たる。


「それにね、そこに行けばグルマンの足跡そくせきを追うことにもつながるもの。簡単に尻尾は出さないだろうから、彼の身内から崩しにかかるの」


「……【パルフェット】にカチコミかけに行ったほうがいいんじゃないか?」


「それじゃ他のお客さんに迷惑でしょ」


「ですよね~~~~」


 手段を選んでいる場合ではないし、別に蜜月の提案も間違ってはいなかったが、ここは悪人が集まる闇オークションの会場に潜り込むことが先決だ。

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