FILE140:ナイトプールに気をつけろ。

「おいしかったねーっ!」


 ホテル・スリーファイブスターズに戻って、洋風の広くてきれいなレストランで夕食のバイキングを存分に堪能できたアデリーンたちは、各々割り振られた部屋に戻り、窓から博多の夜景でも眺めながら少し休憩を取っていた。

 と言っても、このあとバスタイムではある。


「でもアデリーンさんが心配。さっき腹八分目にするって言っておきながら、いっぱい食べてたし……」


 葵が触れているように、実際アデリーンは下品な盛り方にならぬよう気を付けつつ、ある意味誰よりもバイキングを楽しんでさえいた。

 満面の笑みが包み隠さずそれを物語る。


「うふふ、特製オリジナルカレーやピッツァといった限定メニューに魅力を感じたもので。つい……」


「でもあなた、普段から怪人と戦っていらっしゃるもの。仕方ないですよ」


「そうそう。ハルコさんの言う通りです、遠慮しないほうがお得じゃないですか」


 白飯も、パンも、肉も野菜も、フルーツも、だいたいの品を周りから引かれない程度に――。

 そもそもバイキングの時くらい、羽目を外すべきなのだ、と、彼女はそう考えている。

 梶原親子と話し合いながらも、彼女の手は既に水着・・を用意している。


「先にお風呂でしたっけ?」


「ノンノン。泳いでからあったまるの」


「いいわねー!」


 娘たちがウキウキで遊びに行こうとしているのを見て、うらやましがったが、それはそれとして春子は割り切る。

 子どもたちには、友人と一緒に自由にのびのびさせてやることを許すのも親の役目。


「葵、お母さんは小百合ちゃんたちと大浴場に行っとくから。アデリーンさんたちと楽しんでおいで!」



 ◆◆◆◆◆◆



 それから、ロビーで待ち合わせしていた綾女や蜜月、彩姫さきと合流を果たし、彼女たちはホテル内にあるプールへと向かう。


「いいんですか? 明日は丸1日、水族館を見て回るんですよ。体力が持たないかも……」


「ヒメちゃんから許可はもらってあります。いっぱい遊んで、ゆっくりお風呂に浸かって、ちゃんと寝れば問題ない」


 ドクターとして皆のことが心配な彩姫の前で、アデリーンは「あとは私に任せてください」と言わんばかりのドヤ顔を見せて説得する。

 そうして移動しているうちに件の屋内プールへと辿り着く。

 ここは温水だし、大浴場までも近いので何も問題はない。


「はーっ! やっぱ……オトナって感じですねー」


「ふ、ふふふ……」


 そこに集った人々や、天窓つきで宮殿のような美麗な内装・雰囲気を前に目を輝かせる葵。

 その隣で蜜月は若干気味の悪い笑みをこぼし、彩姫らから注意される。気を取り直し、速やかに更衣室へと向かって、彼女たちはそれぞれ色とりどりの水着に着替える。

 アデリーンや蜜月は普段から愛用しているセクシーなものを、綾女や彩姫はオシャレなデザインのものを、葵はワンピース水着を――。


「やっぱりちょっと目立ってるみたい……」


 舌を少し出して、あざとく照れ笑いしているのはアデリーンだ。

 元々豊満でスタイルが良すぎることもあって、彼女自身でも自覚している通り、周囲からの視線を集めてしまっている。

 肩を組もうとがっついてきた蜜月を雑にどかして葵のほうに任せると、アデリーンは彩姫や綾女と組む。


「ナイトプールはいい……。ナイスバデーなおなごがいっぱいじゃア。華があっていいですなあ。ウヘヘ、ウヘヘヘヘヘ!」


 せっかく、オトナらしい水着でキメておきながらなお、このようなことを口にしたので、見かねたアデリーンに耳をつままれた。

 これには彩姫さき、綾女、葵らもクスッと笑う。


「いででででッ!?」


「ちょっとはイケメンさんに興味を持ちなさいな」


 こうは言っているが、アデリーンも別に美男子に惹かれるというわけではない。


「ヤなこった。こーゆーとこはね、オンナ同士で遊ぶからい~のよ!」


 そうは言い返しながらも、蜜月は既に上に乗ってくつろぐためのフロートをもらいに行っており、受付の若く美しい女性を見て舌なめずり。

 今にも「してやったぜ」と言いそうなニヤケ顔まで見せた。

 

