FILE125:ガマガエルとコウモリが切羽詰まる中で、綾女は知り合う。

 

「例のチビを見失っただと!? 蒲郡いいいい! 何やってるんだあああ!!」


 その頃、ある廃ビルの中に潜んでいたドリュー・デリンジャーが目を見開き、左手でスマートフォンを握りながら心底余裕のない顔をして怒号を上げていた。


『も、申し訳ございません! 我々が目を離した隙に……』


「あのチビを捕まえて、やつの両親から金をせびって、その金を総裁に献上して活動資金の足しにしていただくという計画なんだッ! 泣き言ほざいてないで探すんだよオオオオ!!」


『は、はい!』


 ここまで彼が焦って、部下の蒲郡を急かすのも無理はない。

 かたや闇バイヤーからヘリックス幹部にのし上がるも立場が日増しに悪くなり、かたや業績が振るわずヘリックスから追放されて、つい最近まで水道工事に身をやつしていた落ちこぼれである。

 今回こそは成功させねば本気で危ないのだ。


『ケッ! 自分は何にもしてねーくせに……』


「文句あっか!?」


『実際その通りだろーが! あんたこそ威張りくさってねえで、てめえでなんとかしたらどうなんだ!? おいらとあんたで協力して、組織で返り咲くってハナシだったよなあ!?』


「ド底辺だったところをこのぼくが拾ってやったのに、生意気言いやがって! ぼくは幹部! お前は下っ端だッ! 結果を出せ結果をぉ!!」


 怒りのボルテージが頂点に達したデリンジャーは、通話を切ってからスマートフォンを地面に投げ落とそうとしたが、実行して後々困るのは自分であるためここは耐える。

 代わりに近くに転がっていた一斗缶をサッカーボールのように蹴飛ばしたが、結構痛かったのか苦しそうに表情を歪めて片足を押さえた。


「はっはっはっはっ……」


「ヒエッ」


 響いてきた誰かの笑い声。

 デリンジャーがいた部屋の隅から、全身に毒のトゲやクモの爪に鋏角を生やし、6つの目を四方八方へと動かしている、グロテスクな顔と体を持つ青いタランチュラのような怪人が姿を現し、不気味な唸り声を上げて鋭く禍々しい爪が生えた両手を広げた。


