FILE139:福岡タワー:私とアヤメ姉さんとサキ先生と、時々ミヅキ

 その頃、博多・福岡ツアー御一行は気を取り直し、もうしばらくキャナルシティで遊んでから観光バスに戻り、福岡タワーまで移動した。

 徳山はというと、虎姫らが手配したテイラーグループの者たちによって同社が管理・経営している施設まで護送され、そこで治療も兼ねて保護してもらえることとなった。

 よって、彼女たちの心配事は、ヘリックスから奇襲を受けてしまわないかどうか――、そのくらいである。


「また、安請け合いしちゃったけどホントに良かったのか?」


 タワー内に入ってすぐ班分け――はせず、そのまま展望台行きのエレベーターに向かって歩く。

 その中で蜜月は、困り果てた顔をして金髪で長身のアデリーンへと問う。

 ほんの少し、くたびれて気だるそうなムードで葵の肩にもたれかかっていたが、「危ないですって!」と怒られてしまい、仕方なく彼女から離れる。


「トクヤマさんの件? 言っとくけど、私はみんなが思ってるほどお人よしではないからね」


 彼女の人柄はこのメンバーならば誰もが知っている以上、もうあまり意味はなさそうだが、アデリーンは予防線を張る。

 なお、その胸はわざわざ張らなくてもいいほど大きい。


「ふーん。打算ありきで引き受けたってこと?」


「何もおっしゃるな」


 エレベーターの中で、きょとんとした顔の綾女からの質問に答えた。

 何らかの目的で利用する、という側面も持っていただけに、これは否定できない。

 当の質問者はアデリーンと会ってから、それなりに長い付き合いになってきたゆえ、内面を見透かしたようないたずらな笑みを見せていた。


「でも私、アデリンさんのこと信じてるわ。そこまでやるだけの自信も策もあるんだよね?」


「……任せて♪ ヘリックスの好きにはさせないんだから」


 それから全員で展望室へと移動する。

 もう夕方に差し掛かっており、そこから見る博多の景色は格別であったらしく、誰も息を呑むほどだったという。


「サイコー……♪」


 とくに窓や望遠鏡に張り付くようにして眺めていた葵にとっては、一生忘れられない宝物になっただろう。


「おいしい♪」


「ヤバいわね! また・・来ようかしら……」


「さすがアデリンさんだ。前にも来たことがあったのね」


 降りる前に彼女たちは展望室内に設けられたレストランの前を通りかかる。

 せっかくなので、そこで夕日に思いを馳せながら一行は軽食を取る。

 幸いまだ時間はあった。


「どれにしようかなあ」


 そうして食べ終わった後、一行はタワーを発つ前に1Fの売店へと立ち寄る。

 限定のロングバームクーヘンをはじめ、個性的なグッズやお菓子が取り揃えられていた。

 予定表に載っていた時間は守った上で、彼女たちは買い物を始める。


「模型や時計まで。それだけお買いになって、どこに飾られるんです?」


「私のお部屋でしょ、妹の部屋に、両親の部屋に……。ピンバッジはまた帽子やお洋服にでも」


 さっそく、クーラーボックスなどに保存する前提でお菓子をカゴに入れていたアデリーンは、彩姫と話しながらアクセサリーや小物類も見に行く。

 博多明太子も家族に買ってやりたかったが、「それは最終日までお預けだ」――と、そう思い直す。

 ロングバームクーヘンの箱を竹刀の要領で持ちたくなっても我慢した。

 綾女もそうしようと思っていたが、みっともないので我慢する。

 どちらも、長女だから・・・・・耐えられたが、次女だったら耐えられなかったかもしれない。


「まあ、それだけマネーパワーがあるんなら使わないに越したことはないわね……」


「何言ってるのよ。ミヅキもそこそこセレブなのにさ」


 使いすぎない程度に買いこんでいるアデリーンに呆れている風な蜜月も、カゴの中にラーメンや夜食用のおやつなどを入れていた。

 ニヤついているアデリーンが少しだけ生意気に見えたが、蜜月も大人なのでムキにならぬよう自分を抑える。


「私も、父の遺産を食いつぶし……ているわけではないですが」


「いやいや。あんたにお金使ってもらえたら、紅一郎さんも光栄なんじゃない」


 竜平は下手に口が出せなかった。

 高校生にもなって、いかにも中二病患者やイキっている子どもが買いそうな剣や盾のストラップを買いたいとは、まず言い出せまい。

 「俺これが欲しい!」と言いたかった菓子類も母や姉がカゴに入れてしまった。

 ――そういうわけで肩身が狭いのである。


「どうしたー、竜平? あんたも欲しいモン買いなさいよ。お姉ちゃんだってそうしてる。あんたもそうしなって」


「が、ガキじゃねーもん。バームクーヘンも明太子もラーメンもいらねーもんよ」


「じゃあ、母さんたちで食べちゃうよ」


「……ダメです!!」


 彼は母へ対し、食い気味に情けない一言を挟んだ。



 ◆


 そうして福岡タワーを出て観光バスに戻った一行。

 シートに座って、夕焼けに染まった博多の街を車窓からのぞきながら思い思いに過ごす。


「このあとは夕食にお風呂に……。もう間食はしないぞ!」


「それだけじゃないわよー。葵、何かわかる?」


「へ? ……あぁ~っ! もしかして・・・・・!?」


 今夜はバイキングだ。

 先ほどもタワー内で飲食をしてしまったので、これ以上食べたらせっかくのご馳走も楽しめない。

 誘惑を振り切らんとする葵に、母・春子がもったいぶった言い回しをして声をかける。

 言われてからすぐに察した娘と母親とのやりとりを聞いて見守っていたアデリーンや綾女らも、それが何なのか、わかっていたかのようにニヤついたのだ。


「なっ何よ? なになに?」


「おや、蜂須賀さんもご存知なのではないのですか。それより、まずはバイキングを楽しむことを考えましょう」


 薄々分かってはいたが、虎姫の秘書の磯村環からの呼びかけを受けて、蜜月はしぶしぶいったん切り替えることにする。

 荷物を抱えている彼女の表情からは、「なーんか腑に落ちない……」と言いたげな心情が読み取れた。

 対照的に、アデリーンや綾女たちは先ほど買った土産物を足元などに安置して、夕食後のお楽しみ・・・・が待ち遠しくて仕方がない。


「今日は休肝日にしたかったけど――」


 せっかくだしビールを飲んでしまおうか、やめておくべきか?

 彩姫はそのことで少し迷っている。

 彼女らが盛り上がったり、または寝たりしている間にもバスは道路を走り去ってゆく。

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