「葵たんは、ナイトプールははじめてだっけ?」


「いいえ、お友達の【玲音れいね】ちゃんたちと何度か」


「玲音ちゃんねえ……。じゃあレイ様とお呼びしないと」


「様付けしなくたって!」


 フロートをプールに浮かべて、その上で寝そべって盛り上がっているのは蜜月と葵だ。

 こうして仲良くしているのは、蜜月のほうがかつて葵らを騙すようなことをして負い目を感じており、少しでも償いたいからというのもある。

 それは今は置いておくとして、歳は離れていてもすっかり良き友の間柄だ。


「アデリンさんなら悦ちゃんのこと知ってるよね?」


「ええ。博士の助手だった方のお嬢さん……」


「浦和博士の……ですか?」


 蜜月と葵がいるものとは別の、虹の架かった雲の形のプールフロートの上で、アデリーンと綾女が頷く。

 彩姫はプールに浸かったまま、そのフロートに腕を載せて顔を出して話している状態だ。

 他の2人から自身の豊満なボディをなめ回すように見つめられて、さすがのアデリーンも紅潮しかけている。


「詳しくはまたの機会にでも。すっごく見られてますし……?」


「そもそもアデリンさんがセクシーすぎるのがいけないんだ。見てくださいよこのバスト! ヒップ!」


「きゃっ!?」


 その時、綾女がやきもちを焼いた顔をして軽くスキンシップを図る。

 アデリーンとしては蜜月に同じことをやられたら間違いなく怒っていたところだが、相手が義理の姉妹にあたる綾女なので許す。


「まぁまぁ、ここはお手柔らかに……」


 そんな2人を見た彩姫が微笑む。今回のようにこの5人で集まったら、いざという時は彼女がまとめるのであろう。

 しかし、彼女があらぬ方向にハジケたのなら、その時は彼女たちはどうするのか?

 今は誰にもわからない。


「フッフッフッフッフウウウウウ~~~~ッ! ……思ったよりパリピとウェイ族がいねーのな」


 泳いで、くつろぐ中で、危ない薬でもキメてしまったかのように歓喜する蜜月であるが、彼女は至って正常だ。

 これで通常運転なのだ。

 静まり返ると今度は一転、ガックリときて気だるそうだ。


「ウェーイ! ウェッヘヘヘヘヘヘ!」


「イエエエエエエエエエエエエエエエエイ!!」


「いっぱいいるじゃん。蜜月ちゃん大丈夫?」


 綾女がムッとした顔で指摘した通り、彼女が指差した方向ではチャラチャラした男女が集ってどんちゃん騒ぎしている。

 そのうち何人かは出来心でマナー違反をやらかしたので、見かねた監視員につまみ出された。


「こないだ熱海に遊びに行った時もそうだったけど。ミヅキはね、プールにいると浮かれてバカになってしまうの。いつも『は』クールでかっこいいのにね」


「羽目を外しすぎてしまうとイエローカードですよ」


 アデリーンからは残念そうな笑顔とともに煽られ、彩姫からはやんわりと注意を受けて、困惑する蜜月は言葉に詰まってしまう。


「ひどい! なんでですかー! 各務先生まで!」


「先生呼びは禁止です!」


「さ、彩姫さん……」


 そのあとも、プール内を移動する際にアデリーンに綾女に葵は蜜月の情けないところを見せられてしまう。彩姫に縋りついて駄々をこね、困らせている姿はまるでお子様。


「あちゃー、蜜月ちゃん。あれじゃあお姉さんって言うより28歳児ね……」


「ああいう大人にだけはなっちゃダメ。いいわね?」


「えぇ――……。は、はい」


 将来を案じてくれた綾女とアデリーンからの願いを聞いて、葵はそれを約束する。

 落ち着いたところで喉も乾いたのでドリンクを買いに行こうとしたその時、ある1人の麗しい女性が姿を現す。

 タイミングを見計らっていたのか、それとも。

 そして、葵と彩姫を除く3人は、その女性には見覚えがある。


「あ――――ら。奇遇ね、こんなところでまたお会いできるだなんて」


 コンシャスな黒い水着でグラマラスな肢体を披露している、茶髪のウェーブロングヘアーをなびかせた真紅の瞳の彼女は――何を隠そうキュイジーネ・キャメロンだ!

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