FILE126:宝の木の聖なる花
「す……すごーい! オバサンこんなにいいマンションに住んでたんだね……」
「オバサンじゃねぇべ。お姉さんな。あど、ワダスは蜜月だ」
もう、このやり取りも何度目だろうか。
蜜月はセイカを連れて高級マンションにある自宅に上がっていた。
その手に提げていた紙袋の中には、セイカにせがまれて購入した彼女用の着替えが入っている。
どちらも手洗いとうがいを済ませると、蜜月は風呂に湯を張り、セイカはリビングの中をウロウロする。彼女には、目に映るものすべてが新鮮に見えた。
「いいおうちだねーっ。アタシんちほどじゃないけど」
「へっ。そりゃ、我が家が一番よ」
薄ら笑いする蜜月は、他愛のない話の途中でアクセサリー用のメガネを外して、相変わらず憎まれ口を聞いてくるセイカに素顔を見せる。
少し見とれてその場から動かなかったを確認して面白がった表情をしてから、ケースにメガネを収納した。
「ふ、ふーんだ。カッコいいなんて思ってないモン」
「あのなー……それより! お風呂が沸くまでの間、お姉さんがゲームで遊んでやろう。もしくはビデオを観賞するかだ」
「ビデオ? DVDじゃなくて?」
そうであった。
蜜月とセイカとでは、まるまる一世代もの差があったのだ。
彼女は若干13歳で、蜜月は28歳。
仕方のないことではあるが、時の流れは残酷だ。
「そもそもビデオ自体をご存知ない? 今はDVDプレーヤーだもんな……」
「パパがよく言い間違えちゃうからさ、その流れで。……パパって何でもかんでもビデオ呼ばわりするから、古くさくてヤんなっちゃう!」
「じぇ……ジェネレーションギャップ……」
顔が青ざめるほどのショックを受けて、一瞬だけ蜜月は白目をむく。
そのときのキテレツな顔はセイカにバッチリと見られてしまったが、気を取り直し、DVD鑑賞の準備や最新鋭の家庭用ゲーム機の準備などを行なってごまかす。
ご機嫌取りをしたいのではなく、自分が楽しんだ上で、相手にも楽しませてやりたいからやっているのだ。
セイカの瞳には、そんな蜜月の横顔がカッコよく映ったが、彼女も彼女で意地っ張りな笑顔をして、今思ったことをごまかす。
「よぉ~~~~し。セイカちゃんよぉー、お次は何をお望みかね?」
「ゲームやりたい!」
「また格ゲー?」
ずらり、と、購入したDVDやゲームソフトを収納したケースを取り出してセイカに見せる。
ジャンルはそれぞれだが、セイカが興味を示したものは――アクションゲームだ。
「いい眼をしてるな……」
「アタシこれで対戦プレイやりたい」
「1人用のゲームでかぁ?」
これから脱出ポッドでも持ち上げて、グシャグシャにしてポイ捨てしそうな口調と意地悪な笑みをしてセイカへ確認を取る。
蜜月がパッケージを手に取っていたそのゲームソフトは残念ながら対戦プレイは出来ない。
なので、それが出来るほうをいくつかセイカに見せて、選ばせることとする。
そして挑発するような、あるいは、怖がらせるような顔ばかりしてきたので笑顔でウインクを送った。
「選んじゃいなYO」
「じゃあー、これ!」
「取り消しは効かないよ~。それじゃあ始めるとすっか」
今回プレイするゲームは決まった。
蜜月は慣れた手つきで、液晶テレビに対して、本体そのものが携帯用ゲーム機になっている最新鋭のゲーム機のセットを行なって、友人を誘った時用に余分に買っておいたクラシックコントローラーを渡す。
同コントローラーについては蜜月も普段使いしている。
「アタシ、アクションゲームには自信あるんだよねー! オバサンにも余裕勝ちしちゃうよ」
「言ったな? ギャフンと言わせてやるかんね」
「ぎゃふーん!」
「そうじゃなーい!」
もちろんマルチプレイモードを選んで、2人で競争をし始めた。
ちなみにこれは自由にステージを作ることができるタイプのゲームであり、今遊んでいるのはユーザーが作ったステージがランダムに選ばれるモードだ。
今回選ばれたのは、ユーザー泣かせの高難易度ステージであった。
「よっしゃあ! 負けねえ……って、いきなり卑怯だぞ!」
「あっははははは! 引っかかってやんの、ざーこざーこ!」
なんと、セイカが操作しているキャラクターがいきなり蜜月の操作キャラを踏みつけた!
