FILE122:オバサンじゃねぇ!

「お待ちどうさま! ゴールドハネムーンのスーツのメンテとアップデート完了です」


「先に預かってもらってよかった! アプデありがとうねぇ!」


 虎姫との話を終えたアデリーンと蜜月は、たくさんの社員や来客が行き交うロビーへと移動。

 広々として、天井もひたすら高いそこの受付で蜜月は金と黒を基調としたブレスレットと一緒に、子バチ型のドローンを数体セットで受け取る。

 それは、先ほど紹介してもらったばかりのワーカービーであり、蜜月が食い入るように見つめているのをアデリーンも興味深そうに見ていた。


「片桐さんによれば、そのガジェットとワスピネートスピアーは女王バチのスフィアから得たデータをもとに作られたとお聞きしています」


「なるほどねーっ。だからワーカービー……つまり働き蜂ってわけですね」


 彼女の感想は、蜂須賀蜜月という一個人としてより、記者としての側面が強かった。

 実際、この後スタイリッシュに、時折コミカルに取材に行きそうな雰囲気ではある。

 受付嬢とそのまま世間話に花を咲かせた蜜月は、返してもらったブレスレットともらったワーカービーをそっとしまう。


「あのー……」


 なんだか、置いていかれそうだったので、アデリーンは輪の中に入れてもらい、すっかり顔なじみの受付嬢としばらくガールズトークで盛り上がる。

 それが終わってからお土産を買い、2人は社屋から外に出る。


「それじゃあ私、この後アヤメ姉さんの稽古を見学しに行くから」


「今日は貸しスタジオなんだっけ? 行っといで。長いこと拘束しちまってごめんな」


「いいの。そっちこそ、私にばかりベッタリしてちゃダメよ。じゃあね!」


 手を振ってから別れた2人は、あらかじめ予定を立てていたこともあり、それからプライベートを1人で過ごすことにした。

 アデリーンは綾女のもとに、蜜月は――その辺を適当に散策する。

 歩きながら大きくあくびをして向かう先はどこでもなく、気まぐれに店に出入りするだけだ。


「へぇ。いいじゃん……」


 気がつけば何事もメモを取るのは、記者としての性分がそうさせるのか。

 蜜月は行く先々で、ショーウィンドウに掲示された割引セールやお買い得商品などの情報を見かけ次第、アクセ用のメガネをかけたままニヤつきながら書き込む。

 周りから注目されたなら慌ててその場から立ち去るが、別に不審に思われたわけではなく、「几帳面だなー」と、そう受け取られただけだ。

 しかし、足を洗う前にやってきたことがあまり褒められた仕事ではなかったからか、彼女自身は怪しまれていると警戒してしまっていた。


「ダメだなぁ~。こういうとこ治さなきゃなんだけどー……おや?」


 苦い顔をしてここまでを振り返り、自省した矢先、蜜月は黒服の男たちから逃げている少女の姿を目撃する。

 彼女の見立てでは中学1年生くらいで、背は140cmほどだ。しかし、身長の割に胸は豊満で、同年代の女子よりも発育は良さそうだった。


「事件のにおいだ。シャッターチャンス! ……んなわけねーだろ!」


 カメラを持っての独り言からノリツッコミに派生して少し、恥ずかしい思いをしたが、蜜月は追われている少女を「こっちだ!」と手招く。

 衝動的に、見ず知らずの少女を助けたくなったのだ。


「このガキィィヤアア!!」


「危ねえ!?」


 少女がその方向に走ろうとしたが、追っ手の1人が彼女を捕まえようとしたため、蜜月は止むを得ず飛び出して少女を抱きかかえて、かばった上で路地裏へと駆け込んで身を隠す。