「シェエエエエエエ」


「や、やめろ突然出てくるな、きっ気持ち悪いぞミスター・雲脚くもあし!?」


「一言多いぞ。もう後がないんだろう? だからこの僕が助けてやろうというのだ」


 寄ってくる【タランチュラガイスト】こと、雲脚昌之を前に尻餅をついた状態で後ずさるデリンジャーだが、雲脚は歩いて追いついてしまう。


「あ……あんたの助けは借りない! それより個展の準備はいいのか!?」


「余計なお世話だ!」


 口の減らないデリンジャーを一喝してビビらせると、タランチュラガイストは変身を解除して雲脚昌之の姿に戻る。

 パーマのかかった髪型に枝分かれした眉毛、整ってはいるがどこか陰気な雰囲気がある顔をした、黒スーツの男性だ。


「協調性のない。これでは来た意味が無かったな……。それじゃあ僕は、副業の美術教室があるんで帰らせてもらうぞ。そうやって1人で無駄なあがきを続けていろ」


 そう嫌味ったらしく吐き捨てて、雲脚はワープしてさっさと帰った。

 デリンジャーは1人残されて、彼もまた「クソッ!!」とやり場のない怒りをガラクタにぶつけ、廃ビルを後にする。



 ◆



 ヘリックスのメンバーたちにゴタゴタがあったことは知らず、アデリーンは綾女を連れて家まで送る前に喫茶バーに誘っていた。

 入口には色とりどりの花々とアーチが飾られている。

 ……そう、蜜月の親友であるメロニーが経営している【サファリ】だ。

 来るのがはじめてだった、白いカーディガンとグレーのミニスカート姿の綾女は少し緊張する。

 しかし、アデリーンから「大丈夫だって」と励ましの声をかけてもらったことで和らいだ。


「あらいらっしゃい! アデリーンさん! お友達もご一緒なのね?」


 ほがらかに笑ってあいさつしたのは、マスターを務めているメロニーである。

 鮮やかな緑色の髪に淡い紫色の瞳、きめ細やかな肌はもちろんだが、何より目を引くのはその豊満すぎるボディである。

 驚いたことに、服の上からでもはっきりわかるほど胸が大きいし、周辺どころか口コミでも評判になるほどの美貌も兼ね備えているのだ。

 アデリーンもそんなメロニーに気前よく笑顔を返す。


「あっ、お友達ではなくて。姉妹みたいなものです。浦和綾女と言います」


「そうでしたか……、それは失礼しました。お好きな席へどうぞ」


 簡単な自己紹介をした後、綾女はアデリーンと共に空いていた席に着く。

 今日はカウンター席ではなくその付近の席で、最大4人まで座れるようになっていた。


「申し遅れましたが、私はこの店のマスターをやっているメロニーです。よろしくお願いしますね」


「はい! ……セクシーでかわいい……むっちむちだぁ……」


「そろそろ痩せたほうがいいんじゃないかとは、よくからかわれていますが……ありがとう綾女さん!」


 うっとりした様子の綾女から褒めてもらえて嬉しかったようで、メロニーは頬を紅く染める。

 そんな大親友の姿を脇から見ていた、常連のムーニャンと、店員をやっている銀髪に眼帯のマチルダはニヤニヤしていた。


「ご注文が決まりましたらお呼びください」


 メロニーがそう伝えていったんカウンターへと戻る。

 彼女と入れ替わるようにチャイニーズ衣装で黒髪をお団子ヘアーにした女性・ムーニャンがやってきて、アデリーンの隣に座って彼女たち2人を驚かす。


「びっくりした? びっくらこいたー?」


「ど、どなた?」


「ウチはムーニャンだよ。よろしく☆」


「彼女ね、情報屋さんなのよ」


「ちょ……困るよアデリーン!?」


 慌てふためくムーニャンを、アデリーンがいたずらな笑みを浮かべて取り押さえる。

 呆気に取られていた綾女もそのうち笑みをこぼした。


「ノープロブレムよ、ムーニャンさん。アヤメ姉さんはミヅキの裏の顔も把握済みなんだから。隠さなくていいの」


「そっかー……。ウチと会ったことはSNSには載せないでね」


「しませんよー! そんなリテラシーに欠けたこと!」


「それでウチに用があるんじゃなーいの?」


「人を探してほしいんだけど……」


「人探しで思い出したけど、ここに来るまでにアデリンさん言ってたね。ミヅキさんが家出した子を預かってるって話……」


 綾女と一緒にメニューを見ながら、アデリーンは彼女と一緒に用件を話す。

 もちろん、セイカという生意気で胸が大きければ態度も大きな少女のことだ。


「でも苗字と見た目を教えてもらえないとできないよ」


 少し困った顔のムーニャンを見てから、アデリーンと綾女はいったん手を止め周りをきょろきょろと見渡す。

 他の客に見られて目立っているか、怪しい者はいないかを確認したかったのだ。


「写真ならミヅキから送ってもらったのがあるわ。……悪いことには使わないでよ?」


「そんなんしたら、蜜月にクビ飛ばされちゃうよ! どれどれ……」


 アデリーンは、写真アプリを開いて、蜜月から送付してもらったセイカの写真を見せる。

 青のロングヘアーをツインテールにしてまとめ、両手で元気にピースをしている発育のいい女子中学生がそこに写っていた。

 その子こそがまぎれもないセイカである。


「この子がセイカねぇ。苗字はわかる?」


「それがわからないの。ミヅキも聞けていないんだとか……。ただ、お父さんが管理職で、お母さんがウルトラスーパー主婦だって本人が言ってたみたいよ」


「ふーん。でも、あとは任せときなヨ。人探しをするのは情報屋のお仕事の基本だしぃ?」


「頼もしいっ! でも、お時間かかりそうならまた日を改めて……」


「でぇじょうぶだ。おたくらがコーヒーを飲んで、スイーツやカフェごはんを味わっている間に終われるさぁ」


 ムーニャンが腕を組んで左手の人差し指を自慢げに立て、ドヤ顔で語っていたのを耳に挟みつつもアデリーンと綾女は何を注文するかを決めたらしく、ベルを鳴らして店員を呼ぶ。

 メロニーに代わって銀髪に眼帯のマチルダがやってきた。

 紺のシマシマ模様のエプロンの下に白いシャツと黒いベストを着ている。


「が、眼帯……ウルトラかっこいい」


「フフ、両目とも見えてるから気にしないでくださいな。それでご注文はお決まりでしたか?」


「私はダークモカとクリームチーズケーキをセットで」


「チョコレートチャンクスコーンとエスプレッソのセットをお願いします」


「この店のおすすめメニューをお前に教える」


「それは赤髪のオジサンだってアデリンさん」


「仲がよろしいんですね。ご注文は以上でよろしかったですか?」


「お願いします」


 注文を取って、マチルダはクールに去って行く。

 ほどなくして、頼んでいたメニューをマチルダがオーダー通りに持って来たので、2人は大喜びで受け取り、マチルダもこのことを嬉しく思った。


「スコーンあげる♪」


「サンキュー、アヤメ姉さん」


 にやつきながら、アデリーンはチョコチップ入りのスコーンをわけてもらい皿に乗せる。

 よく焼けていて香りもよく、食欲をそそられた。


「アデリンさん食べ足りないんじゃない? そう思ってさ」


「実を言うと、ね……えへへ。この前はカレーやスパゲッティなんかも頼んで食べさせてもらってたの」


「あっ! 思い出した! こないだ特製カレーがおいしいって言ってたお店……!」


「そうそう、ここって基本メロちゃんさんがお料理作ってくれるんだけどね。最近になってからさっきのマチルダさんも手伝ってくれるようになって――」


「かっこいいよねー、あのお姉さん。マチルダさんかあ……ステキっ!」


「でもアマゾン川の上流だかギアナ高地だかの秘密基地に、旦那さんはいないみたい」


「それ、マチルダさん違いでしょー!」


 ムーニャンが必死になってノートパソコンやタブレット端末とにらめっこしている傍ら、アデリーンと綾女はガールズトークに夢中。

 もちろん食べるのも忘れておらず、じっくり味わっていたところだ。

 そこそこ言われたい放題だったため、それにはマチルダも苦笑いし、メロニーは微笑んでいた。


「……セイカちゃんの情報で悪さはしないでね?」


「し、信じてよお!!」


 ムーニャンはどうも、アデリーンからは信頼されていないらしい。

 もっとも冗談半分なのだが――。

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