セイカのキャラはそのままステージ内を進んでいき、蜜月のキャラがそれを必死で追いかける。
仕掛けだらけの高難易度ステージであったため、差を付けられてしまうと追いつくことは難しい。
「オンライン対戦じゃないだけありがたいと思えよ。そっちだったらあんたもこうなるんだからね」
「ふん。負け犬がギャンギャン吠えてんじゃないよ、ばーか! JCに負けちゃえ!」
「なにいー!」
「おっしゃ! そうしてる間に第1チェックポイント通過しちゃったもんねー!」
「……すぞ……ガキが……! 大人をなめるなー!」
「セイカはガキじゃないもん!」
「うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! カギはもらったぜ!! 大人をなめるからこうなるんだぜ!!」
「お、オバサンのくせに~!」
「負けねーぞー。このあと別のゲームでオープンワールドを、女の子同士でキャッキャウフフ~♪ しながら冒険しなきゃなんないんだからね」
「なーにがキャッキャウフフ~♪ だよ、きもちわるっ」
「女の子同士でキャッキャウフフしながら世界を旅するのは人類の夢なんだよ! どうしてわかってくれないんだ!!」
「あっ! ずるいずるいずるい~~~~ッ!!」
「うぇへへへへへへへ! 『オバサンにも余裕勝ちしちゃうよ』、……お前はそう言ったなぁ。お姉さんを怒らせた罰だ。その望みをぉ……絶つぅ……」
一喜一憂どころではない。
セイカが穴に落ちれば蜜月が大笑いし、蜜月が道中で罠に引っかかればセイカがバカ笑いし、セイカがアイテムを獲得する目前で蜜月が横取りすれば蜜月がわざとらしくこれまたバカ笑いして、近所迷惑――とまではいかなかったものの、それはもうどんちゃん騒ぎとなった。
「はーっはーっ……どうしてこうなった……」
「あはははははーッ! ばーか、ばーか♪ 最後に笑うのはアタシだったね。口ばっかりのザコ乙~♪」
「こ、このガキ……ッ! ワタシをとことんナメくさりやがって! わからせてやる……」
何度か対戦した結果はいずれも惨敗で、高笑いして胸を揺らしながら勝ち誇るセイカとは対照的に床を叩いて悔しがる蜜月――。
しかし、蜜月は顔では悔しがっていても、腹のうちではほくそ笑んでいた。
なぜなら、ともに風呂に入る時にたくさん仕返しをしてやれるからだ。
「うん……?」
その時、机の上に置いていたスマートフォンから着信音が鳴った。
【ユニットじゃないもん!】、略して『ユニもん』の楽曲だ。
切り替えの早い蜜月は「しーっ」とセイカを大人しくさせた上で、リモコンでテレビの音量を調節して電話に出ることにする。
「はい、蜂須賀ですが!」
『私よ、アデリーンよ。あなたが保護してるセイカちゃんについてわかったことがあるの』
電話の相手はアデリーンだ。彼女が話そうとしていることを聞いた途端、蜜月は目の色を変えた。
「あの子にわからせてやりたいよ。……失礼、わかったことって?」
『ムーニャンさんに頼んで調べてもらったんだけどね、その子の苗字はね……』
「うん。そうか……」
『それから……、以上よ』
「ありがとよ。それじゃあ、また。エリたそたちにもよろしく言っといて」
用件をすべて伝えられたところで、通話は終了した。
セイカに背を向けていた蜜月は一呼吸置いてから、彼女に振り向く。
「な、なに? 誰とお話ししてたの?」