「クッソー、あのガキどこ行った!?」


「見失ったのか!? ちきしょー、他を当たれ!」


 黒服のいかつく怖い雰囲気の男たちは、取り逃がしたと思い込んで少し経ってから立ち去った。

 蜜月が少女と一緒に隠れたことには気づきもせずに。


「……バーカ。さ、お嬢ちゃん。これでもう大丈夫よん」


「あ、ありがとね……」


 突然助けてくれた見ず知らずの女性が微笑んでいるのを前にして、戸惑いながらも少女は礼を言う。


「あんたがどこの子かは知らないけど、いつまでもワタシといちゃあ危ないよ。交番かパパとママのとこに連れてってあげるからよ」


 困っている少女に蜜月が優しく声をかけたその時だった。

 少女は豹変し、表情を生意気で勝気なものにしたかと思えば、目を見開いてこう宣言したのだ。


「……死んでも嫌だねええええーッ! オバサン!」


「お、オバサンですって~!?」


 蜂須賀蜜月、28歳。

 ……ここ最近で起こった笑えない不幸以外で、最も衝撃を受けた瞬間であった。


「やーだよッ! だってアタシ、家出してきたんだもん。ママならまだしもパパのもとには帰んないよ」


「……どうして帰りたくないの? 言ってみ」


 腹立たしいことがあったばかりだが、それはさておいて自分より小柄な少女に目線を合わせて、蜜月が問う。

 強気で胸が大きいなら態度も大きいが、ちゃんとしていれば年相応のかわいらしさや魅力が感じられたし、何より青みのある髪をツインテールにしていて、これがくりくりとした赤い瞳との相乗効果で彼女の魅力を引き出している。


「それはね、アタシとパパが何度目かのケンカをしちゃって飛び出しちゃったから」


「は~。まあよくあるわな。じゃあさっきのこわーいおじちゃんたちに追われてたのは、なんでかな?」


 家出しただけなら追われるようなことはしていないはずだが、そうではないのだろう。

 少なくとも、あの黒服の男たちの様子は尋常ではなかった。追われるだけの何かをしてしまったのだと、蜜月は推測する。


「アタシね、おうちから出てった先で……多分、悪いヤツらがね、何かしようとしてるところを見ちゃったんだ」


「どんなヤツだった?」


「なんかね、カエルのおばけと、神社の人みたいなヘンなカッコしてたよ。それで神主さんみたいな人がおかしなこと言いながら、お祈りして、お空は真っ暗、雷ゴロゴロで……」


「だからか~……って、宗教の人たちじゃあないよね? それに何が何だか……」


 少しこんがらがってきたが、こちらまでもが混乱してしまっては話にならない。

 蜜月は気分を切り替え、少女と真摯に向き合うが――。


「違うと思う! そういうわけだからー……オバサン! アタシのこと守って!」


「まだお姉さんだっつーの! ちっ、……あ゛ぁ~~ッ、しょうがない! こーなったのも、何かの縁だわな。お姉さん・・・・に任しとき!」


「お願い、オバサン・・・・! アタシを安全なところまで連れてって!」


 執拗にそのような呼ばれ方をされては、蜜月も苦笑いせざるを得ないというもの。

 少しの間、変な顔をし続けた後、今度は苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……ホントいい加減にしろよお前……。でも、いつまでもあんたとかお前じゃあ呼びづらいんだよな~。お名前は!?」


「知らない人には教えてやんなーい!」


「おいおいおいおい! もう知らない人・・・・・同士じゃねーだろ? こんなにおしゃべりしちゃったんじゃあさあ……。これじゃあパパとママのもとにも送れないよ。教えてちょーよ」


 腕を組んで偉そうな口ぶりで突っぱねてきた少女の態度の悪さにイラッとさせられた蜜月は、立ち上がって腰に手を当てて前かがみになると、大人げなくも鋭いナイフを突きつけるように少し素をチラつかせ、脅すような口調で名を訊ねる。

 しかし少女はすくむことなく、逆に蜜月を驚かせてからこう名乗った。


「しょうがないなー。アタシ、【セイカ】だよ。とにかく悪い人たちがアタシのこと狙ってるからー、守って! お願い!」


「セイカちゃんねぇ。はいはい……そう何度も繰り返さないの。ちょっと待っときなはれ」


 言いたい放題なセイカに呆れてやれやれ系の反応を示すと、蜜月は背を向けてから右腕にブレスレット型デバイスを取りつけ、それを起動して黄色と黒のカラーを持った専用のバイクを召喚する。

 【イエローホーネット】という蜜月の愛機である。


「乗りなよ。お姉さんがしっかりお守りしてしんぜよう」


 ヘルメットを片手に抱えて、蜜月は少し気取った歯の浮くような言い回しをしてセイカを誘う。


「お、オバサン……ちょっぴりカッコいいじゃんか」


「へっ! それ以上言うと道にほっぽり出すよ」


 ちょっと傾きかけたが、あくまでもオバサン扱いを続けるつもりのようだ。

 しかしイエローホーネットが大きいゆえに後部座席には乗れず、蜜月に手伝ってもらい、ヘルメットも予備のものを貸してもらってからようやく着席。

 蜜月は事故を起こさぬようにして路地裏から出発し、安全が確保できそうな場所を求めて走り出した。


「――で、どこがいい? セイカちゃんの好きな場所に連れてってあげるよ~ん」


「大人のお店!」


「……バカ!」

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