「ワタシのお友達。それでよ、いくつか確認させてほしいことがあるから、ワタシからの質問に答えてほしい。あんたのためを想っての事だ。……洗いざらい、しゃべりなさいっ!」
「わ、わかったよー。それで質問って?」
戸惑うセイカを前にして、蜜月は正座までして話し合わんとする。
先ほどはふざけてばかりいたが、今度という今度は真剣だ。
「ずばり問おう。セイカちゃんを追ってたのはヘリックスって組織の奴らだね?」
「そうだよ。あのオジサンたち自分からそうだって名乗ってたし」
「やっぱりな。道理で子ども1人追いかけるのに、あんなに大勢動員してたわけだ。それにカエルのおばけに変なカッコの、なんだっけか……神主さん」
最初の質問の答えを聞かせてもらい、納得のいった蜜月は指をアゴに添える。
その時から怪しんではいたが、そういうことだった。
「子どもじゃないもん。まあいっか……」
「次も聞いていいかな。あんたのお名前は、宝の木に聖なる花って書いて、【宝木聖花】ちゃん。……そうだね?」
「……うん。そのとーり、
聖花は、ここまで来てようやく自身の本当の名を告げた。
蜜月が表情も声のトーンも変えてきているのを感じて何かを察してか、案外素直で、わがままでお調子者の彼女もさすがに真面目になっていたようだ。
「いきなり悪いね。ジャーナリストやってんだけど、さっき話してた子とは別で、友達の1人に情報屋さんがいてさ。聖花ちゃんを守るために調べてもらってたんだよな」
「それでかー……。アタシにまだ聞きたいことあるんでしょ、聞いて聞いて」
「……あんたを追っかけてるヘリックスは、呪いの雨とかいうのを降らせてお花に草木を枯れさせようとしてるんだね?」
「それで人が住めなくなっちゃうようにして、みんなが外国に逃げた隙を突いて街を乗っ取ってやろうって、神主さんの格好した変なオジサンがバカみたいにペラペラしゃべってたの。もうペラッペラだったよ!」
そのオジサン呼ばわりされている男が何者か、ジャーナリストとして暮らす中で理解力と読解力を身につけてきた蜜月はこの時点でもう察しがついていた。
いつも同僚や格上の幹部たちから見下され、ミスばかりしている
「作戦の内容を聖花ちゃんに聞かれちゃったから血眼になって追い回して、今も懲りずに嗅ぎまわってるかもしれんってわけだなあ。かといって、ワタシといつまでも一緒にいるのもそれはそれで危ない。そこで提案だ」
「なになに? なにするの?」
「聖花ちゃんをな、おうちに帰してパパさんママさんと一緒にまとめてワタシが守るんだ。ヘリックスからさ」
「それこそ危ないよ。パパもママも巻き込みたくな……」
蜜月に打ち明けている途中でそこまで言いかけた時、我にかえった聖花は驚いた顔をしていったん口を止めた。
「本音が出たね。わかった……。でもなあ、聖花ちゃん1人だけでなんとかできるわけではないんだ。やっぱり、パパさんたちには話を通しておきたい」
「えー、ヤだよ、ウチの番号言うのなんか……」
「悪いことには使わないって。教えてくれないと……ソフトクリーム買ってやらないぞ」
――この緊急事態である。
好物をちらつかされて、聖花はしぶしぶ自宅の電話番号を教えることを承諾したのだった。
その後、2人はじっくり入浴し、冷蔵庫の中のもので夕飯も済ませた後、ゆっくりと体を休めた。
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